35話:ゲームでも重力あるわこれ

「この騒動を俺が起こした?」


 アカリの発言に、不思議そうに返答する。


「ハロー点ちゃん。

 こいつどんな感じよ」

「……なんで私達のところに来たんですか?」

「用事を済ませにきただけだよ」


 アカリは俺から点心さんに視線を移し、挨拶をする。

 点心さんは、冷や汗をかいているのだろう、少し震えた声で返答する。

 おそらくは、この状況の危なさに不安を抱いているのだろう。


 それはそうだ。


 こちらは点心さんと俺の二人。


 相手はアカリを合わせて五人。


 戦力差は大きく、ここはビルの高層ということで、逃げ道もない。

 あるとすればアカリ達の登ってきた階段。


「ダン。

 このイベントが始まるまで、SNSでとある人物が活動していたのを知っているかい?」

「今回SNSで募集とかしなかったからわからないなぁ」

「んん?

 本当かな?」


 俺は素知らぬフリで通す。


「ジョン。

 それがさっき言ってたSNSで活動をしていた人」

「どこにでもいそうな名前だな」

「そうだね。

 まぁ、これがダンであろうとなかろうと、彼のしたことを話そうか」


 アカリは、リラックスした様子で話している。


 対して、俺と点心さんは武器に手をかけている。

 ちなみに、点心さんの武器は特殊で、ウィンドウを開いている状態だ。


 アカリのそばにいる四人も、特に構えている様子はない。


 普通ならば、俺らが警戒するのは少しやりすぎな気もする。


 しかし、それは普通のプレイヤーが目の前に立っていたら、という前提だ。

 それが目の前の人物に限れば、過ぎたことでは一切ない。


「ジョン。

 この人は普通のプレイヤーの様に、今回の『ブラッドプリズナー』で一緒に共闘してくれるプレイヤーを探していた」

「別に良いことなんじゃないのか?」

「そう、普通に共闘する人を探していれば、別になんの問題もない。

 だけど、その共闘の提案が、問題だった」

「提案?」


 アカリがさり気なく一歩前に出た。


 それだけで俺は腰を低くする。


 あと一歩でも前に出たら、逃げる。


 俺らとアカリの距離は6歩くらいだろうか。


 一歩進めば、距離は5歩。

 ちょうど俺がトーガ戦で苦労していたくらいの距離。


 そして、アカリにとっては、俺らを確定で殺せる距離。


 結構な時間共にプレイをしていたからこそ分かる。

 アカリに一定以上近づかせて、こちらが準備をしていなかった場合、勝者は絶対にアカリになる。


「提案の内容は、至って簡単。

 『大型チームをセイバーというプレイヤーが作っている。

  そこでそのチームにスパイとして入り込み、殺してきてくれないか。

  刺し違えても良い。

  セイバーが死ねば、あのチームは崩壊する。

  自分はなんとしても生き残り、報酬は山分けする』」

「そんな話、意味わからないなぁ」


 提案の内容は、

 ・セイバーと相打つ。

 ・自分は生き残るから報酬は山分け。


 セイバーのチームはセイバー有りきで構成されていて、そのリーダーが死ねばチームが崩壊するのは確かに理解できる。

 しかし、


「せっかく相打ちまでしたのに報酬が山分けって、意味わからないよね?」

「そうだな」


 せっかく苦労してセイバーを殺したとしても、報酬は等分。

 苦労に報酬が見合わない。


 だからこそ、


「その提案は却下された」

「だろうな」

「でも、ジョンというプレイヤーはその提案を大量の人間にした」

「ほう」


 点心さんは少しずつ、後ろににじり寄る。

 しかし後ろは崩れ去った窓ガラス。

 それ以上後ろに下がれば、落ちてしまう。


 このゲームでは落下ダメージがあるので、もちろんこの高さから落ちれば死ぬ。


「それで起こったのが、知識の伝達」

「知識は薬にも、毒にもなる」

「そうだね」

「……それで、こんな騒動が?」

「まぁ、そうかも知れない。

 ……いや、きっとそうだよ。

 だって普通、こんな非効率的なことが起こるなんてことはない」

「百歩譲ってそうだとして、それがなんでこの人の仕業、ってことになるんですか?」


 点心さんも、下がれば死ぬことを理解したのか、会話に参加する。

 少しでも会話に参加し、時間を伸ばすことで、生き残る方法を思いつく時間を創る。


「ははは。

 確かに点ちゃんはダンとあんまりプレイしないからわからないよね。

 でもね、ダンはこう見えて何でもする男なんだよ」

「なんでも……?」

「そうそう。

 わざわざ捨て垢まで作って、いろんな人に連絡して、それにセイバーにばれないように活動する。

 連絡する人の下調べも十分に行っている」

「いやいや、そんな目で見ないでよ」

「それにさ、点ちゃん」


 点心さんが俺のことをジト目で見てくる。

 そんな目で見られても特段悪いことをしたわけでもないので、にこやかに対応する。


「ダン、さっきから一言でも僕の言葉を”否定”した?」


 アカリが一歩踏み出す。

 点心さんは俺の方を見ていたため、ワンテンポ反応が遅れる。


 しかし俺の警戒は最大級にしっかりしていたので、点心さんの首元を掴み、後ろに飛ぶ。


 もちろん、そうすれば何が起きるのかというと、


「はっ?」


 点心さんの呆けた声。


「じゃ」


 俺のサヨナラの挨拶。


 自由落下が、始まった。

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