第3話 セディの出会い 1
僕が4歳のとき、僕の世界は命を持った。
物心ついたころから、自分が可愛げのない子どもであることは分かっていた。
こんなことを思っている時点で可愛げはやはりないだろう。
宰相を代々輩出するフォンド公爵家の嫡男に生まれ、王太子殿下と年齢が近いこともあり、将来の宰相候補と目され、それこそ生まれた時から様々な教育を受けてきた。
別にそのことに不満を抱くこともなく、また、家庭教師の出す課題に特に困難を覚えることもなく、――退屈を覚えることはあったが―、淡々と課題をこなす日々を送っていた。
4歳を過ぎたころには、普通では10歳の子どもが取り組む課題を取り組む状態だった。
家庭教師たちの社交辞令がたっぷりと含まれた表現を借りるならば、「非常に優秀」な子どもだった。
それだけで十分可愛げがなかったが、そのことは一番の要因ではなかった。
一番の要因は、何事にも感情を動かされないことだった。
喜怒哀楽を感じないわけではない。美しいものをみれば、確かに美しいと感じ、自分に懐いていた犬が病気になれば、心配した。
ただ、感情の揺れの幅がかなり小さかったのだ。
薄い膜が一枚、世界と自分の間にあるかのように、美しさも心配もわずかだった。
当然、表情もあまり動かない。会う人には、「人形のように美しい」と言われていたが、多分にこの表情のなさが原因だろう。
自分でも嫌になるぐらい容姿が似ている母は、「大輪の花のよう」と華やかな様々な花に例えられているのだから。
父も母もはっきりと僕のこの性格に何か言うことはなかったけれど、心配はしていたようだ。
ある日、突然、父の外出に同行することになった。父の友人である侯爵の屋敷だ。
自分より1歳ほど年下の令嬢がいるそうだ。近い年齢の子どもと接すれば、子どもらしさが生まれるのではと期待されたのだろうか。その程度で子どもらしくなることなどあり得ないことは自分には分かっていたけれど。
正直、気の重くなる訪問だった。
馬車から下りて屋敷に入ったとき、不思議な感覚があった。
空気が…柔らかい?温かい?
うまく説明できないけれど、公爵家の屋敷と空気が違うように感じる。
父と歩きながら、不自然にならないようこっそりと視線を動かしこの違いの原因を探してみる。
残念ながら原因はつかめなかったけれど、空気が違うことが確かだということは分かった。
父が侯爵と挨拶を交わし、いよいよご令嬢への挨拶を僕に促してきたとき、僕は驚いた。
世界との薄い膜は吹き飛ばされ、生まれて初めて息が止まるほどの驚きを感じたのだ。
見るからに人のよさそうな侯爵の隣に、「原因」が立っていた。
僕よりも小さなその令嬢は、彼女の髪の色と同じ白金の魔力を体から溢れ出させていた。柔らかく温かい、そして明るい光が彼女から溢れだし、侯爵はもちろん父や僕までもその光に包まれている。
魔力を目にするのは生まれて初めてのことだったが、これが魔力なのだと体に確信させられるものだった。
僕を見て、小さな令嬢がその薄い青色の大きな眼を細めた時、光は強さを増した。
柔らかく温かな波動が伝わり、体も心も軽く温かくなる気がした。
初めて体感した魔力のためだったのだろうか、魔力の温かな波動が心地よかったからだろうか、理由は何であれ、僕は、もう、彼女のこと以外、何も目に入らなくなっていた。
帰りの馬車の中、シルヴィのくれた花を見ながら、気が付けば父に頼んでいた。
「家庭教師に、魔法の先生も加えてもらえませんか。」
父は目を見開き、頬を緩めて頷いた。
「自分から知りたいことができたなら、もちろん、誰かにお願いしよう。」
よほどうれしかったのだろうか、父はさらに咳払いをして続けた。
「素晴らしいことだと思うよ。」
何となく恥ずかしくなって、思わず俯いてしまった。
「シルヴィにまた遊びに来てほしいと言われました。行ってもよいでしょうか。」
頬が熱い。生まれて初めて赤くなるという事態になってしまった。
今日は、生まれて初めてのことが多い。
父は何度も咳をして、
「もちろん、行くがよい。今度はこちらに来てもらうのもいいのではないか。」
その瞬間、僕の熱は引いた。
「いえ、母上にシルヴィを会わせるのは、待ってください。」
シルヴィは、どう見ても母の好みだ。
波打つ白金の髪、透き通る白い肌。薄い青色の瞳はどんなことにでも楽しそうに輝く。極めつけはあの笑顔だ。思わず頭を撫でたくなってしまう可愛らしさだ。母は狂喜乱舞するだろう。
リボンを飾られまくって、僕まで嫌われる可能性が高い。冗談じゃない。
父もそのことに気が付いたのだろう。遠い目をして呟いた。
「努力はするが、もって2か月ぐらいだろう…。」
2か月。 ならば2か月で嫌われないほどの「友だち」になって見せるまでだ。
屋敷に着くまで、そして着いてからもずっと、次にシルヴィに会うとき、何をして喜ばせるか、僕は考えを巡らせていた。
誰かと次に会うことを考える、誰かに喜んでもらいたい、そんなことも初めてのことだったが、僕はそれに気が付く間もなく、シルヴィのことを考えていた。
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