世界から追い出された者たち

幽山あき

傷を舐め合う

“千里眼“。それだけ聞くとあこがれる人も多いだろう。字の通り、千里も離れた場所や隠されたものさえ見える。つまりは透視能力だ。そして、見ようと思えば人の心さえ見ることができる。


それが私の持った、災厄だった。



まあこんな風に格好つけても仕方ない。私はそんな能力をもって生まれてきた。ご想像通り、心を見透かせるとなると人間関係がうまくいくわけもなく、両親はわたしに我が子とは思えないほど気を使い、友達はこの能力を知ると静かに離れていった。そんな私が恋などできるわけもなく、彼氏いない歴=年齢のまま高校生になった。

高校生徒は実に単純で、何か虐げる対象があるとより深い絆に結ばれる感覚になる。奇怪な私は、見事いじめの対象になった。自分の心の内は誰しも知られたくはないのだろう。“透視能力“とはいってもそこまで遠い場所は見えない。隠され方でも見えないことすらある。人の心もせいぜい読めて自分の選択肢でどう変わるか程度。きっとうまく使えば人間関係もうまくいく、便利なものである。しかし私は人のことを考え、他人のために生きることに疲れてしまった。


強がっているが、正直いじめよりつらかったのは、その建前と本音の情報の乱立に加え、身体的疲弊、自己嫌悪。そういうことで弱った私は、学校をやめた。


17歳にして、晴れてニートとなった私だがさすがにこれ以上両親に迷惑をかけるわけにはいかず、なんとなーくこんな自分でもできそうな仕事を探していた。仕事探しの合間、Twitterを眺めていた時だった。


“【急募】資料 女性 高身長(170)自給2500円”


というツイートが目に入ってきた。


あやしい。さすがの私でも疑った。ただし、これが本当ならかなりの好条件である。

ツイートした人は、私の大好きなイラストレーター「クロキヒビキ」さんだった。



親の猛反対を超えて、面接へ応募。といってもダイレクトメッセージで数本のやり取りを行い、面接場所を告げられただけ。


案内された場所にあったのは、超高級マンションだった。

そして、迎えに来たのは、かなり小柄でやせ細った子供。髪は短くかなりの細身で性別は全く判別がつかない。


ついてこい


そう告げると、エレベーターに案内された。45階ほどのマンションの22階。

マンションの廊下を進んだ、最も奥まった場所に、その部屋はあった。



中は、音が反響するくらいの広い部屋に、机以外のものがほとんどない、まさに異様な光景だった。


ぬいで。


子供はそういった。脱げ???聞き間違いだと思ったが、先ほどより大きめの声で


早く脱いで。


はっきりと言われた。意味が分からない。まずこの子供は誰なのか。面接で能力を出すわけにもいかない。まして初対面で。


あの、状況が分からないのですが…

私がそういうと子供は見た目に合わないほど鋭い目つきで睨みつけてくる。


面接に来たんじゃないのか?違うなら帰れ。そうなら今すぐ脱げ。


まっっっったく状況が分からない。そうこうしているとあきれた様子の子供は、部屋の中にポツンとある机に向かった。そしてこちらに背を向け


帰れ。


そう言い放った。


面接をしてもらいたいのはやまやまですが、なぜ脱がないといけないのでしょうか…何か関係がありますか?というかあなたは誰ですか…?親御さんとかは…


あまりの状況に質問攻めになってしまいなんとなく申し訳なさは感じたが、赤の他人の脳内を読むわけにもいかず。この状況では質問攻めになっても仕方あるまい。すると舌打ちだけが聞こえて


資料になりたくて来たのに脱がない。僕のことも知らないで面接に来たのか?僕はクロキヒビキ。絵描きだ。君にもう用はない。帰ってくれ。〆切があるんでね。


早口でまくし立てるように言い放たれた言葉には、いくつもの信じられない内容が含まれた気がした。この子供がイラストレーター?あの人気の?どうみてもみすぼらしいただのクソガキじゃないか。面接のために脱ぐ?ますます意味が分からなくなった。

しかしこの言っていることが本当ならば。脱ぐしかないのか?でも嘘だったら?確かめる方法は…?


あの…作業、見てもいいですか?


これだけ追ってきたイラストレーターの絵を見間違うはずがない。確かめるならそれしかない。そう思ったのだ。


帰れといった。不法侵入で警察を呼ぶぞ。


…ごもっともである。いま私は、面接に応募しながらいうことも聞かず、挙句人を疑い作業を見せるまで出ていかない。と。ただの迷惑な人である。…最後の一押し。

いけないと思いながらも、わたしはこの言葉の答えを読んでおいた。(警察沙汰は御免である。何なら呼びたいのはこっちだ。不可抗力だ。)


資料が、欲しかったんじゃないんですか。


動きが止まる。

沈黙が走る。


勝手にのぞけ。〆切があるんだ



すごく不機嫌そうな声でそう答えた。

分かっていた答えに素早く反応し、のぞく私。手を動かし続ける子供。



本物だった。

信じがたかったが、確実に、間違いなく先生だ。


覚悟を決めるしかなかった。

この子供の前で脱ぐのかぁ。


ぬぎ、まし、た。下着は勘弁してください。


羞恥心と緊張でどうにかなりそうだ。

先生はいきなり立ち上がり、私はいきなり紙を渡された。

ポージング集だった。事細かに書き込まれたそれの中で赤い丸のついたものがあった。きっとこれをやれということだろう。その本の先生の熱のこもった書き込みを見た時から私の中で羞恥心より尊敬の念が大きくなっていた。


いくつかの試練(?)をこなしているうちに先生はメモやデッサンをはじめ、時間が過ぎていった。


今日はここまでだ。次は2日後の9時に来い。



相変わらずのぶっきらぼうで感情のない先生の言葉は癇に障ったが、これからここで自分の価値が認められると思うとなんだかうれしかった。





そんなこんなで1か月。私も慣れてきて先生との関係も前よりましになった。しかし難点がある。私は極度の運動音痴で体力がなかった。先生は何となく休憩をはさんでくれるし(不機嫌だが)何とかなるものの時間がもったいない気がした。相変わらず先生が何を考えているかは全くわからなかったし、自分のことを多くは語らない先生のことを理解するのは難しいのかな。なんて考えていた時。


腹部の痛みと違和感で気づいた。

あ、やばい。忘れてた…そう。女性のもの。

この格好では、なすすべもなく、血が染みていった。

お手洗いに…といったところで気づいた。先生の顔は青ざめ、下唇を噛みながら激しく震えていた。

声をかけても全く返事がない。今までも何度かヒステリック気味になっていたもののここまで様子がおかしいのは初めてだ。落ち着かせようと近づいたとき、先生は私ら逃げるように下がった。これではらちが明かない。一刻も早く自分の下着と先生を何とかしなきゃ。


方法はある。私にしかできないこと。

すいません、失礼します。とだけ言いのぞかせていただいた。


真っ赤な脳内。恐怖と痛みが伝わってくる。何一つとして言語化されていない情報に戸惑っていると、たった一文字。血。という字が伝わってきた。


血が…苦手…?


急いでトイレに行き、もっていた生理用品を装着。服を着て離れたところで先生を見ていると、若干だが落ち着いてきたようだった。脳内も正常になったようで、怖かった、どうしよう、などの単語になるまで回復したようだった。一安心しているが、どうしたものか。私が近づいてまた興奮させても申し訳ない。しかし相変わらず先生は不思議な人で自分から近付いてきてくれた。そして衝撃が走る。


痛い…?大丈夫…?

涙ぐみながらも私を心配し、いつもと雰囲気の大きく違う先生が、そこにいた。恐る恐る頭を覗くと、それはどうやら本心で、私を心から心配しているようだった。

大丈夫です。大丈夫ですから。そんな顔をしないでください。

すると安心した顔で、よかった。とつぶやいた。しかし今日はもう帰っていいよとのことで、帰宅した。


先生がなぜあんなに怖がったのか。あの人にはまだまだ、私の知らないこと多かった。


シフトを聞き忘れ、いつ行けばいいのかわからなかったので次の日に行ってみることにした。



いつもの、マンション。しかし昨日のことがありなんとなく緊張した。インターホンを鳴らすとそこで。



見知らぬ、優しそうな女性がでてきた。




やんわり追い返された。先生の母だという。娘は寝ているから。そう言われて初めて知った。先生は、女性だった。

親御さんがいるなら安心だと思い帰ろうとしたとき、電話が鳴った。

先生だった。不思議に思い出てみると、大きな音、鳴き声と怒声笑い声が受話器から遠いところで聞こえてきた。全く状況もわからない。距離はそんなにない。危険な状況である、普通ではない何かが起こっている。そう思った私が、能力で見たもの。それはあまりに残酷なものだった。


寝室らしき場所のベッドに、先生、さっきの女性、そしてもう一人男性。最悪の状況に泣きわめく先生。黙れと殴る男性。それを笑いながら楽しそうに眺めるさっきの女。吐き気のするような状況に、頭が追い付かない。とりあえず警察。千里眼なんて言えないため先生のアシスタントだといい、怒声や大きな音がしていると通報を入れた。不幸中の幸いか、警察は早く来てくれた。その一瞬でも受話器から聞こえる音、自分の心拍数の上がり方、先生の昨日の状況。いろいろなことが頭をよぎり、すごく長い時間に感じられた。


即逮捕であった。DV、未成年暴行、ネグレクト。たくさんの余罪が出てきたという。

先生は何を言っても言葉が届かず、保護だけはかたくなに嫌がったという。

警察から、少しの間様子を見てほしいといわれた。

鍵も開けたままの真っ暗な部屋には、いやな生臭さが充満していた。



先生。大丈夫です。もう大丈夫ですから。

私にかけられる言葉はそれしかなかった。そして問題は、これで私の能力について話さないといけなくなったということだった。

数時間。外も暗くなり、先生も安定したようだが、やはり声は届かなかった。一人になりたいだろうと帰ろうとすると、服を引っ張られた。

沈黙


不謹慎にも、笑ってしまった。

すごく先生がいとおしく思えた。私が守らなきゃ。

笑った私に、悲しげな眼を向け、そのあと頬を膨らませる先生は、やっぱり子供なんだ。

その小さな体では持てないほどの大きな痛みと、責任と、苦痛を背負っていたのだ。


服を脱ぐことに抵抗があったためか、傷は手当されておらず、大きなTシャツの首から除く生々しい傷に胸がひどく傷んだ。


どうしたら手当てできるかと考え、この悪い頭で考えた結果。私が先に脱いでみた。若干は抵抗されたが、震えながらも傷を見せてくれた。あまりにひどかった。一部変形している骨。折れても手当てされなかったのだろうか。にじむ血が不健康に白い肌にくっきり跡を残す。痛いところを聞いても、何も言わない。見なくても伝わる。一番痛みを追っているのは、心なのであろう。とりあえず大ごとになる前に通報できたようで急を要するものはなかった。服を着せる。さすがに空腹になる時間だし何か作ります。そういうと服をつかまれたままキッチンに連れていかれた。空の冷蔵庫。調理器具も最低限のものしかなかった。買い出しに行きたくともこの様子で外に出すのも一人にするのも怖かった。

出前を頼むことにした。目が輝いている。そんな高いものは頼めないといってファミレスのデリバリーを頼んだ。がっつく先生。いつから食べていなかったのだろうか。この人には私がいないとだめだ。


それから私はもとから家の居心地もあまりよくなかったこともあり住み込みで働くこととなった。


しっかり先生に、私の特異性、今までを話した。こんなにすんなり受け入れてくれたのは先生が初めてだった。


あの時はあんなにかわいかったくせにすっかりまたかわいくなくなった先生にすごく悲しくなった。

こうして、社会になじめない二人の、狭い世界を築くことになったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界から追い出された者たち 幽山あき @akiyuyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ