第2話

 本物川の支流と呼ばれるものは幾つも存在する。しかし、支流とは名ばかりで本流の本物川が存在しない。また、これらの支流は必ずしも繋がっていない。

 私はどこから探索を始めるべきか迷い始めていた。そこで、手にした聖本物川語りのページをめくる。そこに書かれた支流は今なお現存していたのだ!

 私は胸を高鳴らせ、その川へと向かう決意をした。名を偽物川という。魑魅魍魎が跋扈する本物川水系一帯においてもその存在は際立っていた。

 偽物川一帯では、毎月小規模な祭りが開催される。本物川を称えるこの祭りには、だいたい10人近くの参加者がいる。この祭りは基本的には誰もが参加可能であった。

 私は偽物川の祭事に参加することを決めた。本物川信仰を体感する絶好の機会である。旅支度を済ませて部屋を出た。


 山を貫くトンネルを抜けると、景色が赤く染まっていた。赤く色づいた葉が舞っている。陽光は外界全てを照らし出していた。

 私は汽車を降りて目的地に向かう。町を二分する偽物川に近接する公民館で偽物川祭りが行われていた。

 本物川信仰における祭りは一般的な祭りのイメージとは異なる。まずは、祭りへの参加を申請する。参加申請を済ませた者は、テーマに沿った創作をしなければならない。テーマはその時々で異なり、またテーマ自体がない場合もある。そして、祭りの開催期間中に創作物を仕上げて祭りの主催者へと渡す。その創作物は祭りの会場に展示され、評議委員から講評が与えられる。

 本物川信仰とは、創作活動の中で培われるものであるとされている。そこに具体的な教え等はなく、ただ創作をするのみである。

 さて、今回のテーマは何かな、と胸を高鳴らせて会場の門を開いた。

「祭りの参加者ですか。それとも展示作品の鑑賞が目的ですか。」

「参加を希望します。こちらで受付と聞いたのですが、よろしいですか?」

「はい。間違いありません。今回は偽物川の本祭になります。概要はご存知ですか?」

「念のため教えて下さい。」

 私は偽物川祭りの説明を受けた。内容は前途した通りの創作をしなければならないとの事。また、今回のテーマは死であった。

 これは悩む。単純に人が死ぬような創作物を作れば良いのだろうか。何かインスピレーションが欲しいと思い、私は町の外れにある林へと足を向けた。

 季節外れにも鬱蒼とした林がそこにはあった。獣道にも似た細い道が奥へと続く。木漏れ日がわずかに照らすその道が示すその先を目指して私は歩き出した。

 ガサガサと茂みが鳴る。ザーザーと葉が擦れる音が響く。じめじめと湿った空気が肌にまとわりつく。茂みの奥からこちらを見つめる視線を感じた。

 私は視線を感じた先に振り返る。カサカサ、ガサガサと何かが奥へと逃げる音だけは把握できた。たぶん、小動物か何かだろう。気にせずに奥へと進むことにした。

 道のつきあたりには小さな祠があった。私はそこへと入る。そこには聖本物川像が奉られていた。

 いつの時代のものなのだろうか。判別できない。埃をかぶった聖本物川像が私を見つめ返す。ドレスを纏ったツインテールの少女像に私は見下されているかのように錯覚した。

 何時間その祠で過ごしたのだろうか。そこを出ると日が落ちかけていた。私は急いで宿へと帰る。帰途を早足で進む。ザーザーと風が吹き抜ける音がした。私は振り返らずに先を見つめる。偽物川祭りでは本物川を描こう、と私は決めた。今も聖本物川像は目に焼きついている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る