第2話 3歳のころ
私が、私自身よりも大切な人と出会ったのは3歳の事でした。
その日、私は朝から緊張していました。
父さまの友人であるフォンド公爵のアルバートおじさまが、初めて子どもを連れて屋敷を訪れると聞いていたからです。
3歳の私にとって、年の近い子どもと会うのは初めてのこと。
どんな子どもが来るのか、「友だち」になれるのか、何日も前からドキドキしていました。
「シルヴィア、こちらがセドリックだ。仲良くしてほしい。」
フォンド公爵がそっと押し出しながら紹介してくれたその子を見て、私は必死に練習したあいさつどころか、息をするのもの忘れてその子に見とれてしまいました。
自分よりも少し背の高いその子は、薄い茶色の艶やかな髪を持ち、長いまつ毛に縁どられた目はまだ芽吹いたばかりのような淡い緑色で、何を考えているのか知りたくなるような惹きこまれる眼差しをしています。顔のどの部分も整っていて、私のお気に入りの人形よりも美しい顔立ちをしていました。
そして顔だけでなく、姿勢もとても美しく、本当にどこをとっても美しく感じてしまう姿です。
そんなきれいな子と友だちになれるなんて嬉しくて、自分の顔が思わず緩んでいくのを感じました。
その瞬間、セドリックの切れ長の涼やかな目が見開いたので、よほど自分の顔は緩み切っていたのでしょう。それでもうれしさが抑えきれず緩んだ顔は戻りませんでした。
あまり自分からは話さないセドリックを引っ張って、私は屋敷の中で自分の一番好きな場所に案内しました。
「ほら、お花がいっぱいでしょう?」
そこは庭の中で草や花が自由に生い茂った場所です。喜んでくれると確信してセドリックを振り返ると、彼は少し戸惑った様子を見せた後、
「本当だね、お花がいっぱいだね。」
と小さめな澄んだ声で答えてくれました。
たったそれだけのことがたまらなくうれしくて、私は満面の笑みを浮かべていました。
同時に、私の周りの花が一斉に輝きだしました。
セドリックは、緑色の瞳を大きく見開き、口をかすかに開け、瞬きを繰り返しました。
今の私なら、嬉しさで感情が高ぶり、魔力が溢れ、周りの花の生命力を上げた結果だと説明できます。
けれども、3歳の私が説明できることはほんの僅かでした。というよりも、私自身、仕組みなど分かっていなかったのです。
「わたしにとてもうれしいことがあると、周りが光ってくれることがあるのよ。」
私は「説明」しながら、一番近くの花をそっと摘み取って、彼に差し出しました。
「『お友だち』に、プレゼント。」
何日も前に、初めてのお友だちには、輝いたお花をあげられたらと思っていたのです。セドリックはまた目を見開き、やがてゆっくりと顔をほころばせながら、花を受け取ってささやきました。
「ありがとう。」
そうして私にとって初めての友だちとなったセドリック―セディは、公爵のおじさまに連れられて遊びに来るようになりました。セディが何度か訪れた後、今度は私の方が公爵家に招かれました。
「少し遠いし、嫌だったり体の調子が悪かったりしたら、来なくていいんだよ。」
いつもは優しいセディが珍しく強めの口調で念を押したのです。
私にとってはお誘いがうれしくて花瓶の花が輝くぐらいだったのに、どうしてそんなことを言うのか不思議でした。
理由は公爵家についてすぐに、なんとなくわかりました。
初めてお目にかかるセディのお母さま、公爵夫人アメリア様はセディとよく似た顔立ちの美しい方でした。
「初めまして。シルヴィアと申し…」
「まぁぁあ!聞いていた通り、なんて、なんてかわいいの!!」
練習したあいさつは途中で遮られ、わたしは公爵夫人に抱き上げられたのです。そして、ぐりぐりと頬ずりをされました。
「かわいいわ、本物の女の子だわ、ああ、幸せ…!」
あまりの勢いに私は何となく恐くなって、お父様とお母様の方を見ました。二人とも目を見開いて固まっています。助けは期待できなさそうで、今度はセディとおじさまを見ました。二人とも顔は似ていないのに、同じように視線が遠くをさまよっています。
思わず涙が浮かびそうになった時、セディがハッとして、
「お母さま、シルヴィが苦しがっています。」
と助けてくれました。
アメリアおばさまは、セディとお顔は似ていますが、雰囲気はかなり違う方でした。セディはどちらかといえば月を思わせる物静かな印象ですが、おばさまは満開のひまわりのような華やかな方です。
そして、趣味もとても独特の方です。
「あああ、本物の女の子は、やはり似合うわ~。」
連れていかれたおばさまのお部屋には、一面にこの国の全ての種類を集めたのではないかと思われるぐらいのリボンが広げられていて、おばさまは私の髪や服に次々と飾ってみては、声を上げておられました…。初めは再び固まっていたお母さまも次第に「これはシルヴィに似合うかも」と参戦しはじめました。
盛り上がる二人の傍らで、セディがひたすら申し訳なさそうに私を見ていました。
後で聞いたところ、おばさまはいつもはセディで遊んで、いえ、試しているそうです。
私の3歳の日々は、このようにセディと一緒に過ぎていきました。
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