3章-2
「こんにちは先生。お陰様でいつもより早いペースで課題に取り組めています。先生は何をしに図書館へ?」
「少し調べものをね。それよりも課題で解らない箇所はありませんか? 今なら教えてあげられますよ」
「有難い申し出ですけど大丈夫です。先生がわかりやすく教えてくれているので」
課題について聞かれたが、今の所は問題ない。
先生は普段は物静かなのだが、今のように生徒の事をよく気にかけてくれる上に教え方も上手な為か、生徒からの評判が非常に良い。
おまけに顔立ちも良く、クールな雰囲気も相まって女子生徒からは特に人気が高いときている。
「仁良、勉強は終わったのかい?」
「アリサ、見つかってよかった」
僕が先生と話している所にアリサがやってくる……が、先生の顔を見たアリサは目を丸くしたかと思うと、僕と先生の事を見比べ始める。
まさか、僕と先生の顔を見比べている?
……いや、アリサに限ってそんな事は無い筈だ。
「おや、友人といっしょに来ていたのですか。……それでは、私は調べものに戻るとしましょうか。仁良君、勉強頑張ってください」
「さようなら、先生」
そんなアリサの様子を特に気にすることもなく、先生は去っていった。
「……仁良、今の人は知り合い?」
先生が立ち去ってから、落ち着きを取り戻したアリサが僕に話しかけてくる。
「僕のクラスの担任の先生だよ。さっき偶然会ったんだ」
……何故アリサは、たった今会ったばかりの先生の事を聞いてくるんだ?
まさか、先生みたいな人が好みなのだろうか?
「……仁良、落ち着いた場所で話をしよう」
「……? 別に問題ないけど」
アリサの様子を不思議に思いながらも、近くのファミレスへと向かう。
店内に入った僕達はテーブル席で向かい合って座り、適当に注文を行う。
「それでアリサ、話ってなんだい? さっきから様子がおかしいけど何かあったの?」
食事が来るのを待っている間、先程から様子のおかしかったアリサの話を聞く。
「仁良、驚かないで聞いてくれよ」
「いや、急にそんな事言われても……驚かないかどうかは話の内容によるかな」
アリサは一体何を言おうとしているのか?
彼女の考えが読めず困惑するが、僕にできるのはアリサが何か言うのを待つことだけだ。
僕を見ながら彼女は暫しの間黙り込んだ後、意を決したように口を開く。
「君の先生だけど、彼はボクの仲間なんだよ」
アリサの言葉を聞いた僕は自分の耳を疑う。
彼女は今、何と言った?
頭の回転が追い付かず、言葉の意味が理解できない。
僕が何の反応も出来ないでいると、アリサは再び口を開く。
「彼はレイリー・ロウソ。ボクの仲間の一人だ。……ボクを見て何も反応しなかったという事は、彼も記憶を失っているんだろうね」
「ちょ、ちょっと待って。先生が、君の仲間? そんな筈ない。僕が高校に入学してから今までずっと、先生から授業を受けて――」
今までの学校生活を思い出そうとする。
今日まで先生の授業を受けていたし、先生の授業が無い日でも担任ゆえにほぼ毎日顔を合わせていた筈だ。
しかし、学校での日々を思い出していっても、その記憶の中に先生の姿は無かった。
「先生は僕達の担任で……アリサの仲間? 今までずっと授業を、でもあんな先生、うちの学校にいない――」
「仁良、落ち着いて……駄目だ、何も聞こえてない。……仕方ないか」
自分の記憶が書き換えられていたという事実を認識してしまい、頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されるような不快感に襲われる。
その不快感から何とかして逃げ出す為に、自分がどこにいるのかも構わず、大声を上げて叫びだしそうになる。
「痛!」
しかし僕の口から出たのは狂気の叫び声ではなく、右手に一瞬走った痛みによる呻き声だった。
痛みによって落ち着きを取り戻し、痛みの元を確認する為に視線を降ろして右手を見る。
アリサが僕をテーブルに身を乗り出して僕の手を握ってくれていた。
……僕の手を強く握りしめ、その痛みで正気を取り戻させてくれたのだろう。
そのまま視線を上げるとアリサの顔が僕の目の前にあった。
「ア、アリサ!? も、もう大丈夫だから!」
「本当かい? その割には声も上擦っているし、顔も赤いよ?」
更に近づいて来ようとするアリサに驚いた事で反射的に身を引いて
しまい、彼女の手を振り払ってしまう。
「ご、ごめん。でも本当に大丈夫だから」
強引に手を振り払った事を謝罪する。
……頭の中は落ち着いたが、心臓の鼓動は早いままだ。
先生がアリサの仲間だった事よりも、アリサの顔があんなに近くにあった事の方が驚いた気がする。
「と、所でアリサ。先生が君の仲間なら何でさっき話しかけなかったの? 折角見つけられたのに」
「仁良と親しそうに話していたから、ゴリアンと同じように記憶を書き換えられているって見てるだけでわかったからね。あの場でボクが話しかけても、ゴリアンの時みたいに混乱させるだけだよ」
アリサは笑いながらそう言うが、その表情はどこか寂し気だ。
無理もないだろう、大事な仲間達から忘れられているのだ。
僕も数少ない友人に忘れられていたとしたらショックを受ける。
……何とかしてアリサを励まさないと。
「その、アリサ、何と言ったらいいか――」
「お待たせしました。ご注文のデミハンバーグセットとミックスグリルセットになります」
僕がアリサを励まそうとした時、店員が僕達の注文した料理を持ってくる。
僕の前にデミハンバーグセットが、アリサの前にミックスグリルセットが置かれる。
「それでは追加のご注文があれば、またお呼びください」
そう言うと店員は一礼して去っていく。
「やっときたか。さっきからお腹が空いてたんだ」
先ほどまでの寂しげな表情はどこへいったのだろうか?
いただきますと言って嬉しそうにナイフとフォークを掴み、料理を食べ始める。
「仁良、どうしたの? 早く食べないと冷めちゃうよ」
僕の手が動いていない事に気付いたアリサが話しかけてくる。
「……うん、アリサの言う通りだ。いただきます」
今一恰好が付かないが、アリサが元気になったのなら問題ない。
そう思いナイフとフォークを手に取った。
食事を終えた僕達は、先生の事について話をする。
「先生……じゃなくて、レイリーさんってどんな人だったの」
「レイリーは孤児院に勤めていた僧侶の一人だ。身よりの無い子供たちを引き取って世話をしたり、勉強を教えていたりしたんだ」
……先生は異世界でもこちらでも、みんなに慕われる人格者だったようだ。
「アリサの話を聞く限りだと、こっちに来て記憶を失っていても性格まで大きく変わってるという事は無いみたいだね」
「レイリーもゴリアンも記憶こそ失っているけど、性格はボクが知っている二人のままで安心したよ。性格まで変わっていたらどうしようかと……」
そう言うアリサの声色には安堵の感情が伺える。
性格までは変わっていなかった事に安心したのだろう。
「僕はそろそろ図書館に戻るよ。アリサはどうする?」
「家に帰ろうと思う。お昼ご飯、ごちそうさま」
席を立って会計を済ませる。
ファミレスから出た所でアリサと別れ、再び図書館へと足を向けた。
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