EP11.姫と乾杯する
あの後、俺こと
エレベーターで自室の階へ上がり、廊下の曲がり角を右へ曲がる。
……先に
俺らの部屋の右手の奥、廊下端に設置されているベンチで小夜は待ち構えていた。
俺らは挨拶を交わし、小夜が早速順位についての話題を切り出す。
「まさかの同率一位でしたね……」
「なんでだ……というか、白河は賞賛されて俺には『誰?』って言うのも納得がいかん」
あの後、興味本位で聞き耳を立てた時の反応を俺は口にした。
さすがに誰一人として覚えてくれてないのは、悲しくなってくるぞ?
「それはお気の毒で……では、江波戸さんも、おめでとうございます」
「……おう」
初めての賞賛……か。
なんだか、される側となるとなんだかむず痒いような気がするな。
まあだがしかし、それでも同率一位ってのはやっぱりなんともな……
別に罰ゲームを用意した訳では無いのだが、すごく悲しい気分なのだ。
「……同率一位ですし、ご褒美として
「……は?それまたどうして?」
そんなことを考えて苦い顔をする俺を見かねてか、小夜がそんなことを提案してきた。
ご褒美、ねえ……あんまり馴染みのない言葉だが、悪くは無いと思う。
でも『二人で』ってどういう意味なのかは今すぐ聞き出したいところだ。
「さすがに一位になってご褒美無しだと、モチベーションが下がってきませんか?」
……確かに、気にしてこなかったが少なくともご褒美がないとモチベが無くなるな。
ただ、俺が訊こうとしたところそっちでは無いんだけどな?
まあ、一応合わせておくか。
「なるほどな。だが、だからって''二人で''やる必要はあるのか?」
「同率一位なので、一応二人の方が良くないですか?」
……まあ、分からなくもないが。
ただ、俺としては少し不都合だ……俺は、未だに小夜と仲良くしようとはしていない。
「……お前は
だから俺は、倫理的問題に直結することを小夜に訊いてやった。
ちなみに、俺はやるとしても別に構わん。
小夜に興味が無いから、そういうので意識したりはしない。
が、流石に小夜は女だ……それも、あの有名な[学園の「姫」様]張本人。
その人望すら出る容姿で承諾すると、警戒度を疑いたくなる。
「別に、私が提案していることですし……」
……警戒度はどこにいった。
半目になって小夜を見据える俺の事など露知らず、小夜は続ける。
「甘いものって好きですか?」
「……甘すぎないものなら好きだ。スイーツも多少はいける」
俺は諦めてため息混じりに答えた。
甘いもの、というと、俺の場合度が過ぎたものでない限りは普通に好きだ。
パフェや大盛りアイスなど、砂糖たっぷりのものとかは勘弁して欲しいがな。
「それでしたら……まあ、ご褒美なので無難にケーキになりますが、どれくらいなら大丈夫ですか?」
「……ショートケーキまでなら行ける。今から買ってくるが、何がいい?」
ケーキを食うのなんていつぶりなんだろうか……結構楽しみだったりはする。
そんなことを考えていると、小夜が目を丸くさせていることに気がついた。
「え?買ってきてくれるんですか?」
「二人で行っても意味ないだろ」
「いや、さすがに任せっきりなのは……」
結構近場だし、別に行くこと自体はそこまで面倒じゃないんだがなあ……
それにほぼ存在しない俺だからまだマシだが、「姫」様が男と歩くのを目撃されたら大惨事である。
こいつはその事を自覚していないのか?
「……いいよ。とりあえず、白河はどんなケーキがいいんだ?」
「………」
………。
「そもそもとして、店員さんに見つけてもらえるんでしょうか?」
………。
「……決まりですね。私も行きます」
「わーかったよ、ったく……」
何度悲しくなればいいんだよ、俺は。
……てなわけで、ケーキ屋にきた。
食うのもそうだが、ケーキ屋に来るのなんていつぶりなんだ?
「甘すぎないものなら……そうですね。やはりビターケーキでしょうか?」
ショーケースに入れられたビターケーキを指さして、小夜がそう訊いてくる。
俺は指さされたビターケーキをじっくりと見て……頷いた。
「……そうだな。この中だとビターケーキが一番俺好みだ。嫌なら他のでも構わんが」
「いえ、私もビターケーキは好きですので」
「そうかよ」
結構早く決まった。
会計は小夜がするとのことで、俺は自分の分の金を渡し、小夜は会計をすませる。
俺が二人分のビターケーキを持ち、俺らはマンションへ足を運んだ。
……帰ってきたはいいが、さすがに女の部屋に易々と入るのは気が引ける。
そうとなれば仕方が無いので、俺は自分の部屋の鍵を開けた。
「入れ」と招くと、「お邪魔します」と律儀に礼をいった白河が靴を脱いだ。
リビングに入ると、俺は小皿とフォークを用意してダイニングテーブルに置いた。
それから、冷蔵庫を開いて飲み物を確認する。
「飲みもんは何がいい?」
「では、炭酸じゃないものをお願いします」
こいつって炭酸無理なのか。
いやまあ、コーヒーはいけても炭酸は俺も無理なんだが。
舌と喉痛くなるからな、あれ。
「……それなら、りんごジュースとスポドリ、あとはコーヒーとお茶くらいしかない」
……いや、逆になんでりんごジュースはあるんだ?
買った覚えがないので一応賞味期限を見たが、切れてはなかった。
「りんごジュースをお願いします」
「……へいへい」
りんごジュースあってよかった。
冷や汗を感じながら、俺は冷蔵庫から微糖コーヒーとりんごジュースを取り出し、コップを二つ用意する。
「ありがとうございます」
「構わん」
俺は箱に入っていたケーキを小皿に移し、手を洗ってから席に着いた。
ちなみに、小夜は既に手を洗っていた。
俺らはお互いの飲み物をコップに入れて……二つのコップをぶつける。
<カンッ>
「乾杯ですっ」
「乾杯」
そして俺らは、お互いの飲み物を飲んだ。
「それにしても、行けると思ったんですけど……中々凄いですね、江波戸さん」
りんごジュースを一口飲むと、小夜は早速関心げに目を見開いてそう言ってくる。
その言葉に俺はにやけた。
「バカにすんなよ?俺だってそれなりの努力は積んできたつもりだ。……誰にも気づかれないから、自己満足になりつつあるがな」
あくまでなりつつ、だが。
いや、だからさっきも言ったけ何度悲しくなればいいんだよ俺は。
気持ちを誤魔化すように、ビターケーキにフォークを刺して口に含む。
「……思っていたのですが、なぜ皆さんは江波戸さんに気が付かないんでしょう?」
小夜もビターケーキを頬張りながら尋ねてきたが、そんなの俺が1番訊きてえよ。
物心着いた時から、両親でさえほとんど気づいてくれなかったんだぞ?
ビターケーキを食べるスピードが心做しか早くなりながら、俺はため息を吐く。
「……まあ、それでも生活できてればいいんだよ。俺はな」
「前までは
「もうあんな事はしたくないからな」
EP7の頃を思い出したが、あんな大作業なんて二度とごめんだわ。
そんな談笑をしている内に俺と小夜はあっという間にビターケーキを平らげ、皿をシンクに入れる。
「後で洗うから。そんじゃ、今日はお疲れ」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
……次こそは抜かしてやる。
部屋を去っていく小夜の背中を見ながら、俺はそう決心したのだった。
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