5分で読書:恋愛

桃田もも

交わったストーリー

今日も平常心、会話を楽しむことに集中する、小ネタも用意した、よし。と心の中でつぶやく。

以前こんなことがあった、高校2年になる前の春休みを控えてウキウキしていた俺は、隣の席の奥沢さんといつも通りくだらない話をしていた。よく話すようになったのは隣の席になった3か月前のこと。友達とゲームの話をしていたら「それってフォートヌーン?」それからゲームの話をしたり、ゲーム内の用語を使って日常会話をしたり大喜利したりしてして楽しい日々を送っていた。奥沢さんのおかげで女子とまともに話せるようになったので感謝している。

高校1年最後のホームルーム中に、奥沢さんが突然俺の机に4つ折りにした紙を投げた。

紙を広げると放課後教室に残っていてほしいと丁寧な文字で書かれていた。誰かに聞かれたらまずい話でもあるんだろうか、それとも実は俺と話すのが嫌だったとか?いやさすがにそれはないだろう…何か相談ごとだろうか、考えた結果、今日はバイトないし断る理由が思いつかない、紙を見つめたままうなずいた。

みんなが帰っていく中、スマホでゲームやズイッターを見たり、友達に「ちょっと用があってまだ帰れないんだ」など言いっていたら、あっという間に2人きりになった。

どう切り出そうか考える間もなく「ごめんね!何か用事とかあった?すぐ終わる!おわるはず…」と勢いがあるのかないのかよく分からない口調の後、奥沢さんが下を向いた。

「用事はないからゆっくりで大丈夫。何か相談ごと?」

「相談ではない…かな…」なんとも歯切れが悪い。どうしたんだ、悩みがあるなら言って欲しい。

「俺でよかったらなんでも聞くから、何か悩んでるの?ゆっくりで大丈夫だから」

それから2、3分沈黙が流れただろうか、何か言うべきか、言うとしたら一体どんなことを?とぐるぐる考えていた。ゲームの話をしているように、お互いを向いて座っていたが、がたっと椅子の音がして奥沢さんが立って「実は!…その…好きなの、夏目くんが…」と俺をまっすぐ見て言った。だから中々言えなかったのか…すでに片思い中の俺は、好きな子のこと以外見えてなかったんだと気づかされた。

「え~と…びっくりしてる…俺全然気づかなくて…」ごめんと続けそうになったがこらえた。俺のことを奥沢さんが好きだということに気づかなかったことや、もしかして思わせぶりな態度をしてしまったのだろうかの意味のごめんであり、付き合えないという意味のごめんではないから。

断ることが決まっているのに、ごめんを連発するのは嫌だ。

「ちなみにどこが…?俺、頭良いとかスポーツできるか、イケメンってわけでもないけど…」

「ゲームの話してる時とかくだらないこと話してる時楽しくて、いいなって。そしたらいつの間にか好きになってた」

「そうか…俺も奥沢さんと話してるの好きだし楽しかった。けど…俺好きな人いるんだ。…言ってくれてありがとう」

「お礼いってくれるんだ、そういう優しいところも…いや、さすがにもう1回は言えないや。あ~緊張した!」と笑顔を見せた。

「フォトヌでソロしててあと少しで勝てるって時ぐらい?」

「それよりも緊張した!」

冗談が通じてよかったと安堵し「まじか!言ってくれてありがとう!これからも色々教えてな」俺より上手い奥沢さんが得意げに「まぁいいけど」

奥沢さんには悪いが、俺はちょっとした会話術を学んだ。好きな人を前にして意識しすぎて話かけることが出来ない、または会話が成立しないとなると両想いになることはほぼないが、会話が楽しいと思ってもらえたら好きになってもらえる可能性があるということだ。“好きな人”と思うと何も話せなくなるなら会話に意識を向けることが大事なんだ。

スタッフルームのドアを開けると「おはよう」と好きな人の声がした。

「おはよう」

「今日はなにかな?」

「そういわれると話しにくいから今日はなしにしようかなぁ」

「それは困った。話してくれるまでお待ちいたします、お客様」

「うむ良い心がけじゃ」

「お客様そんな言い方するかな?」

「お金持ちだけどお金持ちに見えないおじいちゃん」

「言わないでしょ」とくすっと笑った。小ネタを話す前に笑顔回収してしまった。

俺が好きになったのはバイト先で同い年の違う学校に通っている子。でも彼女はつかさ先輩のことが好きだと思う。最近よく2人で話をしているし、彼女が恥ずかしがる仕草を何度か見た。

つかさ先輩は男の俺が見てもかっこいいと思うし、背も俺より高くて大学1年生で、免許持ち。サークルやゼミを話を自慢話ではなく「こういう時は気を付けた方がいいよ」という失敗談を、笑いを交えながら話してくれるから正直かなり助かるし、彼女もうんうんと相づちしながら真剣に、時に頬緩ませながら聞いている。

俺は特に勉強ができるわけでもないし、つかさ先輩のような話術もないし、部活をすることもなくバイトばかりしている。しかしそのおかげで助かったこともある。彼女は俺より半年遅れで入ってきているから基本的なことは俺が教えることになって、彼女と接していくうちに真剣な姿やたまに見せる笑顔を見て好きになった。俺はただ淡々と業務内容を教えたり、困っている時に助けたり、少し世間話をした程度。好きな子と普通に話せる機会があるだけでも満足するべきかもしれない。

小ネタを話すことが彼女と俺の日課になったきっかけは、彼女がバイトを始めてまだ1か月も経っていない頃だった。

「いつもとタイミング違うし、ミルクいらないんだけど」目線はパソコンのままで、冷静に冷ややかな口調だった。

しまった、常連さんのコーヒーを出すタイミングを教えていなかった俺のせいだ。「す、すみません、また後程ご用意いたします」と彼女の少し怯えた声が聞こえた。

いつもは入っていない時間帯に彼女がシフトに入っていたことと、少し忙しいランチタイムでそこまで頭が回らなかった。

「ごめん、言い忘れてた。あの人常連で基本優しいんだけど、コーヒーいつも遅めにもっていかなきゃいけないんだ。でもそんなことでああいう言い方する人じゃないから何か別のことでイライラしてて余計タイミングが悪かったんだと思う」

「そうなんですね…他人に怒られるってないからびっくりして…」「そうだよね…ごめん、とにかく気にしないで。あとで俺コーヒー持っていくよ」「はい…すみません」彼女のこんな顔が見たいわけじゃない、何か…何か、気の利いたこと…「とにかくって言葉さ、造語だって知ってた?」

「え、そうなの?誰がつくったの?」

「ヒントは偉人。俺7番テーブルのお会計いってくるから考えてて」彼女は他のテーブルに水を注ぎに回った。気が紛れてるといいけど。

「どう分かった?」お会計を終わらせ、あの人のコーヒーを作りながら聞く。

「偉人だけじゃわかんなですよ」

「じゃあさらにヒント」と言いながら自分を指さした。

「え、夏目くん?」と目が見開くほど驚いている。

「違う、俺じゃなくて、夏目漱石」

「あ、夏目くん偉人じゃないもんね、でもそれ本当?」と少し笑顔を見せた。

「スマホで調べてもいいよ」

自分の苗字が夏目でよかったと思ったのは後にも先にもあの時しかないだろう。それから何か困った時のための豆知識というか小ネタというかと用意するようになった。

告白しようなんて思ってなかったけど、つかさ先輩がちらつく。どうしたらいいんだ、つかさ先輩には相談できるわけがないし。

「何悩んでるの?」後ろから声がした。

「みな先輩、なんで悩んでるって分かるんですか」

「恋する男子はいいですな~」

「適当なこと言わないでくださいよ」

「笑顔可愛いし真面目だよね~」

「だ、誰のこと言ってるんですか」相談したくないわけじゃないけど、ここまで当てられると反発したくなる。

「可愛くて真面目といえばあの子しかいないでしょ」と言いながら9番テーブルのお客様の注文を聞いている彼女に目をやる。

「他にも可愛い子いますよ~くらい言えないの?」と楽しそうだ。たしかにすぐ答えなかった俺が悪い。

ため息をついてから「みな先輩相談乗っていただけませんか?」と言うしかなかった。

「ふむふむ素直でよろしい、恋愛マスターみな先輩にまかせなさい」とさらに楽しそうに言った。しぶしぶ言った風に見せたものの実はかなり助かる。彼女はみな先輩と仲が良いからだ。何か知っているに違いない。今日は上がりの時間が一緒なためカフェに行くことになった。

「はぁ…」また俺はため息をついている。帰り道を歩きながらみな先輩のたった一言のアドバイスを思い出したからだ。「なるべく早く告白しましょう」どこが恋愛マスターなんだよ。


「つかさ先輩…本当に大丈夫なんでしょうか。早計ではありませんか?絶対みな先輩のことが好きだと思うんですけど…」

「大丈夫、大丈夫、自信持って。とにかく今日がチャンスだよ。上がり一緒でしょ?」と朗らかな笑顔を見せている。

1か月くらい前からだろうか、私はつかさ先輩に夏目くんのことについて相談に乗ってもらっている。

私はバイトのマニュアルをほぼ夏目くんから教わっていて、私が失敗しても怒るところを見たことがない。伝え忘れていた自分が悪かったとか、そのやり方よりこの方がやりやすいとか、初めは俺も失敗してたからとか言って。落ち込んだ時には別の話をして気を紛らわしてくれるし、一緒にいて楽しい。好きにならないわけがない。

「はぁ…」告白なんて無理だよ。

「どうしたの?ため息ついて」後ろから声がした。

「夏目くん、おはよう、ため息ついてたかな?気のせいだよ」

「ならいいけど」

なんとかごまかせたかな?つかさ先輩は大丈夫って言ってたけど、こないだみな先輩と楽しそうに話してたの見てた、全然大丈夫じゃないよ。

でも告白しないとみな先輩と付き合っちゃうかもしれないし、でも告白してだめだったら今後のバイト気まずぐなっちゃうし…もうどうしよう…。

「やっぱり大丈夫じゃないんじゃない?」

「え、そんなことないよ」

「そんなことあるよ。いつも真摯にお客様と向き合う君はどこかうつろな表情で、冬の訪れを感じさせるよ」

「誰のまね?」

「太宰治」

「言ってそう…」やっぱり夏目くんはすごいな。いつも私を笑顔にしてくれる。今日がチャンスか…

「ねぇ、今日一緒に帰らない?」

「うん、わかった。あ、新作いっちゃいますか?」

「いっちゃいましょうか」バイト先の隣にあるカフェの看板に書いてあった新作の文字を連想させられた。3時間早く終われ~。

バイトが終わり着替えて女子更衣室のドアを閉める。「お疲れさまです」出くわしたつかさ先輩にあいさつする。

「大丈夫だよ」とまた朗らかな笑顔を見せた。本当に大丈夫だと思える気がした。

ベルの付いたドアを開けると空は暗くなって散見する街灯が綺麗で、風が生暖かい。


夏目はすでに待っていた。

「お待たせ」

「いんや、俺もさっきだよ」

「店内でお召し上がりですか、お持ち帰りですか?」

「ちょっと暑いけどお持ち帰りでもいいかな。公園行きたくて」

「うん、大丈夫」四角公園か、これはもう今日言うしかないかもしれない。

「店内でお召し上がりですか、お持ち帰りですか?」

「持ち帰りで、ピーチフラペチーノ2つでお願いします」

「えっ、あとで返すね」後ろ並んでるから今ごちゃつきたくない。

「じゃあ今度の新作で」また一緒に行きたい。

「わかった」スマートだな。

肌寒く感じるほどの店内を出て、南へ5分ほど歩いた先にある四角公園へと2人は歩き始めた。

「公園まで我慢だね」食べたいけど歩きながらは行儀悪いよね?

「だね、座って乾杯したいし」乾杯ってなんだよ、やばい緊張してる。

「乾杯いいね!」

「5分が長く感じる」

「それは言わないで!」

「あ、前みろ」対向自転車すれすれ。

夏目はとっさに彼女の腕を軽く自分に引き寄せた。

「ごめん、あり…がと」びっくりした…。危なかったのと、手の熱が。

「いや、悪かった、替わる」と言いながら、手を離し車道側へと歩き出す夏目。

「腕痛くない?」強かったか?

「ううん、全然大丈夫。あと少しで自転車とぶつかってたからありがとう」

ややあって、四角公園に着きベンチに座る2人。

「やっとここまでたどり着いたね~」

「乾杯しますか?」

「いたしましょう」

「「乾杯!」」







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