第6話

 学園での生活が始まり、数日が経過した。ゲーム内では省略されているシーンまで経験できていると言えば聞こえはいいが、掃除に洗濯にと貴族上がりにはめんどくさいことが多い。セバスが欲しいな。


 寮に貴族が全然いないのもわかる。これなら確かに学園近くに別荘でも立てて使用人を呼んだほうがいい、というかそうするのが普通なのだろう。


 我がルートルー伯爵もそうするべきであると言われた。というかわりと過保護な母はずっとそう主張してきたが、俺が断った。


 なぜかって?来年は主人公が寮に入ってきてそこでどんどんイベントが起きるからだ。うん、それだけ。


 手早く支度を終え、食事を取りに食堂へと降りる。端の席を取ると、同じく準備を終えたのかオクタが話しかけてくる。


「おはよう、エインツ君がここにいるのは未だに慣れないね」


「おう、慣れるも何も俺らが寮に入ってまだそんな経ってないしな。というか同時に入っただろ」


「あはは、そうなんだけど。今年入学した貴族で、寮住まいなのは君だけって話だよ」


「まぁ、普通の貴族にこの生活ができるとは思わないからな……」


 やけに事情通なオクタの話を聞き流しながら食券を発行する。券売機……ファンタジー世界で券売機って。そう思わないでもないが、周りの反応からもちょっと珍しい魔道具くらいの扱いだ。

 少し納得がいかないがファットブルのステーキ定食を注文する。ちなみに魔物だ。


「……相変わらず朝から食べるね」


「お前は相変わらずパンだけか。もっと食えよ」


「朝からそんな食べられるのがおかしいんだよ……」


 食事はゲーム的にも、この世界的にも意味がある。魔物の料理を食すと、魔物、調理法、そして料理人の腕前によってバフがあるのだ。スキルを覚えるまではゲームシステムの問題だろうと思っていたが、食事を終えてからの魔力の動きを見るに、確実にバフは存在している。


 基本的に肉料理には筋力上昇や、成長補正がかかる効果があるのだ。


「というわけで肉食え肉」


「何がというわけかわからないけど、いつも通り遠慮しておくね」


 ちっ、もやしが。


「というかそんなに食べて大丈夫なの?」


 と今度は冗談や皮肉のような雰囲気ではなく、心配を帯びた声音で問われる。なんかあったっけ。


「いや、今日は1限から戦闘訓練でしょ?」

「ああ、そういえばそうだったな」


 そういうことなら肉食わなきゃな。と言わんばかりに肉に食らいつく俺を冷めた目で眺めていたオクタは、ため息を1つこぼすとパンにかじりついた。


 ◇◆◇


「では、班ごとに分けて訓練を開始する。班は事前に発表された通り、入学試験の戦闘力に応じて分けられている」


 ちなみに俺は1班だ。戦闘力に応じて1,2,3班にわかれており、当然1が一番評価が高い。


 ただ3班は戦闘力皆無、というわけでなく入学前に訓練を積んでない生徒、または文官の出だったりするのでしょうがない。


 ちなみにオクタは2班だ。魔力的には1班に来れそうな感じだったが……まぁ真面目なやつだし手を抜いたわけでもないか。


 1班は今は自主練だ。というのもまずは2,3班には全体に指示を出してから、1班には個人の指導を行うらしい。





 さて……サボるか。

 広い運動場で、すぐには教員に見つからない立ち位置を探す。いや、ほら、俺もう大々蟷螂倒せるし……今更基礎訓練とか言われても……


「あなたがエインツね!」


「なっ……!?」


 見つかっただと……!俺の足音も消してないしただ歩いただけの完璧な隠形術……いや誰だ。俺の背後に並び立つは二人の女子。一人はThe貴族の女子ですって感じのツインテ少女。もう一人はそのお付きですって感じの寡黙気な少女。


「【ミリアデラ・アズライト】聞き覚えがあるでしょう?新入生首席の力……見せて貰えおうかしら!」


「え、普通に嫌ですけど……」


 急に話しかけてきて何を言っているんだろうこの人。俺はこれからサボろうとしているのだが。俺に断られたミリアデラはうつむき、肩を震わせている。いや、知ってるよ、ミリアデラ・アズライト。我が家よりも家格の高い侯爵家の長女で、俺がいなければ首席で入学してただろうって言われてる才女。そんでもってオクタとかと違ってちゃんと幻ファンにも登場するし。


 前世では結構人気が高かった。わかると思うけどこの、イキリ美少女って属性が。サイドストーリーだけだし攻略とかできるわけでもないけどね。


「タリヤぁ……」


「お嬢様……哀れでございますが、エインツ様がお受けする義理も理由もないので当たり前ではないのですか?」


「そこは私を慰めるかアイツにキレるところじゃないの!?」


 そうそう、こんな感じにアズライト家に代々使える家出身のタリヤとの寸劇も人気なんだよな。ああ、なんか目頭が熱くなってきた。幻ファンっぽいムーブだ。


「あなたもあなたでなんで目を抑えてるのよ!憐れんでるの!?」


「憐れんでおりますお嬢様。少なくとも私は」


「タリヤぁ!?」


 見てるか幻ファンユーザー。目の前で繰り広げられるサイドクエストにないキャラ同士の掛け合いを……

 と天に向かい前世に届くように自慢していると意を決したように俺の足元に木剣が投げつけられる。そしてミリアデラも木剣を突きつけ、険しい眼光を寄せる。


「拾いなさい、それともルートルーの麒麟児は女の挑戦は受けないと?」


 ……どうしよう、すごい断りたい。受けないですけどって言いたいけど、これ以上断ると普通に嫌われそうなんだよな。いや今も少し嫌われているっぽいけど。個人的にはミリアデラに投票するほどファンではないけど、嫌いではないし好感度を下げたくない。


 そもそも俺が何かしたか?

 首席取ったか、じゃあ俺のせいじゃん。というわけでやるか。


 無言で木剣を拾うのを見るとミリアデラはにやりと口角を上げる。こう見ると人気が出たのもわかる美少女っぷりだ。


 さて、木剣を拾ったはいいけど、どこまで本気でやろう。タリヤはすでに巻き込まれない位置まで引き、見守っている。


「いつでもいいぞ」


「あら、先手は譲ってくれるのね。じゃあ……」


 というと詠唱を開始し、ミリアデラの足元には魔法陣が展開される。さて、何が飛んでくるか。


「【火炎球ファイアボール】!」


 まずは小手調べだろう火属性初級魔法。と言っても発生、威力共に申し分ない。なるほど確かにレベル1から10相当の入学時なら首席レベルだろう。当たれば普通に怪我するレベルだ。

 タリヤに至ってはまさか模擬戦でいきなり攻撃魔法を飛ばすとはと驚愕に目を見開いている。


「えい」


 まぁ、手のひらで払うんですけど。スキルを纏った俺の手のひらは、魔力の塊である炎の玉を地面に叩き落とした。殴打の勢いが増された炎の玉は地面を削り、焦げ跡を残す。

 木剣渡されたけど基本的にエインツは肉弾戦を行う近接職、って予想なんだよな。


 驚愕に見開いていた目をさらに広げるタリヤに、何が起こったか理解できていなそうなミリアデラ。意味わからないよなぁ、俺もそう思う。


「ユニークスキルね…!」


 お、正解。と言ってもそれしかないか。返答代わりに笑みを浮かべておく。

 遠距離戦は不利と見たのか、急接近を試みたミリアデラに薄い光の膜がつく。バフ系のスキルだな。魔力の動きを見るにAGI……敏捷バフだ。


 上段から振り下ろしてくる木剣を、こちらは横に構え、受ける。一応騎士団のアルガに教わっていたし剣が使えないわけではないのだよ。ははは。切っ先を下げ剣を滑らせ、思いっきり木剣を叩く。シンプルに鍛え上げた膂力から繰り出された一撃に、相手の手を麻痺させ、剣を落とす。


「それじゃ、こんな感じで……」


 と終わりを告げようとするとミリアデラはこちらをきつい目で睨み、距離を取る。え、まだやるの。

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