第20話 青木くん近すぎるよ

◇◆◇


「うまく焼けるかなぁ」

 日曜日、珍しく青木くんが予定を休みにして、私の写真を見に来てくれるとのこと。


「ふふふ~ん♪」

 嬉しいなぁと思いながら、お菓子を作る。待ち時間ソワソワしてしまって、手持無沙汰でいるのもなんだしと思った。目新しいものを作って失敗するのも嫌なので、シンプルなクッキーにした。でも聞いて形をね。タロウにしてみました!!そして、我ながらうまくできた。


 ピンポーンと音がして、紗枝は食い気味で玄関ドアを開いた。

「お邪魔します」と青木くんが頭を下げて、玄関に入る。うわぁ、今日もカッコいい。シンプルなジャケットとシンプルなチノパンが似合う。そんな青木くんは、こうやって私服姿だと、お忍び中の、どこぞのモデルさんのようである。まぁ、元モデルさんではあるが。しかし、帽子姿もかっこいい。なんで、こんなにカッコいいのか誰か教えてください。


「あと、これお土産」と、丁重にお土産をくれた。なんだろう。

「紅茶です」と心の声が聞こえたんじゃないかくらいに、即答してくれた。


「あ、誰もいないの?」と青木くんに聞かれ「弟はサッカーで、お父さんはゴルフで、お母さんは居たそうにしてたけど、なんか、恥ずかしかったからタロウとお出かけしてもらったよ」というと、「そ、そうか」と微妙に納得いかない感じだった。


「ごめん。もしや、サッカーしたかったかな。でも、弟は遠方にいってて――」

「い、いや。違う。今日は鈴木さんの写真を見に来たんだから」

 そういえば、弟たちに交ってサッカーしていた青木くん楽しそうだったなぁ。また、誘おう。まるで、引率しているイケメンコーチみたいになりそうだけど。


 青木くんを二階にある自分の部屋に案内する。

「そこに座ってて」とベッドを指す。ソファーとかないから、私の部屋。かといって地べたは悪いし。


 私の目でも分かるくらい、青木くんは挙動不審である。

「ご、ごめん。居心地悪いよね。えっと、えーっと、あそこに飾ってあるのは最近撮ったやつ」と軽く紹介してから下に降りる。


 わわわ。青木くんが私の部屋に!まるで夢のよう。

 ホクホクしながら、私は自分の部屋に、青木くんと私のお茶とクッキーを持っていく。

 青木くんのお土産の紅茶が、ちょっと自分で買うには値段のするブランドの期間限定の紅茶なので、本当に嬉しい。良い香り。



「お待たせ!」

 青木くんは、じーっと私の撮影した写真を見ている。


「すごいな。思ってたより、鈴木さんの写真がすごい」と驚いているようだ。


 私は、小さなテーブルにお茶とクッキーを置き、青木くんの横に並ぶ。


「ありがとう。これ、実は新人賞とって、あと、ほらこれ花火大会の主催者の人がHPに使いたいっていってくれたんだ」と説明をしていく。


 青木くんは興味深そうに、一枚一枚見てくれる。


 そして、二人でテーブルを囲んでクッキーを食べる。


「すごい、これ、タロウの?」

「そうそう、フレブルの型があって、即購入しちゃった」

「へぇ。――俺もさ。昔フレンチブルドッグ飼ってたんだ。小学生の頃。でさ、両親がいつも仕事遅かったから、いつもその子が俺の相棒だった。今は亡くなっちゃったんだけど。タロウと似た名前でタスケっていうんだけどさ。色も似てた。本当、人間みたいに感情豊かな犬で、大好きだった。だから、一番最初にタロウみたとき、タスケのことを思い出したんだ。でも、悲しい思い出じゃなくて、楽しい思い出がぶわっとさ。例えば、こういう風に舌が収まりきらない感じで走ってたなとか、そういう思い出だった」


 うんうん、と私は頷く。

「だから、別れは辛いけど、悲しい思い出は風化して、楽しい思い出ばかり残るんだなぁって思ったんだ」


 もう、何だか聞いているこちらが泣けてきてしまう。

 タロウが死んでしまうなんて考えたくないけど、いつかはお別れはある。


「だから、懐かしくてタロウを抱き上げちゃったんだ。そしたら、走った鈴木さんがきて、俺……実は、鈴木さん知ってたよ。学校にいる時から、髪が綺麗だなって思ってた」と髪を撫でられる。


 青木くんの瞳が真剣だ。

 そして、色気がやばい。普段の10割増しくらいである。200%。


「鈴木さん、……もしかして、ドキドキしてる?」耳元で囁かれた。


 なんだ、この甘い雰囲気は。


「あ、あ、青木くん、これは近いよ。近すぎるよ。こういうことしていると、勘違いしちゃうよ。私」

「鈴木さん、だから俺は――」


 青木くんが何か言いかけた時に、ただいまーと弟の帰ってくる声が聞こえた。


「うわぁ、バターのいい匂い!姉ちゃん、俺の分のクッキーは!!」と弟が1Fで吠えている。

 助かったと思い、1Fに降りる。


 まずい。青木くん置いてきた......と思いながら、弟に失敗したクッキーを渡す。

 どうしよう。気まずいけど、さすがに自分の家でもない場所で放置されても困るかなと思い、おかわりのお茶をもって上にあがる。


「ごめんね。うちの弟、食いしん坊で」そう言い訳すると、青木くんは机につっぷしている。

「だ、大丈夫?青木くん」


「うん。ちょっと、精神的にキたけど大丈夫」何がキたんだろう……。と、周りをみると、ベッドの下から引き伸ばした青木くんの写真がチラ見えしていた。


「え、あ、青木くん、それ見た?」と、早口で問うと、青木くんは「お、おう」とちょっと嬉しそうに笑っていた。


 あーー。

 あーーーー。

 頬が焼けるように熱い。


 結構、奥に隠していたはずなのに。


「ごめん、嫌だった?」と聞くと、青木くんは首を横に振る。めでたく青木くん公認になりましたとのことで、私は堂々と青木くんと夕日と海のコントラストが最高な写真を元の位置に戻す。


「青木くんを見ると、一日頑張ろうって思えるんだよ!」と、いうと、「じゃあ―――俺も鈴木さんの写真欲しい」と言われる。そういえば、自分を被写体にしたことはない。


「だから、俺のスマホで撮らせて?」と言われた。


 そしたら、ドアの外から「姉ちゃん、青木さん、変なことしちゃ駄目だよ。ニシシ」と弟の下衆い声が聞こえた。


 慌てる青木くんと私。扉をあけて、「別に、疚しい写真なんてとろうとしていないからね」と、薄い雑誌を丸めて弟の頭をぽんと叩く。弟は「痛ぇ」と頭を抱えている。


 私は誓った。

 将来、弟が、彼女や女友達を家に読んだら、ことごとく邪魔をしてやろうと。




 青木くんはその後、弟と雑談して、帰ってきたお母さんに挨拶しつつ、タロウを沢山愛でて帰っていった。

「本当、今時珍しいくらい良い子よね。青木くんって」それにイケメンだしね、とお母さんは感心しているらしい。「う、うん。挨拶もしっかりしているよね」そう私が答えると、「ねぇ、紗枝……彼とお付き合いしているの?」と聞かれる。


「付き合っていない」というと、「中々奥手なのかもね」とお母さんは、タロウの柔らかな首のたるみをサワサワする。

 奥手も何も、青木くんは恋愛には興味ないから、と思ったけど、そこまで別にいわなくても良いかと思う。


 弟は「キスとかしないの?」とからかってくるから、「そういうこと言う子には、今後一切お弁当も、お菓子も作りません!」と言ったら、盛大に反省していた。


 今度、弟のサッカー練習に青木くんを呼ぼうと思った。

 最近、青木くんは妙に色っぽく、二人っきりでいると、こちらも反応に困ってしまうことが多い。その点、サッカーをしている青木くんをカシャカシャ撮影するなら、雑念もなく集中できる。


 そして、ついに、あの写真を見られてしまった。

 私の好きが詰まったあの写真。あの写真を青木くんはどう思ったのだろうか。

 写真を発見した時の青木くんが、嫌そうな表情ではなく良かったと、紗枝はほっとした。


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