第2話
◇◆◇
見つけられたァ!というか見つけたどころじゃない!すぐ考えればわかったじゃないかこれ!
書斎にてこの世界の地図を開いて俺は一瞬で理解した。通りでエインツという名前にここら辺の地名が知っていたはずである。
【幻想世界戦記~ファンタズム・アライバル~】とは俺がプレイしてたゲーム、いやプレイしていた程度では生ぬるい、文字通り死ぬほどやりこんでいたゲームだ。
シンプルな、俺が生きていた時代には珍しいほどの王道RPGだった。勇者が仲間と魔王を倒しに行く、それだけの話なのだが、世界観の作り込みが尋常ではなかったのだ。
界隈では設定厨で知られる有名なクリエイター共同で開発させ、世界観や主人公たち一人一人の設定にテキストファイルを必要としたと言われ、設定集を出そうとしそのファイルを受け取った開発側が顔を引きつらせながら突っ伏した話は、今なおネットで伝説としてまことしやかに語られている。
――しかも文字数が多すぎたのか、結局主人公周りのキャラ設定や世界観の重要な設定を綴った物しか発売されなかった――
そんな世界だから、地名や父の周辺に侍る人物、そして陳情を提出に来ていた村の村長に至るまで、前の世界で把握していたのだから聞き覚えがあるはずだった。そういえばなんか書いてあったわ。
思い至れば記憶の封が外れるように、どんどんと知識が溢れてくる。むしろなぜエインツ伯爵と言われ思い至らなかったのか不思議なくらいである。
エインツ・ルートルー・ガ・トリン伯爵……幻ファン前半部分のシナリオライターにして【光のシナリオライター】たる風子氏のお気に入りキャラである。
風子氏はほのぼのとした学園物や恋愛物を作風として好み、どちらかというとコメディ要素の強いシナリオを得意としたライターだ。かと言ってかっこいいシーンが書けないようなわけではなく、自在にその緩急を操り盛り上げる。まさに王道、光のライターなのだ。
光があればまた闇があるのだが……思い出すだけでこの先の展開が憂鬱になるので頭の片隅にしまっておこう。
エインツ、【光の寵愛児】、【
1つ目の異名はそのままの意味で、光のライターに気に入られてるだけあり明るく、少しウザいくらいだが仲間や友人を守る際に力を発揮するキャラ。物語においては主人公の仲間やライバル、モブでもないイベントキャラ。
ではどんな役どころかというと主人公たちが通う学園の1つ上。先輩ポジションである。主人公たちが入学した時より生徒会役員として活躍し、チュートリアル戦闘などを請け負うこともある。
2つ目と3つ目はほぼ同じ意味であり、ここがこのキャラ最大のポイントなのだが光のライターたる風子氏はあまり戦闘バランスを得意とせず、強キャラを生み出してしまっていた。それが学園の最終兵器たる『生徒会』である。と言ってもすべてが明かされているキャラは少ないが、そんな概要だけでおかしいやつらの中でも
『この世界的にありなの?それ。』
と言われたのがエインツである。
先述の説明でわかってもらえたと思うがこの世界、王道RPGらしく剣!魔法!スキル!な世界なのだが、魔法やスキルはMP……魔力で動く。正確には体内にある魔力を発散させたり形を変えて出すのが魔法やスキルである。
この世界にはキャラごとの
【確固不抜】。
正確には描写されていないのでわからないが一定範囲内の魔力を動かせなくするスキルと予想されている。
スキルに魔力が必要で魔力で魔力を固定して……?とはてなが2つ3つ出そうだが、俺も正直わからない。ゲームシステム的には発動した段階で主人公を含む仲間たちがスキルや魔法を発動できなくなり、通常攻撃しかできなくなるイベント戦のようなものだった。
この際体内にある魔力を動かし強化すると説明に書かれた、身体強化魔法すら発動できなくなっていたところから、体内にある魔力にまで干渉していることがわかる。
ちなみに彼自身はスキルや魔法を問題なく発動できる。ただ序盤故か、指導のためか初級の身体強化魔法しか使わない。
ここで2つ目と3つ目の異名が出てくる。
ラスボスたる魔王が世界を相手に攻めてくるので討伐するのが目的のRPGなのだが、世界観的に人類のほうが数で多く、魔王側の魔族は数が少ない代わりに魔力を多く持ち、個の実力が高い。
――そう、魔力を多く持ち、それを戦闘に活かすのが魔族なのだ。
魔族襲撃イベント、戦争イベント、魔王討伐……全部彼を中心に置いて、農夫でも何でも鉄の防具持たせて殴らせまくれば、数の暴力で理論上殺せる。
しかも彼は遠距離からの魔法も止められる。作中では視覚外から放たれた火魔法を振り向き、眼前で止めてみせ、手で払い消し去るショートムービーまである。そんなやついてもゲーム的には面白みなど何もない。
稀にある最強キャラ何してたの問題だ。後半のシナリオライターには持て余したのか、世界観にそぐわないと思われたのかはわからないが学園編が終了した途端に現れなくなる。
掲示板などでも「魔族側ならエインツどうやって討伐する?」というスレが建てられたほどだ。
毒殺はこの世界には解毒魔法があるのですぐに却下された、この世界では毒はあまり発展していない。暗殺を行おうにも、遠距離からであろうがスキル発動は察知されるため、スキルや魔法を使わず、さらに貴族の警護を潜り抜けられる魔族が育成すればという条件付。
魔法を使わない弓や投石などは、逆に魔法によって防がれてしまう。オンオフができるとか汚ねぇぞあいつ。
とまぁこの通り魔族サイドの主力が魔法を扱う魔法兵なのに対し、圧倒的メタパワーを持っているのがこのエインツ君なのだ。……今は俺だが。
なるほど転生先がエインツ伯。
貴族であり、能力も高く、顔も悪くない。転生先としては一級品であると言えよう。しかし転生する元が俺では台無しである。
俺も一観測者として、エインツの学園卒業後を見てみたかった……!
自分自身のことだからよくわかる。
仮に俺は目の前で大勢の人が困っていて、自分に助ける力があるとしても、最後まで人の力を使うことを考えるだろう。でなければ死ぬまで引きこもりなどやっていない。
そんな俺が光の寵愛児たるエインツ君?無理無理、真逆と言って言い。
かと言ってここまで理解しても、エインツとして振る舞おうと言う気も起きず、この体に宿っていたであろうエインツの魂すら感じられない。
いや待てよ……
この世界はもしかしたら、胡蝶の夢のような幻かもしれない。ある日突然目が覚めて元の場所に戻るような儚い世界。
しかしそれさえ起きなければ、また俺は死ぬまでこの世界で生き続けるだろう。
それはつまり、原作のその後を見れるのではないか?
今でも俺は、引きこもる気しかない、とはいえ幻ファン世界だ、夢にまで見たゲームの世界だ。しかも原作あり異世界転生定番、原作知識もある。
俺の中にいる厨二オタクが鎌首をもたげる。
よし、身体も鍛えよう。領地経営も学ぼう。そして過剰に原作に関わることはせず、特等席にて主人公たちの活躍を見守るの。VRなんて目じゃない本物の世界で、俺はこの世界の
ならばこの世界における俺の夢は原作と同じように静かにフェードアウトし、主人公たちのその後を見守ること。それしかない。
強く端を掴み、シワができてしまった本を畳み、決意すると控えめなノックの音が書斎に響く。開けていいと了承すると、使用人が頭を下げ入室する。
要件を尋ねると控えめな声で食事ができることを告げる。俺はすぐに向かうと伝えて貰うように言うとまた頭を下げ出ていった。
ふむ、この世界が幻ファン世界であると考えると、途端に使用人や他の人達にも愛着がわいてくるな。今度からは積極的にコミュニケーションでも取ってみるか?彼らの中には原作でサブクエストを持っていた人物もいるかもしれないのだから……
と、先程まで使用人とは積極的に関わることはしないなどと考えていたことはすっかり忘れ、食事へ向かうのだった。
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