叶音へ

まず、お父さんは叶音の本当のお父さんじゃない。今まで話せなくてごめん。

叶音の本当のお父さんの名前は鈴鹿日向、お母さんは奏さんという。

叶音が4歳の時、2人は交通事故で亡くなっている。兄さんは即死。奏さんは叶音と一緒に車外に脱出したけど怪我が酷くて、救急車がきて搬送される頃には亡くなっていたらしい。

叶音は助かったものの、事故のショックからか記憶が曖昧になっていた。お父さんが事故の連絡を受けて、叶音に会ったのがその頃だ。兄さんと奏さんの身元確認をされてお父さんもかなり動揺していた。

病室に案内されて、病室でベッドに横になって静かに外を見ている叶音を見た。

叶音が静かすぎて、お父さんからは声がかけられなかった。案内してくれた看護師さんに何か声をかけてあげてくださいって言われたけど声をかけられなかった。


そのあと、奏さんが親と縁を切ってることを知って、叶音の身内がお父さんしかいないことを知った。叶音は一通りの検査の後、少しの間、児童養護施設に特別に預かってもらった。叶音を引き取るにしても手続きが必要だったし、そもそもその時のお父さんは男の一人暮らしをしていて、とてもすぐに叶音を連れてこられるような感じじゃなかったからね。病院の人とか色んな人と相談して半年後から、正式に叶音と家族になることを決めた。そのあと、病院の治療の一環で行ったカウンセリングで叶音は、兄さんと奏さんのことを完全に忘れていることが判明した。事故で怖い思いをしたことを忘れることで自分自身を守っているんじゃないか、ってお医者さんは言っていた。だから僕のことは最初からお父さんと呼ばせて、今までできる限り兄さんたちのことは教えないできた。

今となるとあれほど徹底して隠す必要はなかったかもしれない、って思うくらい隠した。多分、お父さんが叶音から、何かを聞くのが怖かったんだろうな。


ずっと兄さんたちの荷物も捨てられなくて、この家とは別に小さい部屋を借りて、家具とか電化製品以外は全部そのまま残してある。実はたまに空気の入れ替えとか掃除とかしに行ってた。

今度行くときは叶音も一緒に行こうか。


叶音が今どう思っているかはお父さんにはわからない。でも、叶音はもう、このことを知っているべきだと思った。お父さんは叶音の本当のお父さんじゃない。でも、僕は叶音が家にきたあの日から叶音のお父さんだ。

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