ユグドリアⅡ MOON LIGHT RING

hitori

第1話 むんだーの叫び



 街中を「むんだー」と叫びながら、何かを伝えようとしている男がいた。しかし、彼の口からは「むんだー」としか出てこなかった。すれ違う人を捕まえては、しきりに何かを伝えようとしている。


 「むんだー、むんだー、むんだむんだ、むんだー」


 しかし、相手は男の手を振り払い皆逃げるように立ち去っていく。一人の老人が近づいて、紙と鉛筆を差し出し、ここに書くようにと言った。どうやら、話しかけると言葉はちゃんと理解できるようだ。

 男は、やっと伝える方法が見つけられたと思ったのか喜んだ。なぜなら、みんな気味悪がって、彼に近づこうともしなかったのだ。

 しかし、彼が紙に書くとそこには「むんだー」の文字。何度も何度も書いたが、「むんだー」しか書くことができなかった。男は嘆き悲しみ、その場に座り込んでしまった。

 翌日になると、「むんだー」と叫ぶ人が増えた。治安を守るゾンポリスが調べ始めたが、日に日に叫ぶ人は増えるばかり。幾人かはリンゴ売りのお婆さんからリンゴを買ったことがわかったが、そのリンゴを食べた家族はなんともなかった。それに、りんごなど買ってない人もいた。

 何かの術をかけられた可能性も調べたが、そのような術に関する資料が見つからなかったし、知っている者もいなかった。

 リンゴの噂が町中に広がり、知らない人の店で物を買うことを避けるようになって、行商人の姿は消えた。

 呪いだとか、先祖の祟りだと言う噂も出ていた。家族は、怖さから「むんだー」と叫ぶ者を部屋などに監禁することにした。

 もう街中では、立ち話もできない状態になってしまった。あちらこちらから、「むんだー」「むんだー」と叫び声が入り、話が途切れてしまうのだった。家々の壁や通りの塀には「むんだー」と書かれた落書き。


 ロストサンクチュアリにある大きな街ネスレの片隅で暮らす女はアンズと名乗っていた。父親の元を飛び出し、一人で暮らし始めたものの、知り合いもなく、話す相手もいなかった。父の名を出せば、いくらかの頼り先はできたのだが、それはしたくなかった。

 大勢の人々がいるというのに、いつも部屋の中で外の物音に耳をすませ、誰か訪ねてこないかと思っていたのだった。彼女にとって、夢見た生活はまるで囚人が閉じ込められた独房のように感じられた。この街は見知らぬ人をもてなすことなどない。そんな冷たい街に思えるのだった。


 「楽しいことがしたいな」


 アンズはそうつぶやいた。その左の手首には、あずき色の腕輪。アンズは町医者のところで、働き口を見つけた。患者に薬を塗ったり、包帯をまいてあげたりする。五日目になって、年配の夫婦がやってきた。ご主人が「むんだー病」にかかっているのだった。


 「先生、どうしたらいいのでしょう。どこに行ってもわからないって言われるんです。本当に薬もなにもないのですか」

 「私にもわからないんだよ。シャーマンの祈祷もダメだったの?」

 「信頼できるシャーマンなんて、ロストにはいませんよ。お金を取られるだけ無駄です」

 「原因がわからないから、私にもどうしていいかわからない。とりあえず、気持ちが落ち着く薬と、夜ぐっすり眠れるようになる薬を出しておきましょう」

 「ナハト先生ありがとうございます」


 アンズは、奥さんに先生から指示された薬を渡し、「先生、痺れ取り軟膏をのどに塗るっていうのはどうでしょ」そう先生に聞いてみると、


 「気休めにはなりそうだね。塗ってあげなさい」


 アンズは、旦那さんの首に軟膏を塗り付けた。その時、アンズが旦那さんに声かけをしながら、丁寧に軟膏をのばしていった。


 数日後、「むんだー病」が治ったとの噂が流れた。ナハト先生のところに行くとよくなる、そんな噂が広まった。毎日、何人もの人が訪れるようになったが、必ず治るわけでもなかった。 

 副作用も見られると報告された。記憶が消え、何も思い出せない。それでも生活には支障がないので、家族は昔のことを何度も話し、覚えさせるようにした。まずは名前から教えたのだった。

 ロストサンクチュアリは経済が豊かな国だ。北側にそびえる山々から、鉱石や宝石が採掘され、ユグドリアでも経済の中心になっていた。しかし、豊かな人々はごく一部。多くの労働者は貧しい生活をしている。この国はお金に縛られている。アンズはそう感じていた。お金さえあれば、何でも手にはいる、人々の野望は金儲け。荒野の無法者が集まるギルドにも狙われやすい国だ。なので国境付近には警備兵が多く配備されている。

 「むんだー病」にかかる人々にはいくつかの特徴があることを、ナハト医師は気が付いた。貧しい母子家庭の者はいない。真面目な優しい親はすぐに回復した。しかし怒りっぽい者はそのままだった。

 幾人かの医師が、ナハトの患者が回復したことを聞きつけ訪ねてきた。しかし、「特別なことはなにもしていない」とだけ話すだけだった。事実、気持ちが落ち着く薬と眠れる薬だけを出していたのだから。

 アンズが片付けをしている時、ナハト医師が独り言をつぶやいているのが耳に入った。


 「治療薬があったとしても教えるわけがないだろう。儲けと名声を手に入れられるんだからな」


 ナハトは自分だけが治療できるという優越感の陰に、大きな危険が潜んでいることを考えなかった。


 お金にしか興味がないのね。面白くもなんともないやつ。アンズはそう感じた。


 街でこんな噂話がささやかれるようになった。


 「ナハト先生が金儲けのために何かやってんじゃねえのか」

 「そうだよね、他の先生じゃ治らないっていうじゃないか」

 「治療代もくそ高けえらしいぞ」


 数日後にナハトのところにゾンポリスが訪ねてきた。アンズにもいろいろと質問してきたが、アンズは「何も知らない」と答えた。ナハト医師は、容疑がはれるまで牢に入れられることになった。


  

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