キミが放つ

パルーラ

鬱陶しいキミ

「…です。よろしくお願いします。」

中学二年の春、僕はクラスの皆に淡々と挨拶を済ませると、席へ着いた。また2年か3年すれば、父さんの転勤でこの町を離れる。熱い友情なんて求めない。恋愛なんて考えない。離れた距離は心も遠ざける。いずれきっと、僕の事は忘れられる。もういいんだ。

バンッ!

「ねぇ!」

休み時間。両手を僕の机について、飛び込むように話しかけてきたのは、クラスメイトのキミ。長い黒髪からは、ふわっと甘い香りがした。シャンプーの香りだろうか。それほどに、距離が近い。前髪は眉毛より上で短く、表情がはっきりと見える。目新しいものを興味津々で見るような丸い瞳。ビクッとなって固まっていた僕は、すぐに目をそらし、また机に視線を落とした。

「…何ですか。」

顔を見ず、ボソッと言った。

「天井見て!」

「…。」

僕は机の木目を眺めながら、その言葉の意味を考えた。この人は、面倒くさい人かもしれない。

「ちょっとだけ!お願い!」

キミの方にゆっくり顔を向ける。目を輝かせたキミは、うんうんと頷きながらさらに上を指差している。まるでそれは、マラソンのゴール手前で「あと少し!」とエールを送る人みたいだ。

「はぁー…。」

ため息をつきながら、僕は目線だけ上に移した。

「もっと上!真上!」

あぁ、鬱陶しい。でも、早く終わらせたい。仕方がないから、思いっきり真上を向いた。

「ほら伸びた!」

そう言ってキミは、僕の背中にやさしく手を当てた。

「…。」

僕は、ポカーンとしながらキミを見た。

「猫もびっくりするぐらい、猫背だったよ。背筋、伸ばして行こ!まだ若いんだから!」

そう言うと背中をポンッ!と軽く叩いた。

「私、並木梨香。良かったら放課後、弓道部見学しに来ない?」

部活の勧誘か。頷けばキミはここから離れてくれるだろうか。初日から騒々しい。静かで地味な学校生活で良いんだ、僕は。

「…うん。」

適当に返事をした。放課後、キミに声をかけられる前にさっさと帰ってしまえばいい。

「やったぁ!じゃぁ、約束ね!」

満足した様子のキミは、やっとこの場を去って行った。ピーンとなったままの僕の背筋は、またいつものように丸くなって行った。

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