バランスブレイカーは自重を知っているので魔王討伐とか行かない
NotWay
第1話
【前書き】
見切り発車なのでタイトルや細部、修正あるかもしれません。誤字などございましたら、報告よろしくお願いいたします。
―――――――――――――――――――――
人間脆いもので、頭では理解していても実際に起こってみると随分あっさりだったなと感じる。
トラックに轢かれるわけでもなく、銃で撃たれたわけでもなく、ブラック企業に務めて過労死したわけでもない。
普通に不摂生で死んだ、らしい。死の間際から少し前の記憶は転生後には引き継がれなかった。もしかしたらあまりにも辛い過去で、心が蓋をしているのかもしれない。いや、それはないな。俺だし。
「坊ちゃん、無事ですか!」
目の前でぶっきらぼうながら心配そうな声を上げるヒゲの巨漢はアルガ。本当は王都の方にあるなんちゃら騎士団に所属している軍閥の人間だが、父が元騎士団所属だかなんだかで、お世話になった父に挨拶をしに来たついでに、俺に稽古をつけてやってくれという余計なお世話の結果ガキのお守りをさせられた哀れな人間。うん、今生の知識が上書きされて消滅したわけではないな。
「うん、大丈夫だ。ただ少し頭がふらつくから今日は部屋で休ませてもらうとするよ」
あくまでも最初に出会ったときと変わらない、いいとこ育ちのお坊っちゃんらしい口調でやんわりとサボりを告げる。元の人格はえらく真面目で、父を真剣に尊敬し、強い男を目指していたようだった。しかし前世が俺であったことが運のつきだ。引きこもりすぎて、不摂生で死んだ男の来世として引きこもりライフを過ごさせてやろう。勿論、この世界の基準に合わせるけどな。
青い顔をしているアルガに気にすることはないと伝え一人で部屋まで戻る。俺を送り届けたアルガは足早に廊下を去っていったが、恐らく俺に怪我を負わせたかもしれないことを父に報告しに行ったのだろう。上下関係が重要視される騎士団らしい動きの速さだ。まぁ元上司、頼まれたこととはいえ貴族の息子だからな。この時代なら俺と父次第では普通にクビが飛ぶ。物理的に。
俺は当然、休む口実をくれた上にこの前世の記憶を戻してくれたことに感謝こそすれ恨むことはない。父もお人好しの部分が強い男だ。おそらく何か処罰がくだることはないだろう。
さて、睡眠でも取るか。
◇◆◇
……いかんな。今生の体と混ざりあった直後だからか、まだサボりに違和感を感じる。
ベッドの上に腰掛け、眠りにつこうと思ったが脳が休まらず、何だかんだ紙とペンを取り出してしまった。
確かに、ファンタジー世界の貴族として活躍する、という冒険譚のようなものに憧れないこともない。気分としては新年に入って今年は頑張ろうと筋トレし始める気分だ。つまり3日でやめる。
いささか前世のものと比べると書きづらいペンと紙に自身の、今生のプロフィールを綴る。
出来上がったものを持ち上げてインクを乾かし、改めて見てみる。
俺の名前はエインツ。エインツ・ルートルー・ガ・トリンだ。……長い。貴族としては普通かもっと長い人がいるので当たり前だと理解しているが長い。まぁどうせ正式な場以外ではエインツとしか呼ばれないだろうし。
それにしてもこの長いフルネーム。どこかで見覚えがあるんだよな。いやそれは自分の名前なのだから当たり前だけど。
そうではなく前世で、いや、前世でこんなヨーロッパ貴族みたいな名前の知り合いいたわけがないし気のせいだろう。住んでいる地名は当然父が治めるトリン領。国はアルガの所属が王都騎士団ということからわかるとおり王国、世襲制の王をたてる国家だ。我がルートルー家は伯爵。内政で育てた兵を率いて殿や最前線を務める王国に忠誠心を捧げる有名な貴族だ。
貴族だ。前世のヨーロッパにおける貴族や日本の豪族だの大名家だのとあまり遜色ないものと考えてもらっていい。ただ少し、戦闘用スキルを行使し魔物や魔族、戦争などで活躍する点において前世よりも個人の戦闘力も権力も強い。
俺や父のように歴史の浅い家ではそこまで貴族主義を持ち合わせていないが、王都にでも行けばそれこそ魔物のような貴族たちが社交の場で縄張り争いをしている。らしい。
この体は虚弱、というか鍛えてない上に好き嫌いの激しい不健康な体のため王都から離れた領地である我が家のエインツ君は王都の社交界デビューはまだなのである。そんな俺を鍛錬しようとして騎士に預けたみたいだが無駄だったな父よ。この体は常に怯えていたぞ。
ざっくりまとめるとよくあるゲームとか小説の世界の、なんちゃって中世ファンタジー世界だ。
その証拠に部屋の内装も現代社会で暮らしていた俺が生活してもそこまで極端に不便を強いられるほどのものでもなく、かといって前世のようになんでも機械が補ってくれるほどでもない。
わざわざ描写されることがないであろうトイレなんてもはや水洗だ。ご都合主義すぎる。この下水はどのように処理されているんだろうか。たぶん魔法だろうけど。
なんだか寝付けないし、本でも読んでおこうか。エインツとしては冒険譚や英雄譚のようなキラキラした物語が好きだったみたいだけれど、今となってはそんなものより歴史書や地理の方が大事だ。
部屋を出て書斎へ向かう。この時間なら父が仕事をしていることもなく、この屋敷では他に書斎を使うものは掃除をする使用人くらいだろう。と言っても本はそこそこ値が張る物なので使用人もあまり長居せずに決められた管理だけを行っている、と体が記憶している。
廊下を歩いていると使用人とすれ違うが壁に体を付け頭を下げる。先ほども言ったように貴族の権利は何年勤めていてもいつ襲い掛かってくるかわからない天災と同じ物だ。このような使用人の態度は極めて平凡のものであり、特に指摘するものでもない。
これが前世のファンタジー小説であったのなら気安い態度をとり使用人に慕われる展開なのだろうが俺は絶対にそんな面倒なことをしないぞ。関わらないで済むならそれに越したことはないし。
階段を上り、さらに廊下を進む。それにしてもこの屋敷広すぎないか。すでに額には汗がにじんできている。体力がないことを差し置いても明らかに広すぎる。くそ、このままここに暮らすとしたら絶対にいずれ動く歩道を導入してやる。
ようやく目当ての書斎前にたどり着くと眼前で扉が開いた。手に本を抱えた父が扉から出てき、背には先ほどの騎士を従えていた。書斎の前に来た俺を見た父はおや、と不思議そうな顔をし、騎士は心配するような目でこちらを見ていた。
「エインツ、体はもういいのかい?」
「はい、少々休ませていただいたので書斎にて少し確認したいことを調べに来ました」
エインツとして完璧な受け答えをしていたと思っていたが父は少し考えこんでいる様子だった。さすがに肉親に変な人格が宿っているとバレるか。記憶とかに相違はないからそこまでかけ離れた存在ではないんだけどな。家族と先生と友達と対応するときくらいの違いしかない。引きこもり欲だけはカンストしているが。
「私と同じ騎士に育てようと考えていたが、なかなかどうして。内政官としての才能のほうが高いようだ」
「そりゃパトリック様が勉強嫌いなだけで、お貴族様っつったらこんなもんなんじゃないですか?ていうかパトリック様はどうやって領地を切り盛りしてんのか不思議ですよ」
「いやいや、私は戦の才があったからそれに勤めたまでだ。領地に関しては適切に仕事を割り振り、あとは不正がないように見守るだけだよ」
書斎に自主的に来ただけで内政官の才能があるってどんだけ勉強嫌いなんだ父よ。
まぁこれ以上父と話して何らかのぼろが出ても困るし、立ち去って貰うとしよう。
いやー、小説とかによくあるやたら厳格な父親で、働かないなら追い出すみたいなタイプじゃなくてよかった。俺はアルガと朗らかな雰囲気を出しながら去っていく父を見送り書斎に入る。
この書斎で俺が感じた違和感の原因を見つけられるといいんだが。
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