落とした影

 建物が崩壊した直後に、トットは家族の待つ家へと飛んで行く。それを木村は朦朧もうろうとした意識のなか確認する。


「やれやれ」


 身体を起こし、身体の状態を確認する。唐突に電話がなり、スマホを取り出し応答する。


「もしもーし、さっきの電話何ですかー? じいさんを殺せってタチの悪い冗談。全く面白くないですけどー」


 スマホからハナの声が聞こえる、いつもの丁寧な喋り方ではなく、少し小馬鹿にしたような言い方だった。


「あぁ悪い、お前が暇だろうから笑わせようと思ってな」


 タバコを取り出し火を付ける。どうやら身体に痛みはないようだ。辺りを見回すと、木村の周りにだけポカンと空間があった。


(たくっ、故意なのか偶然なのか……)


「ちょっと聞いてますか? そちらの状況は?」


 小沢一家を発見し、二人で倉庫まで移動していることはメールで知らせていた。


「あぁ、問題ない、ちょっとスーツが汚れたくらいだ」


(くそっ! 気に入ってたのに……)


 そのスーツは以前、珍しくハナに褒められていた。


「はいはいスーツがね、それで彼の力は確認できましたか?」


 ハナには倉庫で彼の能力値を計ると言ってあった。


「確認した。予想通り毎日倍々に上がってやがる。今じゃ倉庫を吹き飛ばすほどだ」


 瓦礫がれきをかき分け外に出る。車の無事な姿に安堵する。


「えっ……、吹き飛んだって……タロさん本当に無事なんですか!!?」


 全く怪我がないことを伝え、事の経緯をかいつまんで話す。


「どうして! どうしてそんな危ないことをしたんですか!? 一歩間違えれば死んでたかもしれないのに……」


 怒鳴り声の後に鼻をすする音が聞こえる、泣いているようだ。無駄に心配をかけたことを謝る。


「悪い、だが奴の本質を探る必要があった。確かめるには、怒らせるのが手っ取り早い」


 理性のブレーキが効かない状態で、彼がどちらにかじを切るのか確かめる必要があった。人類の敵となりうるのか。結果として木村は悩む、暴走した状態の彼を前に怪我一つない事実に。


「……それで、タロさんの判断は??」


 泣いたことを悟られないように声を出す。


「半々だな……、これからの状況次第じゃどちらにでも転びる。上には警戒レベルを最大限に引き上げるよう報告する」


 半々と言ったが『0』で無い以上、木村の中では排除することに躊躇ためらいはなかった。



♦︎♦︎♦︎



 トットは急いで自宅へと戻っていた。目には涙を浮かべ、ポロポロと後方へ飛んで行く。三十分程飛びもう少しで家に着く距離で、ブルブルとポケットでスマホが震えていることに気付き、急いで止まる。


 画面を確認すると『ジジさん』と出ていた。一瞬戸惑いながらでる。


「おーう時寺とうじおめえずっと電波届いてなかったがどこ行ってたんだ?」


 スマホから聴き慣れた声が聞こえてくる、脳の理解が追いつかずに、停止する。


「まぁ、そんなきとはどうでも良い。それよりな昨日宿に戻ったら携帯電話がないことに気付いてよう、あっちゃこっちゃ探すが無ぇ。旅先だしどうしたもんかと悩んだが、カメラはあるしどうにかな——」


 ジジの声は聞こえるが、長々とした内容は全く頭に入ってこない。ただ無事な事にボロボロと涙が溢れてくる。


「——んでそこの飯屋がビックリするくらい旨くてな! 今度カカさんとミーも食いに連れてってやるからな!」


 どうでも良い話しを永遠と聞かされ、少しだけ落ち着きを取り戻してくる。


「そんでよ、全部食ったから会計しようとゴソゴソカバンあさくってたらな、何があったと思うよ?」


 唐突に問題を出される、笑って「知らねぇよ」と答える。


「なんとな携帯電話があったんだよ! 驚いただろ? がっはっはっは!」


 面白いだろと言わんばかりの、豪快な笑い声が聞こえてくる。


「俺もとうとうほうけてきたな。喜べ時寺とうじ、お前のじいさんの老い先は短いぞ!」


 縁起の悪い冗談を言い、再度豪快に笑う。


「遺産も無いくせに何言ってんだよ! 家族でやることだっていっぱいあるんだし、親孝行だってまだなんも出来て無いのにそんなこと言うなよ! まだまだ長生きしてくれよ……。ミーがおばあちゃんになるまで、元気でいろよ……」


 そう言うと又ポロポロと涙が溢れる。


「何だお前、泣いてるのか? ……ミーがばあちゃんってそりゃ、無理だろ」


 二人で泣き笑い、通話を切る。


♦︎♦︎♦︎



 家に戻り事の経緯を隠し、カカに話す。ジジが無事なことに安堵あんどし、ヘナヘナと座り込むカカ。


「心配かけたね、ゴメンよ」


 返事がない代わりにカカがトットの首に手を回し、抱きしめる。一分程二人で無事を喜んでいると後ろから「ミーは?」と声をかけられ、二人は顔を見合わせ大笑いする。


 その日は三人で早めの布団に入る。カカとミーの寝息を聞きながら考える。身体はいつになく疲れていたが、脳が眠ることを拒否していた。


(貴方の意思に関係なく、簡単に人を殺すことが出来る)


 木村の言った言葉が、幾度いくどとなく現れては消えていく。


(今日俺は……あの人を殺した。意志があったのか無意識だったのか分からないが、あの人は死んだ)


 繰り返し循環される言葉の渦。


 次第に眠りへ落ちていく。


 死と連れ合いながら、堕ちていく。


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