本物川を求めて

あきかん

偽物川探索編

第1話

 かつて、国家権力に対抗できるほどの勢力を誇った土地があった。その土地には本物川と呼ばれる川が流れていたらしい。

 伝説では次のように語られる。聖本物川が降誕し川を作った。そこに人々が集まりだした。聖本物川はその土地を脅かす脅威を退ける。軍団を率いる国家権力、土地神と畏れられただいだらぼっち、謎の科学集団が開発した人型巨大ロボット、全てを喰らい尽くした鮫台風。

 ありとあらゆる災害をその傍若無人さ故に払いのけた聖本物川は、突如としてその土地から姿を消した。残された人々は川を作り出した。これが今なお残る本物川信仰である。

 かくして、本物川は残された人々による支流のみが現存し、その存在は伝説の中で語り継がれるのみである。


 我々は伝説の本物川について記された本、聖本物川語り、を入手することに成功した。狂人が書いたと思われる荒唐無稽な一代巨編であるが、これが本物川について記された唯一にして最古の書物である。

 本物川については様々な憶測が存在する。それは女装中年の太ももである。それは童貞中学生の妄想である。それはネットバトラーである。それはただのアイコンである。

 このように多くの解釈が存在するが、聖本物川語りにおいては、本物川は概念であると言われている。

『人々は本物川について語らず、ただ過ぎ去るだけだ。』

 とある客人が本物川についてそう語った。我々は本物川を知らずに踏みつけては、そうとは知らずに過ぎ去っていく。かつて多くの人がそうであったように、これからも人々はそのように振る舞うのだろう。

 例えば、このような人がいた。表現の自由の戦士がいた。彼は世界に対する痛切な祈りを捧げていた。その彼もまた本物川を踏みつけては過ぎ去っていったのだ。残されたのは痛切な祈りのみである。まるで本物川に残された足跡は存在しないかのように。

 このような事が度々行われた事によって、本物川はどこにでも存在し、またどこにも存在しないものであると言われるようになった。これを指して、本物川は概念である、と定義したのである。

 これまで述べたように、本物川と言っても様々な意味が存在することがわかるだろう。聖本物川と本物川を混同して語った事もまたその一因ではあるのだが。

 しかし、この聖本物川と本物川は別の概念とは必ずしも言えないのが本物川探求の難しいところだ。本物川は踏む事ができる。それであるならば、土地としての性格も持ち合わせている可能性は否定できまい。

 そこで私は伝説の秘境、本物川を探す旅に出掛ける決意をした。本物川探求家がついぞ見つけることが叶わなかった本物川を探り当てることで、本物川という謎の概念問題に終止符を打つことができると確信している。

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