狩人と銀色の花嫁

榊原シオン

第1章

第1話 父の帰宅

「-----------」


「あっ! お父さんだ!」


「マーレ! アルス! 今、帰ったぞっ!」


 時刻は夕方。狩りに出掛けていた父、ゼストの帰宅の知らせである。


 父の帰宅を心待ちにしていたアルスは、声に反応し父が居るであろう家の入り口に、我先われさきに!と向かっていった。


「こらっ! アルス、待ちなさい。あなたは字の読み書きをしている最中でしょう! お父さんのお出迎えはお母さんが行きますから、あなたは戻りなさい!」


「後でちゃんと続きやるから良いでしょう? だって僕、お父さんが何を捕まえてくるのか、毎日楽しみにしてるんだもん。」


 と、はやる気持ちを抑えられないのか、既に走って向かっている。


 母、マーレも毎度の事で既に説得を半ば諦めてるのか『もう仕方のない子ねぇ』と言いながらアルスの後を追いかける。


 ある意味いつもの光景であった。


「お父さん、お帰りなさい!」

「あなた。おかえりなさい」

「ああ。ただいま」


「今日は何を捕まえたの? シカかな、イノシシかな、それともウサギかな?」


 狩りの仕方も知らないので、動物を追いかけっこか何かで捕まえてるんだと思っているアルス。


「今日はなぁ。なんと…… クマだっ!!!」

 と、大人げなくで自慢げにゼストが話す。


 それもそのはずで、クマなんて久しく仕留めていなかった。そんな事もあり、毎日何かしらの獲物を必ず仕留めてくるゼストも今日ばかりは鼻高々なのである。


「クマ~? クマってな~に?」


 アルスに向けた、決めっ決めのドヤ顔も形無しである……。


「六歳のアルスはまだクマを知らないのか」

 そうか。そうか。と言いながら、アルスの頭をなでるゼスト。


 アルスはまだ森に連れて行って貰った事がない。もちろん、抱き抱えられて行った事なら何度もあるが、森で動物に会った事が無いってのが大きかった。なので、アルスが知っている動物と言えば、晩飯の時に食卓に並ぶものばかりだった。


(今日のお父さん、すっごく嬉しそう)

 そんな父の姿を見てアルスも自然と笑顔があふれる。


「せっかくだから、アルスにクマを見せてあげられたら良かったんだが、俺一人では運べないって事もあって、ふもとの村の人に解体をお願いしてきたんだ。肉は後で届けてくれるって言ってたし、毛皮はこちらで貰う事にしたから、後日見せてあげられると思う」


「アルス、クマはね。力持ちのお父さんより、もっともっとずっと大きいのよ」


「えっ! お父さんより大きいの?」

(お父さん、こんなに大きいのに……)


 と、ゼストの姿を見上げる。アルスの身長は六歳児の平均より小さい為、ゼストとの身長差はかなりのものだった。


「そうよ。それでも自分より大きいクマを倒しちゃうお父さん、凄いと思わない?」


「うん。お父さん、凄い! カッコいい! 僕も大きくなったら、お父さんみたいに強くなりたい!」

 と、ゼストの脚に抱き着くアルス。その姿からは父の事が好きだって気持ちが見てとれた。


「アルスは俺より強くなれるさ」

 と、ゼストはしゃがみ込み、アルスと目線を合わせ、頭をポンポンしながら話す。


「今朝も模造剣の素振り頑張ってたもんな。俺はアルスの年の頃なんて、外で目一杯遊んでるだけだった……。でも、アルスは違う。俺より全然頑張ってる。だから、俺より強くなれるさ」


 父にそう言って貰えた事がアルスは嬉しかった。まだ身体も小さく、模造剣を素振りするとはいえ、父の真似事をしているだけ……。子供のお遊戯と言って差し支えないレベルだ。


 ただ、アルス自身には不安もあった。


 アルスはマーレ似だと自分自身では思っている。


 母であるマーレは物腰も柔らかで、美人である事を鼻に掛けない女性であった。常に自分は一歩引き、男を立てようとする姿をみて求婚者が後を絶たなかったという。未だにゼストの下に嫁いだのが、不思議に思われる程である。


 そんなマーレに似たのかアルスは顔も中性的で、髪を伸ばせば女の子と間違われるほど。少しでも父のように強く見せたくって、今は母に言って短く切って貰っているが、それでもアルスが持つ端正な顔立ちは隠しようがなかった。

 

 アルスはマーレに似た事はある意味嬉しいが、筋肉隆々で『THE漢の中の漢』って感じのゼストのようにホントに強くなれるのかアルスは不安だった。


 ゼストはアルスの目標だったから。


「じゃあ、お父さんのお出迎えもした事だし。アルス、あなたは字の読み書きの続きをしてらっしゃい」

 と、マーレがアルスに対して言う。


「うん。分かった」

 アルスは先ほど母と約束してしまった事もあり、素直にリビングへと向かった。


 マーレは別に用事があるようで、アルスと一緒に行くではなく、この場で見送るに留める。


 理由はすぐに判明した。





「あなた。ちょっといいかしら?」


「うん?どうしたんだ?」


 マーレはゼストをアルスがいるリビングとは別の部屋に連れて行く。


 二人が部屋に入って扉を閉めた所で、マーレがおもむろに語りかける。


「実は今日、父の使いの方がいらっしゃったの。あなたが出掛けている事を伝えたら、父からの手紙を預かりました」


 ゼストは、マーレから受け取った封書されている義父からの手紙に、ナイフで切り込みを入れ、目を通す。ナイフは職業柄いつも持ち歩いている為、こういう時は重宝する。


「どうやら、お義父さんは一緒に暮らしたいようだ」


 と、言いながら読み終わった手紙をマーレに渡す。マーレは情報は全て夫が先と考えている女性なので、父の使いから内容も聞くような事はしていない。それが分かっているからこそ、ゼストは改めてマーレに手紙を渡した形だ。


 マーレも目を通した所、父からはこちらの近況確認を織り交ぜつつ、言いたい事は今ゼストが語った内容に集約される。


 義父からの手紙を読んだゼストは、思い悩んでるようだった。


 ゼストの両親はすでに亡くなっており、ここから離れた王都にマーレの両親が住んでいる。ゼストには兄弟もらず、家族と言えば、マーレとアルスだけ。一方のマーレには妹が居り、その妹も今は結婚して別の場所で暮らしていた。


 ゼストとマーレはしばらくは二人で暮らしたいと離れて暮らす許可を貰っていたが、マーレの父が孫逢いたさに痺れを切らしたのだという事は容易に想像が出来た。


 手紙を読んだマーレが事の経緯を語る。


「私が自然が好きな事もあって人里離れた山奥にきょを構えてくれた事には感謝してます。家族三人でのんびり暮らせる今の生活が私は大好きです」


「ああ、そうだな。俺も今の生活が大好きだ。美人な奥さんと可愛い息子に恵まれて俺は幸せ者だよ」


「いえ。それこそ、私のセリフです。優しい旦那様と可愛い息子に恵まれて、わたしこそ幸せ者です」


 二人はお互いに抱きしめ合いキスをする。この分だと二人の間に二人目の子供が出来るのも時間の問題なのかもしれない……。







 しばらく抱きしめあっていた二人であったが、話の途中であった事を思い出したゼストが話し出す。


「俺としてはもう少し今の生活を続けたいっていうのが正直なところだな」


 マーレの気持ちも同じなのか、ゼストの話にうなずく。


「ただ、アルスも来年には初等部に通える年になる。タイミングとしてはそこで、王都のお義父さんの所でお世話になろうと思う。お義父さんがそれまで待ってくれればって事になるが……」


「分かりました。それならば、父も納得してくれると思います。でも、宜しいんですか? あなたには肩身の狭い思いをさせてしまう可能性もありますが」


「仕方ないさ。いつかはこうなる事は分かってた事だ。それに、アルスの為でもある。ここで暮らしていると同年代の友達も出来ないだろうしな」


 今の生活を続けられる時間が決まった事で、やらなければならないことも見えてくる。


「そうですね。では、それまでに私は出来る限り、アルスに常識的な事と、そろそろ簡単な魔法も教えていきたいと思います。アルスは凄く良い子に育ってくれてますが、王都に越した後、世間知らずだと恥をかかせたくないので」


 六歳児がクマの事を知らないのは、常識的に遅れていることを二人はまだ気付いていない。


「それと明日、私たちを村まで連れて行って下さらない? アルスが魔法を使えるのかどうか確認したいの」


「もちろん、お安い御用だとも。久しくアルスを伴って村に行ってないしな。アルスにクマも見せれるし丁度いい」


「マーレが魔法を教えるなら、俺はアルスに狩りの仕方を教えていくとしようか」


 今まで危険だからと、狩りにアルスを連れて行った事がなかったが、引っ越してしまうと狩りをする機会も無くなってしまう可能性がある為、教える事にしたようだ。


「狩りと魔法とやる事増えるが、あまり詰め込み過ぎないようにお互い注意しながらやっていこう。アルスが嫌がらなければ良いんだが……」


「アルスならきっと大丈夫です。だって私達の息子ですもの」


 こうして、明日は村に行き、来年には家族三人、王都のマーレの実家にお世話になる事が決まった。

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