第九章 秘密めいた男には知られざる顔があるらしい
第146羽
学都での騒動から半年が経った。
結局あれからシュレイダーの行方はわからないままだ。国中の警邏隊が連携して捜索しているがいまだ有力な情報もないらしい。アヤも思うところがあるのか、仲間と一緒に独自で行方を調べているそうだがあのチートをもってしてもわからないとか。
ハーレイの方は被害者である俺が訴えを取り下げたことと情状酌量の余地があるということで減刑されたが、それでも三年の労働刑だ。俺が訴えを取り下げたところで列車の運行を妨げたという事実は変わらないし、狙ってやったことではないとはいえその後グラスウルフに襲われた際、乗客に怪我人が出ている。間接的にはハーレイの責任と言えた。
加えて学都でボヤ騒ぎを起こしたのもハーレイだ。いくら本物の火事ではないとはいえ、あの宿にしてみれば営業妨害以外のなにものでもない。おまけに風評被害を含めると相当な損失だろう。むしろ三年の労働刑だけですんだなら良かった方だ。
労働刑とはいっても鉱山で強制労働をさせられるようなものではない。せっかくの二級戦闘資格保有者なのだ。開拓地での護衛という形となり三年間ほど無給で働くことになるが、かなり温情にあふれた処置だろう。
俺の方は相変わらずの毎日だ。
この半年間にアヤの手伝いでダンジョンの中核破壊に行ったり、町の美少女コンテストへティアが出場したことでアイドルスカウトに目をつけられたり、創作料理開発ブームに感化されたラーラとパルノに振り回されたり、トレンク学舎の科学部が起こした騒動に巻き込まれたり、ダンディ様の希少種動物捕獲作戦に連れて行かれたり、パルノの親が俺の家を強襲してきたり……。
あれ? いろいろ巻き込まれすぎじゃねえ?
ちっとも相変わらずじゃねえわ。
まあそれでも命の危険にさらされるようなことは無――――ほとんど無く、今日も今日とて小銭を稼ぐため『窓』へと足を運んでいた。
「あ、レバルトさん。ちょっといいでしょうか?」
「何? どったのアルメさん?」
クールビューティを形にしたような『出会いの窓』の職員、アルメさんが俺を呼び止める。仕事の募集票を確認するため掲示板へ行こうとしていた俺が振り向くと、そこにはアルメさんと一緒に見慣れた顔がひとつあった。
「なんだパルノ。お前も仕事探しに来たのか?」
「おはようございます。レバルトさん」
元奴隷少女のパルノがにこやかに頭を下げる。
「レバルトさん。お仕事を探していらっしゃるのですよね?」
「おっ、なんかいい仕事でも紹介してくれるの?」
アルメさんの問いかけに、俺は反射的といってもいいほど瞬時に言葉を返す。
「はい。こちらのパルノさんと一緒に引き受けていただきたい仕事がありまして」
ほほう、珍しい。
魔力がゼロの俺と奴隷認定を受けるほど魔力が極小のパルノ。俺たちに斡旋できるような仕事というのは普段ほとんど無い。この世界じゃ草刈りみたいな雑用ですら魔力が必須だからな。
「ひとまずあちらの打ち合わせスペースで詳しいことをご説明いたします。お時間よろしいでしょうか?」
「おっけー、おっけー。時間だけはたっぷりあるからな」
アルメさんについて行き、ロビーの隅にあるパーティションで仕切られたスペースへと移動する。そこへ置かれているテーブルを囲むように三人がそれぞれ座ると、アルメさんが「それでは」と口を開いた。
「今回おふたりにご紹介するのは『調査』のお仕事です」
「調査、ですか?」
意外な仕事内容にパルノが首を傾げる。
「はい、そうです」
「俺とパルノに声をかけるってことは、つまり魔力がらみの問題があるってことか?」
「ご理解が早くて助かります」
アルメさんが生真面目そうな表情を崩して微笑む。なかなかの破壊力だなこれは。
「町外れにある区画のひとつでここ数日、異常に魔力が高まっていることが報告されています。何らかの問題が発生している可能性があるため調査をすることになり、それをおふたりにはお願いしたいと思っています」
「それってここ最近多発してる魔力暴走事件に関連しているんじゃあ……?」
パルノの疑問にアルメさんが首を振る。
「現時点ではわかりません。それを確認するための調査です。今のところ魔力暴走事件がどういった原因で発生するのかもわかっていませんし」
だが俺はアヤから話を聞き、自分自身が巻き込まれたことで実体験としてそれを知っている。もちろん全ての魔力暴走事件が疑似中核がらみとは限らないが、可能性は非常に高いだろう。
「そういうのって行政の仕事じゃ無いんですか?」
パルノが率直な疑問を呈する。
「パルノさんのおっしゃる通り本来は役所から人を派遣するべきなんですが、なまじ魔力が多い人間ですと魔力酔いをしてしまいますので……」
困り顔でアルメさんが言葉を濁す。
言いたいことはわからないでもない。役所に就職できるほどのエリートなら人一倍魔力は高いはずだ。となれば、誰を派遣したところで魔力酔いは避けられないという判断なのだろう。
「それで魔力の全く無い俺と、ほぼ無いに等しいパルノに声をかけたってことかな」
「えーと、まあ、その……。おふたりなら魔力酔いに煩わされずに調査ができるかなと」
言葉を選ぶアルメさんに、パルノが気にした様子も見せず訊ねた。
「報酬はいくらなんですか?」
前のめりになるその様子から、この依頼に乗り気であることがわかる。
「最低保障額としておひとりあたり十万円です。ひとまず一週間ほど調査していただいて、何も見つからなかった場合でもこれはお支払いします。加えて問題の原因や重要な情報を得られた場合には、その重要度にあわせて追加の報酬が支払われます。調査期間を延長する場合には一日あたり一万円の追加報酬をご用意しますが、おそらく延長されることは無いと思いますのであまりあてにしないでくださいね」
「やります! やらせてください!」
報酬額を聞いてパルノが即答した。
一週間で十万円か。しかも場合によっては追加報酬あり。これはおいしい仕事と言える。魔力の無い俺が紹介してもらえる仕事が日給一万を超えることはほとんどないからだ。
この一件に『偽りの世界』が絡んでいるかもしれないことを考えると、確かに危険はあるかもしれない。
だが逆を言えば、もしこの件が俺の予想通り疑似中核によってもたらされているものであるなら、その原因はすでにわかっている。
今回の調査で明らかになったということにして、疑似中核の壊れた破片やユリアちゃん救出の時に入手した資料を提出することができるかもしれない。うまくすれば追加の報酬をもらえるし、どう処分したものかと悩んでいたあの資料を自然な形で国に提出できるかもしれない。
「俺も引き受ける。こんな実入りの良い仕事、滅多にないからな」
いろんな打算を内包しながら、俺は報酬の良さにつられた風を装って依頼を引き受ける。
「ありがとうございます。それではもう少し詳しいお話をさせていただきますね」
それから三十分ほど、俺たちはアルメさんから詳細を説明してもらった後、翌日からの調査を約束すると窓を後にした。
「ここがその場所か」
「確かに魔力がすごく濃くなってますね」
俺とパルノはアルメさんから依頼を引き受けた翌日、町外れにあるゴミ処理場へとやって来た。
魔力が異常に高くなっている区画というのはこの場所だ。区画のほとんどをゴミ処理場の敷地が占めているため、実質的にはゴミ処理場の中で異常な魔力が検出されていると言い換えても良い。
ゴミ処理場とはいっても、うずたかくゴミの積み上げられたキツイ匂いのする場所というわけではない。魔力と科学の融合技術で徹底的に管理されたその光景は、まるで日本の公立小学校を思わせる。コンクリで固められたような飾り気のない白い建物が建ち並び、その合間をゴミ収集車が行き来する。まったく匂わないとは言わないが、少なくとも俺が想像していたほどのひどい匂いは漂っていないし、敷地内は意外なほど清潔感にあふれていた。
「アルメさんの話だと、魔力酔いのせいで施設の稼働率が二割程度にまで落ち込んでいるって話だが」
「思ったよりも動いているように見えますけど……、普段はもっとすごいんでしょうね」
「ああ。まあ今回俺たちには関係無い話だな。さっさと施設の責任者に挨拶して調査へかかるとしよう」
「あ、はい」
俺たちはゴミ処理場の施設長だという男性に挨拶をすませ、すぐさま調査に入る。
「最初はどうします?」
「そうだな。まずは施設の中をひと通り見て回ろう。俺は東半分を回るから、パルノは西半分を回ってくれ。気になったところや妙に感じたところがあったらその場所を地図に書き込んでおけよ。お昼に一度合流して情報をすりあわせよう」
ざっと見ただけで異常なところがわかるくらいならとっくに施設の従業員が気づいているはずだ。だが調査は今日から一週間続くのだから、まずは施設の全体像を把握しておくのが大事なことだろう。
「わかりました」
「ゴミ収集車に
俺の忠告にパルノが微妙な表情を浮かべた。
「子供扱いしないでくださいよ……。いくら私でもそこまでトロくありません。ちゃんと歩行者用の通路だけを歩くようにします」
「何言ってんだお前? 俺たちは調査に来てるんだぞ? 歩行者用の通路だけ歩いて、はい見てきましたじゃあガキの使いじゃねえか。むしろ歩行者用の通路から見えないところの方が怪しいだろうが」
「え? あ……、そうなんですか?」
そりゃそうだろう。普段から見えているところにすぐわかるような異常があればとっくの昔に誰かが気づいているだろうし、もしこの件が『偽りの世界』のような人間によってもたらされたものならその元凶を隠蔽くらいはするだろう。
ゴミ収集車のドライバーや歩行者用通路を歩く人間から見えない場所こそ調査が必要になる。もちろんそれは明日以降に取りかかればいい話だ。今日のところはそういった怪しい場所がどこにあるのかチェックして、同時に施設の全体像をおぼろげにでもつかめればいい。
そう説明すると、パルノは「ほえー」と間抜けな声を口から吐いて感心したような視線を向けてきた。
素直なのはパルノの良いところだが、物事を疑ってかからなきゃならないこういう仕事は性格的に不向きなんだろうな。
ひとまず周囲への注意を怠らないことと、怪しげな場所を地図に書き込むこと、そして危険が予想されることは明日以降に持ち越すことを強く言い聞かせ、俺たちは分かれて行動し始める。
さて、何が出てくるのやら。
何もなかったってのが一番良いんだが、現実問題として魔力の異常な高まりが観測されている以上それは考えにくい。慎重に調査を進めて、荒事になりそうならさっさと退散する。それが俺にできる最善だろう。
で、あわよくば追加報酬をいただいて、家にある
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