第147羽
俺とパルノがゴミ処理場での調査を開始して五日が経った。
建物の中を含め敷地中を歩き回ったが、これといって不自然なところや怪しい物は見つけることができず、期限だけが近付いている。
「何も見つからないですね」
「そうだなあ」
俺とパルノは我が家のリビングで、机の上へ調査に使った地図やメモ書きを広げて顔をつきあわせていた。地図には怪しいポイントが丸で囲まれ、その上からバツ印でチェックがつけられている。余白部分には至るところへ走り書きが赤文字で追記され、もともと印刷されていた黒色よりも後から手書きで追加された赤色の方が多いくらいだ。
「これだけ調べて何もないってことは、やっぱり地下なんじゃないですか?」
「その可能性は高いだろうけどな。地下の排水路も全部見て回っただろ? 施設の建物にある地下室も全部見たし、何も異常が無いって点では地上部分と変わらんぞ」
一日目は施設の全体像確認と怪しげなポイントをチェックするために使い、二日目は一日目にチェックしたポイントをふたりで確認して回り、三日目と四日目は施設の建物内を調べて回った。五日目に地下を通る排水路を一日かけて調査したが、結局なにひとつ成果は得られず今に至っている。
残る調査期間は明日と明後日の二日間だけ。
というかすでに調査するべき場所がないというのが実情だった。
「ゴミ処理場側が先生たちに隠している地下室とか、そういった場所があるのかもしれませんね」
ハーブティーを注いだティーカップが俺とパルノの前に置かれる。
「どうかな。それはないと思いたいが……」
俺が視線を向けた先に立つのはエプロンドレスに身を包んだ自称アシスタントのティアだ。
ハーブティーを用意しながらも俺たちの話に耳を傾けていたのだろう。載せる物のなくなったトレイを胸に抱き寄せながら控えめに意見を口にした。
「そもそも今回の件はゴミ処理場の方から役所に泣きついてきたらしいからな」
「従業員の大部分が体調不良で休んでしまって困ってるみたいでしたもんね、責任者の方」
パルノの言う通り、ゴミ処理施設では従業員の八割が欠勤状態だった。比較的魔力の低い残る二割の従業員も多かれ少なかれ体調不良を訴えており、加えて異常な魔力のせいで施設内の魔法具も誤動作を起こしているため、とても日々の業務をこなせる状態ではないらしい。
ゴミ処理場側としては一刻も早く問題を解決したいだろうし、そのために原因を調査する必要性は重々承知の上だろう。この期に及んでゴミ処理場側がこちらに情報を秘匿するとなれば、それはもう俺たちの知ったことではない。勝手にしろという話だ。
「私がお手伝いできれば良かったのですが……」
「ティアの魔力じゃ無理だろ」
ほとんど魔力のないパルノですら影響を受けるほどの濃さだ。ティアほどの魔力をもった人間ではさぞ辛いことだろう。
「まあ、成果が出なくても最低報酬の十万円はもらえるんだけど……、やっぱちょっと気持ち的に落ち着かないしな」
元日本人の性だろうか。報酬をもらうからには何らかの成果を上げたいと思ってしまう。
あかん。これブラック企業で社畜になるやつの考え方かもしれん。
「とりあえず、明日は手分けしてもう一度地上部分をチェックするか。二日目は通路や地面を重点的に見ていたから、明日は建物の外壁とかそういったところにも目を向けるとしよう」
「そうですね。見落としがあるかもしれませんし」
こうして俺たちは五日目の反省会を終えた。
明けて翌日。調査六日目だ。
俺たちは昨日話し合った通り、建物の外側など二日目ではあまりよく見ていなかった箇所を重点的に調査して回った。
とはいえ一度調べて回ったところばかりだ。そうそう新しい発見があるわけではない。
結局午前中いっぱいを使ってもこれといった成果は得られず、昼食をとりながらパルノと情報を交換する。
「そっちも成果なしか」
「すみません……」
「謝る必要はないだろ。俺だって成果がないのは同じなんだから。まあ午後はまた視点を変えて――ん? パルノ、お前ひざすりむいてるじゃないか。どうした?」
ふと下がった俺の視線がパルノのひざについたすり傷をとらえた。
「ああ、これですか……。えーと、その……、ちょっとコケちゃいまして」
「コケた? 誰かに暴力振るわれたとかじゃないんだろうな?」
「いえいえいえいえ! 本当にコケただけですよ。排水溝のフタにつまずいちゃって」
「排水溝のフタに? なんでまた?」
ゴミ処理場の歩道部分はスペースの都合上、排水溝の上に作られている。そのためところどころ車道から流れてくる雨水を通すための穴が空いており、その穴を塞ぐために網目状に加工したフタがかぶせられているのだ。
だからまあ歩いていれば排水溝のフタを踏むこともあるだろう。
しかし排水溝のフタにつまずいたというのは少々おかしい。なぜなら排水のために作られた穴である以上、当然周囲よりもわずかであるが低く作られているはずだ。少なくとも歩道より高い位置に排水用の穴があっては意味をなさない。そんな場所でつまずいたりするだろうか?
「地図を見ながら歩いてたら、つま先がフタに引っかかったんですよ」
「それはあれか? フタがしっかりしまってなくて浮いてたとか?」
「いえ、ちゃんとしまってましたけど?」
「なんか変だな。昼飯食ったらそこに案内してくれるか?」
「はあ、それは構わないですけど。……変ですか?」
「うーん……。見てみないとなんとも言えないが、ちょっと引っかかる」
「まあ、レバルトさんがそう言うなら別に構いませんけど」
そうして俺たちは昼食をとったあと、パルノが転んだという場所までふたり並んで歩いて行った。
「ここですよ」
パルノに案内されたのは、ほとんどゴミ処理場の従業員も通ることがないであろう裏道っぽい歩道だった。
「おかしいな」
「おかしいですか?」
俺のつぶやきにパルノが同じ言葉を口にする。
「ああ、おかしい。この排水溝の穴、回りの歩道よりも少し高い位置にある。これじゃあ水が入っていかないだろう。排水溝の意味がない」
パルノがつまずいたという排水溝のフタは、よく見れば周囲の歩道よりも微妙に高い位置にある。だがそれはフタのせいではない。フタは他の歩道で使われているものと同じ規格だからだ。
原因は排水溝の穴そのものにある。最も低い位置になければならない穴がここでは歩道よりも高い位置にあるのだ。これではよほど大雨が降らない限り穴に雨水が流れ込んでいかないだろう。
俺は歩道に側頭部をつけ、目線を地面スレスレに持っていく。
「間違いない。排水溝のフタとその周囲が歩道よりも少し高くなっている。確かにこれだけ段差があればつまずいてもおかしくはないな」
「工事したときのミスですかね?」
「普通に考えればそうだろうな。街中でも時々こういうミスは見かけるし――」
そこまで口にしたとき、妙な違和感を覚えた。
「なんだ?」
「どうしました?」
不思議そうにパルノが訊いてくる。
俺は側頭部を歩道につけたまま耳を澄ました。
「水の音がしないな……」
「水の音、ですか?」
「ああ」
「雨が降ってなかったからじゃないですか?」
「そうかも知れないが……。ちょっと他の場所も調べてみよう」
俺はパルノを連れて少し離れた場所にある歩道へと移動する。
先ほどの場所と同じように歩道上にある排水溝のフタを見つけると、その側で歩道に耳をつけて音を聞いた。少量だが水の流れる音がした。
「パルノ。ちょっと小さな石をいくつか拾ってきてくれるか?」
パルノをパシらせると、俺は近くにある排水溝のフタへ移動して同じように音を聞いた。
「こっちでも音がするな……」
「レバルトさん、これくらいで良いですか?」
十個程度の小石を手にしたパルノが戻ってくると、俺はそれを受け取ってひとつ排水溝の中へと落とす。フタは粗い網目状の金属でできているため、小石程度なら引っかからずにすむ。
固い何かに当たる音が何度か続いた。
もうひとつ小石を落としてみる。今度は固い音の後にポチャンと水音が聞こえてきた。
さらに手持ちの小石をひとつずつ落として行くと、二回に一回程度の割合で水の音が響いてくる。
その後俺は別の場所にある排水溝のフタへも小石を落としていった。すると先ほどと同じように二回に一回くらいの割合で水音が聞こえてくる。
「お前がつまずいたフタのところまで戻るぞ」
道すがら小石を補充し、俺たちはパルノがつまずいて転んだ場所へと移動した。
「ここでも石を落とすんですか?」
「そうだ、ここだけ水の流れる音が聞こえてこないからな」
先ほどと同じように小石を落とす。カランカランと乾いた音だけが穴の底から響いてきた。もうひとつ小石を落とす。またも固い音だけが聞こえてくる。
その後、手に持った十数個の小石をひとつずつ落としていくものの、水の跳ねる音は一度として聞こえてこない。
「怪しいな」
「え? 何がですか?」
パルノは何のことだかわからないといった表情だ。
「ここだけ水の音がしない。さらに排水溝の穴がわずかだが周囲に比べ少し高い位置にあって、水が入りにくくなっている」
「えーと、確かにそうですけど」
「それが意図的なものだとしたら?」
「意図的?」
「そうだ。この穴に水が入り込むことを好ましく思わない人間がいて、そのためにわざとこういう作りにしていたとしたら?」
ただの工事ミスならよくあることだ。だがこれがミスなどではなく意図的な作りだとしたら、ここは明らかに『怪しい』ポイントだと言える。
フタの網目に指をかけて思いっきり上へ引っぱるがかなり固い。何年も持ち上げられることがなかったのだろう。しばらく奮闘してようやく取り外すことができた。
フタを横に置くと、俺は穴をのぞき込む。
「読み違いだったかな?」
排水溝とは言っても日本の道路でよく見かける
「使われてはいない、か」
ハシゴを見れば、何年も放置されていたということがよく分かる。昇り降りに使われる部分を含めてかなり
「外れっぽいが、一応降りてみるか。パルノ、お前はここで誰も来ないか見張っていてくれ。誰か来たらすぐ知らせろよ」
「は、はい。わかりました」
俺はパルノをその場に残すと縦穴の中へと身を潜らせる。慎重に一歩ずつハシゴをつたって降りていくと、一分ほどで終点に到着した。深さはそれほどではないらしい。急げば二、三十秒で降りられそうだった。
「暗いな。当たり前か」
上から差し込む光はほとんど届かない。しばらく目を暗闇に慣らしていると、ようやくぼんやりと周囲を見渡せるようになった。
「……少なくとも外れじゃなさそうだな」
最初に俺の目がとらえたのは前後に続いている横穴。そして次に見えたのは横穴の側面に
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