気狂い革命

かずシ

第1話

 カモメが一羽飛んでいた。

 そのカモメは白い翼をはためかせ、海風に乗って海道沿いに並んだ田んぼの周りをぐるりと旋回する。何もないこの小さな島は、その視点から完全に俯瞰することができるのだろう。白いカモメは「この島の主は自分である」と言いたげに、周囲に響かせるようにひときわ大きくピーピーと鳴きはじめた。


「うーん」

 俺はカモメの鳴き声ば聞くや、大きく体ば伸ばして、隣の田んぼで草を刈っちょる農家仲間に声をかける。

「よっしゃ、カモメが鳴いたけん、これで今日の仕事は終わりや。片付けたら一緒に飲むばい」

 毎朝、毎夕同じ時間に鳴きよるカモメ。いつからやろうか分からんばってん、そん鳴き声は俺たち農家仲間の作業開始と終了の合図になった。そして、一日中農作業ばやった後には、仲間と一緒に歌ば歌って、踊り、飲んで飲んで飲み明かす、それがこの島の一日の流れっちゅうもんや。俺はこれまでもそうやって過ごしてきたし、これからもそう過ごす。この島で生まれ、この島で育ち、この島で死んでいく俺にとっては、結局それこそが最高の幸せなんや。

 しかし、農家仲間からの返事は、酒でいっぱいになっちょった俺の頭ば、現実に引き戻すもんやった。

「いや、今日は遠慮させていただくよ。でも、気持ちはありがたく受取らせてもらう、ありがとう」

 農家仲間は無表情でそう告げると、そそくさと帰り支度ばはじめる。

「はぁ? なんでかちゃ。今日は嫁さんの誕生日か? え? ずいぶんつれんやんか」

 今まで、飲みの誘いば断られたことげなない俺は内心動揺しながら、農家仲間をからかうように言った。

「いや、そういうんじゃないよ。ただ、仕事して、飲んで、歌っているだけの人生なんて先進的とは言えないだろう? 私は、そう思ったんだよ。早めに家に帰って先進的な勉強をしようと思ってね」

「はぁ、なんや、その先進的っちゅうやつは。最近、お前おかしいばい。いつから自分のことを私なんて言うようになったんや」

 農家仲間は俺の方を向き、ため息ばつくと、憐れむように首を左右に振るとこう言った。

「全く、君は、テレビを見ていないのかい? 先日、異人たちから伝わった先進的なしろものだ。我々の文化がいかに遅れているのか、私にはよく分かったよ。異人たちが我々に無料でテレビを進呈したのも頷ける。我々の文明的な遅れを見ていられなかったのだろう。私に言わせればだね、君のその言葉は野蛮すぎるよ。もっと先進的な言葉を使ったらどうかね? ほら、まずは一人称を変えてみなさい。そんな野蛮な言葉を使っていたら異人さんたちに笑われてしまうよ。もっと、言葉を丁寧に、優しくせねば」

 テレビ、か。最近、船に乗ってこの島に来た「異人」と呼ばれる人種の人たちが持ってきたあの箱状の機械のことだ。妻や娘が夢中になって見ていたが、私はあまり興味がなかったので結局見ていない。

 先進的というのはそんなにいいものなのだろうか。しかし、農家仲間がそう言うのならきっとそうなのだろう。彼は信頼の置ける仲間だし、信頼する仲間の言葉は信用せねばならない。

 言葉を優しく、丁寧に。うむ。そう言われればそれはいいことのように思える。この島にも変革の時が来たのかもしれない。

 私がそう考えていると、農家仲間は帰り支度をすませ、一人自宅へと帰っていった。


「私がこんなに早く家に着いたら、妻や娘はさぞかし驚くだろうな」

 トロッコを押しながら、一人でそう呟くと、自然と笑みがこぼれた。

 私の家は山の中腹にあり、田んぼへの道のりはずっと緩い坂になっている。朝が弱い私は、毎朝このトロッコに乗って作業場へと通っているのだ。緩やかな坂道はちょうどいい速さで私を作業場へと運んでいく。農作業が終わると手で押して家まで帰らねばならないが、それでも朝快適に作業場へと行ける利点を優先している。

 しかし、今日は農家仲間からなんともいいことを聞いた。言葉を優しく、丁寧にすることがいかに先進的で素晴らしいか、妻や娘にも教えてやろう。そうしてこそ、一家の大黒柱というものだ。そう思うと足が自然とはやまり、予想以上にはやく自宅へとたどり着いた。


「ただいま。今帰ったぞ。なぁ、今日は良いことを教えてもらった。君は、先進的な言葉遣いというものを知っているかね」

 私は家へ帰ると、すぐにテレビにかじりついている妻にそう声をかけた。

「あら、おかえりなさい。今テレビがいいところなのよ。少し待っていただけるかしら」

 妻はコタツに入り、メモ用紙になにやら数字を書きながら、そう言った。

「そんなにテレビというものは面白いのかね。どれ、どんな番組を見ているんだい」

 私がテレビに興味を示したことに喜んだのか、妻は私にテレビの良さを伝えようとする。

「あなたもテレビをもっと見ないといけないわ。とても先進的で前衛的な素晴らしいものよ。近所で見てない家なんてないわ。やっとあなたも先進性に興味を持ったのね。私が今見ているのはテレビショッピングっていう素晴らしい番組なの。商品を紹介してて、気に入った物を自宅で購入できるのよ。今の時代、何か物を買いに外に行くなんて、サルでもやらないわよ」

 ほう、なるほど。それは確かに便利なものだ。

 私がテレビに目を向けると、異人の男性が額に汗を流しながら、身を振り手を振り、包丁を紹介している。

「どうですか、この万能包丁。なんでも切れる素晴らしい切れ味ですよ。一家に一本は持っていないと先進的とは言えませんね。ご近所でサル呼ばわりされたくないなら、今すぐお電話を」

 男性の売り文句を聞いていると確かに一本欲しくなってくる。

 しかし、しかしだ。これはいくら何でも過剰に宣伝しすぎだろう。もはや、これは脅迫ではないか。眉間にしわをよせながら、妻に声をかける。

「んー。しかし、これは過剰に宣伝しすぎではないか。なんでも切れる素晴らしい包丁なんて存在するわけがないじゃないか」

 私がそういうと妻はまるでサルを見ているかのようにあきれ顔でこう言った。

「何を言ってるの。それこそが先進的というものよ。なんでも一段階強い誉め言葉をつけるっていうのは、素晴らしい事じゃない。誰も損することない、素晴らしい宣伝方法だわ。一見ただの包丁に素晴らしいと枕詞をつけても、誰も気分を害さないし、いえ、むしろ気分が良くなるわ」

 そういうものだろうか。そう言われると素晴らしい気がしてくる。何事も少し過剰なくらいに褒めたたえる。確かに誰も気分を害さないし、むしろ気分が良いものだ。妻の言う通りこれは先進的な、なんとも素晴らしい手法ではないか。

 しかし、私の頭にふとある疑問が、大空をただよう雲のように浮かぶ。

「しかし、技術の進歩で本当に素晴らしい切れ味の包丁が生まれたらどうすればいいんだ。素晴らしい包丁と言うだけでは他と大差ないように聞こえてしまうぞ」

 妻は私をあざ笑うように、こうのたまった。

「あはは。そんなの簡単よ。素晴らしい切れ味の光り輝く包丁が我らの地に降臨した、と言えばいいのよ。ただの素晴らしい包丁でないことはすぐに分かるでしょ」

 彼女の意見は私の疑問を稲妻のように引き裂いた。確かに、それは他と一線を画す考えだ。我ながら素晴らしい妻を持ったものだ。

 文明の利器たるテレビに目を向けると美しい異人の男性が包丁の素晴らしい切れ味を示すために五本の指をすべて切り落としたところだった。


「いやーん。悶絶ぅぅぅん」

 見事な夕食を食べながら、我が最愛の娘は妖艶な声でそう叫んだ。

 今、文明の利器たるテレビで流行っている、素晴らしく先進的な番組を見ているのだ。

 画面上では、全身真っ黒に日焼けした筋肉質の異人の男性が情熱的な愛の告白をしているところだった。相手は我々と同じく黄金のような皮膚を持つ小さな黄色い男性である。

「ちんちょんちゃんちん……」

 黄金のような皮膚の小さな黄色い男性は、そう返答し、二人は素晴らしく情熱的な接吻を行う。先進的な異人とは異なり、我々の人種は背が小さく、可愛らしいように感じるのは身内びいきだろうか。同じ目線にはなれないため、輝くような純白の肌を持つ異人が四つん這いになって踏み台になっている。周囲では純白の肌を持つ異人たちが偉大なる祖国の名前を猛烈に連呼し、拍手する。

「なんて先進的な番組なの。後進的なこの島にはない発想だわ。素晴らしすぎるわ」

 我が最愛の娘は、芳醇な香りを放つご飯を食べるのも忘れ、文明の利器たるテレビに見入っている。

「しかし、確かに素晴らしいとは思うが、情熱的な接吻を文明の利器たるテレビで放送するなんてやりすぎじゃないだろうか」

 私がそういうや否や、我が最愛の娘は私に烈火のごとくまくしたてた。

「パパ、接吻なんて後進的な言葉はやめてちょうだい。キス。キスって言ってちょうだい。なんて後進的で堕落した言葉を使うの。野蛮よ。そんな言葉、異人さんたちが聞いたら怒られるわよ。せ、せっぷ、なんて言葉を使うの。今後、この島で発達した言葉を使うのはやめて。差別用語だわ。外来語を使う事こそ、正義なの。全く信じられないわ」

 我が最愛の娘は憤慨したとばかりに愛らしいほっぺたを膨らませる。

 何という不覚だろうか。今まで文明の利器たるテレビを見てこなかった弊害がこんなところで出てしまうとは。人生最大の不覚である。我が偉大なる島言葉を使うことは絶対的な不正義だったのか。

「そ、そうなのか。パパそんな先鋭的な考えに触れる機会が砂糖一粒もなかったもんだから。申し訳ない。我が偉大なる島言葉は今後使うのをやめるよ」

「そうしてちょうだい。そんな言葉使ってるの友達に聞かれたら、なんて言われるか。想像しただけで顔が熱いわ」

「しかし、パパはテレビを見てこなかったから絶対的な正義である外来語をあまり知らないんだ。そういう時はどうすればいいんだい」

 私の馬鹿げた質問に我が最愛の娘は得意満面、鋭くこう答えた。

「そんなの簡単よ。私たちの言葉には一文字ずつ意味を持つ漢字という便利な外来語があるじゃない。それをつなげて自分で言葉を作るの。少なくとも、後進的な言葉を使うよりいいことだし、意味も伝わるわ」

 さすがは我が最愛の娘である。私は我が最愛の娘の愛らしい頭を優しくなでる。

 文明の利器たるテレビでは、さっそく次の番組がはじまっていた。

「実は、あなたの食べた肉は、牛肉ではございません」

 司会の異人の男性の言葉に美しい異人の女性は綺麗な眉間にしわをよせた。

「えー、ちょっとー、ひどーいドッキリだったのぉ」

「はい、実は、あなたの食べたお肉は、なんと。あなたの息子さんの心臓でしたぁ」

「もぉ、ちょっと、私コメディアンじゃないのよぉ。もぉ、ひっどぉい」

 文明の利器たるテレビからは落雷のように笑いがはじけ飛んだ。


 翌朝は、青く澄み渡る素晴らしい晴天だった。

 銀色に輝く仕事用の服に着替え、仕事用の鞄に道具を詰め込むと、私はピカピカに輝く空間転移装置へと入った。

「それでは、仕事に行ってくるよ。今日の夕飯を楽しみにしているからね」

「ええ、自動調理装置の調整が終わったから、いつもよりおいしい夕食を用意できそうよ」

 最愛の妻はそういうと私のほっぺたにキスをする。

 空間転移装置の安全装置を解除すると。空間転移装置は仕事場へと自動で動き出す。

 先進的な島へと変貌を遂げつつある我が島の景色をうっとりと眺めていると、我らの仕事場が見えてきた。仕事場では同僚が仕事のための準備をはじめている。

 仕事場に着き、仕事用の鞄から道具を取り出すと、同僚に無表情であいさつをする。

「おはよう。今日は素晴らしい晴天だね」

「そうだね。仕事もはかどりそうだ」

 同僚も無表情であいさつを返した。

 と、同時に我々の耳に、仕事の開始の合図が飛びこんできた。


 ピーピー。ピーピー。


 同僚と一緒に空を見上げると、白く輝く飛翔体が始業を告げていた。

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気狂い革命 かずシ @kazushi1016

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