博士に呼ばれて

ピチトリ

第1話

「手荒な真似をしてすまない」


目の前には白いヒゲに丸メガネ、白衣をまとった"いかにも博士"な姿をした老人が立っている。

しかし私は特に暴行を受けたわけでもないので「手荒な真似」とは無縁である。


「私のことは知っているね」


「いえ、知りません」

本当に知らなかった。


「それもそうか、我々は初対面じゃからな。

わしは佐藤じゃ。」


急に老人の口調になった彼は佐藤と名乗ったが、首にかけているネームプレートには「鈴木 唆」と書かれている。


その名前には見覚えがあった。


50年前、冷凍睡眠の実用化に大きな役割を果たした研究者である。誰も「唆」という名前が読めなかったためにノーベル賞を受賞できなかったと噂されていたのでそれなりに有名ではあったが、今も生きているとは。


「失礼ですが…そのネームプレート…」


「ほぉ、聞いていた通りじゃ

君は細かいことによく気づく…。

佐藤というのは嘘じゃ。

君には少し実験に協力して欲しいのじゃよ」


「実験?」


「まぁ実験というのは嘘なんじゃが…

左を見てくれたまえ、1つのリンゴがある。」


しかしそこには何もなかった。


「まぁリンゴなんてどこにもないがの」


なんなんだ。


「ひとつ聞いて欲しいことがあるんじゃ」


「なんですか」

私は半ばイライラしながら答える。

だってこの爺さん、さっきから嘘しかついていないのである。



「冷凍睡眠の生存率は100%と証明したが…

…あれは嘘じゃ」


「は!?」

なんてことを言うのだ、この世界では人口の半分以上の6億人あまりが既に冷凍睡眠のカプセルへ入っている。

詳しくは割愛するが、宇宙規模の災害により地球は大ダメージを受けた。生存者は地表の有毒ガスが消えるまで地下施設へ移住して生活をしている。

その中で開発された冷凍睡眠は人類の希望だった。生存が保証されたため「毒ガスが無くなるまでは」と受け入れる人が増えている。


しかしこの爺さんは「生存率が嘘だ」と言ったのである。


「どういうことですか!?数字を改竄したということですか!!?」


「数字は改竄しておらんよ。言葉じゃ」


「言葉…?」


「100%、死ぬ。」


一番致命的な部分で嘘をつかれた


「嘘だろ……」


「嘘じゃ」


「は?」


「本当じゃ」


「どっちなんですか」


「今の時代、何が嘘で何が本当かなんて分からないということじゃよ。

わしだってここに『存在している』という証拠はどこにもない。

君の存在だって嘘かもしれないだろう…?

口から出まかせじゃが」






私は彼を気絶させ冷凍した。

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博士に呼ばれて ピチトリ @PitchGuyBird

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