第4話 アルスの才能

 ゼスト、マーレ、ハミルの三人とも、アルスが触った水晶玉から目が離せないでいたが、いち早く我に返ったハミル。


「こ、こ、これは、一体どういう事なんだい!? 結果が『銀色シルバー』なんて見た事も聞いた事もないよ!」


 ビクッ!


 ハミルの声の大きさに驚いたアルスは、思わず水晶玉から手を離してしまう。


銀色シルバー? この色は銀色シルバーっていうんだ)


「-----------」


 水晶玉から手を離したことにより、元の無色透明に戻っていた。


「ゼスト、マーレ、あんたらは知ってるかい!?」


「いえ、私も初めて見ました……。あなた。どういう事なんでしょう?」


「いや、俺にも分からん。そもそも、マーレに分からないものを、俺が知ってるはずもない」


(もしかして、僕なにか、いけない事しちゃったのかなぁ。どうしよう……)


 三人の事を静観してたアルスも、只事ではないのかも……と、気付き始める。






「あ、……あの!」


「ご、ごめんなさい!」


 アルスは三人に謝った。


「違うのよ、アルス。別にアルスが悪いって訳ではないと思うの」


 マーレが慌てて説明する。


「ただ今回の結果がお母さん達の知らない結果だったから、どういう事なのか分からないって事なの……。あの、ハミルさん。さっきの色は銀色シルバーって言うんですか?」


「昔、ああいう感じの色を銀色シルバーっていうんだと、聞いたことがあるんだよ」


 伝え聞いた経験から断定付けるハミル。伊達に長く生きてはいない。


(あれ。さっきから教えて貰った色と違うけど、やっぱり銀色シルバーなんだ)


「さっきの気付いたかい? 水晶玉の中で、かなりのスピードで渦巻いていただろう?」 


 実際、マーレが触れた時より、渦巻くスピードが速かったのだ。


 渦巻く速さが魔力総量に比例すると言われている為、アルスはマーレより多くの魔力を持っている可能性が高い。


 しかも、魔力総量は魔法を使用する度に増える可能性がある為、伸びしろは計り知れない。


「はい。それはわたしも気付きました」


 マーレが返事をし、ゼストもうなずく。


「その事から考えても、アルスはとてつもない才能を秘めているのかもしれない」


 三人の視線がアルスに集まる。


 注目されたことにより、急に恥ずかしくなり、モジモジしだす。


(僕って、もしかして凄いのかな……? そうだと良いなぁ~)


 どうなんだろう? と、判断が付かないアルス。


「もう一度アルスに触って貰って、同じ結果が再現するか、確認したいってのもあるが……。やめた方がいいだろうね。良いも悪いも、水晶玉は結果を映し出す鏡みたいなもんだ。魔力があることは疑いようがないんだし。もう一度触れた事で最悪、水晶玉が破裂なんてことにもなりかねん。そんな事になったら怪我をするのは一番近くにいるアルスだ」


 ハミルの発言に、ゼストもマーレもうなずいた。


「で、実際これからどうするんだい? アルスにはマーレ、あんたが魔法を教えるのかい?」


 ハミルはマーレに対して詰問する。一見、普通の会話に聞こえるが、ハミルの目が笑っていないことから、室内の空気が重苦しいものになる。


(えっ! そうじゃないの!?)


 アルスとしては当然マーレが教えてくれるものだと思っている。母以外に魔法を使える人間を知らないって言うのも大きいのかもしれない。ハミルがその話題を出した事で急に不安になり、隣に座るマーレの顔色をうかがう。


「はい。アルスには私が魔法を教えるつもりです。これは傲慢ごうまんかもしれませんが、母としてアルスに色々教えてあげたいと思ってます」


 マーレはハミルの問いかけに対し、キッパリと言い切った。曖昧な回答では付け込まれるように感じたのかもしれない。それは言い終わった後、口の形が真一文字になっている事からも、意思表示をしているように見えた。


 ハミルに対し自分の考えを伝えたマーレではあるが、ゼストの考えを確認しようと、視線を向ける。


「俺もそれがいいと思う。アルスは家族以外の人間に接する機会が少ない。これは俺たちのせいでもあるので、今後改善しないといけないとは思うが、今はマーレが教えるのが一番だろう」


 口を出すつもりはなかったが、マーレからの目配せからゼストが回答する。それはお互いの気持ちが分かっている夫婦だからこその芸当であった。


 ゼストの援護射撃もあり、話はすんなり収まるかと思えたが、ハミルは更に問い詰める。


「そうさね~。そう出来れば一番良いのかもしれない。ただ、あんたの役目は重要だよ。アルスがどう成長していくかは、あんたに掛かってるって言っても過言じゃない。さっきの結果からもアルスはもの凄い才能を持っている可能性がある。それを生かすも殺すもあんたの教え方次第だ! 分かってんのかい? あんたの役目は重大だよ!」


 ハミルは魔法が使えないながらも、それだけアルスの才能が普通ではないと感じている証拠であった。






「……はい!」


 少し逡巡しゅんじゅんしたが、返事をするマーレ。

 母として、ここは引くわけにはいかない! と思ったようだった。


 マーレとハミル。二人の視線が交錯する。室内の空気は、より一層重たいものになっていく。



 マーレの瞳の奥には覚悟の色がある事を、ハミルは看てとった。






「そうかい。あい、分かった! あたしゃ、魔法の事は分からん! そっち方面では何もしてあげられないだろう。ただ、あたしもただ年を食ってきたんじゃない。人生の先輩として、母としての先輩として……。あんたの力には、あたしがなろうじゃないか! いつでも相談に乗ってあげるから、言ってきな!」


 ハミルのこの一言で場の空気が一変する。


「は、はい!……はい!」


 ハミルの厳しくも優しい心持ちに気付き、張り詰めていた緊張感から解放された事も相まって嗚咽おえつを漏らしてしまうマーレ。少しでも見苦しさを無くそうと、口を手で覆うが、込み上げる感情を抑えられないようだった。


 その様子を見ていたゼストはおもむろに立ち上がり、後ろからマーレの背中を抱きしめる。特に声を掛けようとはせず、泣いていいよ。俺がそばにいてあげるから。と言っているように見えた。


 そんな二人の姿を隣からアルスは不安げに見上げる。ハンカチでも持ってきていれば母に差し出したかもしれないが、今日はあいにく持ってきていない。


 何もしてあげられないのが悔しかった。


「問い質すような形になって悪かったね。あんたの覚悟を確認したかったのさ。半端な覚悟だったら、あたしはあんたを止めてたよ。でも、マーレ。あんたの気持ちは痛いほど分かった。あたしだって、母として色々苦労してきたからね。あんたの覚悟が分かったからこそ、あたしはあんたの味方になろうと思ったんだよ」


 マーレは声に成らないのか、何度も何度もうなずく。


「今日はお客さんも来そうにないし、せっかくだからお茶でも飲んできな。今、淹れてあげるから」


 先ほどとは打って変わって、優しく声を掛けるハミル。


「ハミルさん、お茶なら私が!」


 マーレは涙をぬぐい、慌てて席をたつ。


「今日のあんたらはお客さんだ。ゼストにはクマ肉を分けて貰う事もあるしね。また、来るんだろう? 次はあんたに淹れて貰うさ。」


「はい! もちろんです! その時は相談に乗ってください」


 次、来るときはお茶請けを持参しようとマーレは心に決めた。



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