亀吉の愁い

 カサカサと衣擦きぬずれの音がする。トットは電車を乗り継ぎある場所を目指して歩いている。


「どうもーこんにちは! 良い天気ですね!」


 はっはっと短い呼吸音が聴こえてくる。


「外での撮影は初めてですね! ちょっと運動不足がたたって、息が上がってます」


 いつもの笑い声が響く、どことなく楽しそうな雰囲気ふんいきを出して。


「今日ですねー、私ーある場所に向かっています。皆さんビックリしますよ! 何と都心のテレビ局に向かっています!」


 カメラを持っていない方の手を空へとかかげ、ガッツポーズをとる。


「最近登録者数も加速度的に増えてます! ありがたいことですよ、ほんと。昨日の動画も急上昇ランキング八位に上がってましたね!」


 八位と言いながら三本指を立てて見せる。


「ずっと前に断られたダンベルをお祝いにカカさんに買って貰い、見事に浮かせましたね三十キログラム!!」


 また三本の指を立てカメラに見せる。


「両手使って持ち上がらない時は絶望しましたけどね!」


 数分の時間をかけ、届いたダンベルを組み立てる。ちゃぶ台の上に持ち上げるまでにトットは大量の汗をかき、コメント欄でも盛り上がりを見せていた。


「まあ、そんなこんなでテレビ局の人に注目された様でして、DM? って言うんですかね? あれが来ましたよ〜! 凄くないですか!?」


 何故か三本指を立て、ヒラヒラと振る。


「とうとう私もここまで来ましたよ! テレビ出演ですよ!! しかも生放送らしくてですね! 今日の十九時からエフ局で放送されるので、是非是非ぜひぜひ見て下さいね! 特に私のことを未だに信じていない貴方あなた! 及びサブイボ氏!!」


 古株をイジりながら歩く。


「今日は私の動画では、サイコキネシス披露ひろうしませんので、観たい方はテレビにかじり付いてみて下さい! ではではまたね!」


 笑顔の横顔で動画は終了する。


再生回数百四十万回

登録者数八十二万人

コメント欄


サブイボ氏

「やめい笑!」


ココマーレ

「サブさんいじられてて草」


ザール人

「メディアは胡散うさん臭いからな〜、とりまアラームセットしました」


新鮮な組

「うむっ!ワシは、はなっから信じておる」


ビスまる子

「時の人ジャマイカww」


ハピネス

「うちの冷蔵庫のティッシュはいつ取っていただけるのでしょうか?」


いつもココから

@ハピネス

「永遠にまっとれ」



♦︎♦︎♦︎



「初めまして、今回撮影する番組のディレクターを務めます、山口兎月やまぐちうづきと申します」


 そう言って、一枚の名刺を差し出してくる。歳は三十歳前後。見た目は美しく、自分と違って仕事が出来そうだなと感じる。

 

 トットは名刺を用意していないことにあせり、アタフタと説明する。


「大丈夫ですよ、こんなの意味ありませんし」


 そう言って微笑ほほえむ兎月。差し出された右手に握手して、ペコリと頭を下げる。


「いや〜、仕事柄名刺なんて持ってなくて!」


 手を離すと、そのままボリボリと頭をく。


「ふふっ、良く頭を掻く場面拝見しておりましたが、実際に見ると可愛らしいですね」


 突然褒められ、顔を赤らめる。照れ隠しに建物の中に視線を走らせる。


「いや〜、初めて入りましたがテレビ局って会社みたいな作りですね!」


「会社ですからね」


 クスクスと笑う兎月。


「実は今回の企画。私が上に掛け合って実現させたんです。色々とコネも使いました」


 初めて兎月の顔をマジマジと見る、モデルと言われても信じてしまいそうだ。


「いや〜私なんかの為にこの様な場を設けていただき、感謝感激かんしゃかんげきでございます!」


 深々ふかぶかと頭を下げる。


感恩戴徳かんおんたいとくですね!」


( かんおんたいとく?)


 よく分からない言葉に困惑するが、知っているふうよそおう。


「感謝感激と似たような意味ですよ」


 優しく意味を教えてくれる。演技力には謎の自信があっただけに、理解していないことがバレ、内心驚く。


「兎月さんは博識はくしきですね! 次からはそちらを使わせていただきます!」


 すでに何と言ったか覚えていなかったが、

まあ問題ないだろうと考える。


「今ので気付いたかもしれませんが、私よくコメントもしているんですよ、初期の頃から」


(んっ?)


 一瞬亀吉が脳裏をよぎるが、トットの脳内にて初老しょろうの変わり者でイメージを固めていた為、通り過ぎる。


亀吉かめきちと申します」


 何故か二度目の握手を求められ、応じる。

気付いてましたよと言わんばかりに喋り始める。


「はいはい! 亀吉さんですね! 初期と言うか一番最初の動画からですね! いや〜こんなところで会えるなんてビックリですよ!!」


 握手の相手の職場をこんなところ呼ばわりしながら二度目の握手を返す。


「私、超能力とか魔法とか好きで、よく検索していました。最初は面白半分で観ていたのですが、そのうち段々とトットさんとご家族のやり取りに癒されて。今日は奥様とミーちゃんは来ていないのですか?」


 トットの後ろへ、チラッと視線を向ける。


「ああ! 今日は二人ともおうちでお留守番です。カカさんには気合の入った一発をもらって送り出してもらいました」


 そう言って、親指で背中の方を指差す。

今朝家を出る時、景気付けと称して背中へキツい一発を頂く。思い出すとジンジンと痛みが広がる。


「まぁ、イメージ通り素敵な奥様ですね」


 そう言ってクスクスと笑う亀吉。

 どこが素敵なんだろうと考えながら返事をする。


「まあ私には勿体もったいないくらいの美人ですよ、素敵に当てはまるか分かりませんけどね!」


♦︎♦︎♦︎


 一通りの挨拶を済ませ、二人で通路を歩く。エレベーターを使い四階へと移動する。降りて右へと進むと『トット様』と書かれた部屋の前で亀吉が立ち止まる。


さまだなんて恥ずかしいですね」


 またボリボリと頭を掻く。


「お弁当や飲み物も部屋の中に用意してあります。他に必要な物があれば言って下さい」


 そう言って扉を開けてくれる。


「あっ! そんな、ドモドモ」


 扉を開けてもらったことがないトットは、オズオズとお辞儀しながら部屋へと入って行く。


「お疲れの所申し訳ないのですが、部屋の中で少々お時間頂いてもよろしいでしょうか?」


 一瞬ピンク色のイメージが走るが、直ぐにカカさんに塗り替えられる。


「あっ、あぁどうぞどうぞ、汚い所ですがどうぞ」


 掃除の行き届いた部屋へと招き入れる。


「あの……もし宜しければ、番組が始まる前に見せていただいてもよろしいですか?」


 またもや一瞬ピンク色が走るが、ミーの笑顔で消え去る。


「なっ! ナニをですかね??」


 いつも以上に挙動不審きょどうふしんになるトット。


「この部屋にある物何でも良いので、サイコキネシスを使って見せて下さい」


 そう言うと両手を合わせ深々とお辞儀じぎする。立ち居振る舞いも綺麗だなと思うトット。


「ええ! ええ!! 当然です、当然ですともそれで呼ばれたんですから。決してやましい気持ちはございませんよっ!」


 何故か謎の弁明をする。キョロキョロと部屋を見回し確認するトット。テーブルには様々な種類のお弁当や、ペットボトルに入った飲み物が置かれている。壁には大きな鏡が貼られ、その前にはティッシュやドライヤー、化粧品などが置かれていた。部屋の反対側を見ると、人の背程の植物と、ひと一人入りそうなロッカーがあった。


「そうですね、見た感じどれでもイケそうですね。ではでは特とご覧あれ!」


 そう言って指をボキボキと鳴らす。普段やらない行動に多少痛みが走る。



 テーブルのお弁当に始まり、飲み物が宙に浮く。中身がこぼれないように、そっとテーブルの上に戻す。


 次にドライヤーを浮かし、プラグをコンセントへとす。


 化粧水が入った瓶を次々と浮かばせ、リズミカルに上下させる。


 観葉植物を二人の中央まで運び、ゆっくりと回転させる。次にテーブルのミネラルウォーターを浮かばせ、パキッと音を鳴らしクルクルと蓋を回転させ空ける。中の水が綺麗な球体の状態で無数に部屋へとただよい揺れる。飴玉程の大きさの水玉は更に小さく弾け、植物へと注がれていく。ミー一番のお気に入り、水を使ったショーを披露し、驚きの表情で口を抑える亀吉を尻目に、ロッカーへと身体の向きを変える。


 カタカタと揺れるがロッカーは持ち上がらない。あれっ?と思い、観葉植物や水玉をペットボトルに戻し、再度ロッカーに挑戦する。細かく振動しているが、浮かび上がる様子はない。


「あら? ロッカーって重たいんですね。良い流れでお見せしたかったのですが、お恥ずかしい!」


 照れ臭そうに笑うトット。


「いえいえ十分凄いモノを見せていただきました」


 考え込む様にくちびるに人差し指を当て、黙り込む亀吉。


「まあ亀吉さんなら、動画で何度も見ているでしょうが、なかなかに大したもんでしょ!」


 拍手が沸き起こると思っていたトット、ロッカーを持ち上げることに失敗して、期待外れと落胆らくたんさせたのではと心配になってくる。


「何度も、そう何度も動画を見返しました。それこそ何十時間と……それでも心のどこかでタネや仕掛けがあるんじゃないかとうたがっていたんです」


 真っ直ぐにトットを見つめる亀吉。鋭い視線に、下心まで見透かされたのではと不安になるトット。


「でも、今見せていただいた現象から、トットさんのサイコキネシスは本物だと確信出来ました。」


 夏の真っ只中、部屋のエアコンは稼働かどうしているが、寒そうに二の腕をさする亀吉。おもむろに立ち上がると、先ほど失敗に終わったロッカーへと進む。ガチャンと音を鳴らし、扉が開かれる。そこにはタップリと水の入ったポリ容器が入っていた。


「この中には、重量が合計役七十キログラムになるよう重さを調整しています。そちらの観葉植物も同様に、土の中に重りを入れ六十キログラムになるよう調整しています」


 突然の説明に困惑するトット。


「実は今日の控え室、隣の予定だったんです」


 そう言って鏡の貼ってある方の壁を指差す。


「へえ〜……」


 魔の抜けた声が漏れ出す。ポカンと口を開けたトットを尻目に、説明を続ける。


「私がスタッフに内緒で変えました。この部屋は私が前もって準備した部屋で、カメラや録音装置などは一切ありません」


 まさかドッキリを仕掛けられたのかと思い、部屋を見回すトットに、亀吉が告げる。


「スタッフと内密に仕掛けをほどこされる可能性を排除はいじょしたかったので……、探る様な行動をお許し下さい!」


 深々と頭を下げる。


「まあまあ誰だって最初は信じられませんよね! 私だって次の日目覚めるまで、夢だったんじゃないかって思ってたくらいなんですから!」


 申し訳なさそうに頭を下げる亀吉に、焦って語りかける。顔を上げた亀吉の表情は、心無しか怯えた表情に見えた。


「トットさん、最初にサイコキネシスに成功したのが何日前か覚えていますか?」


 突然の質問に困惑する。元々計算が苦手なトットは指折り数え始める。


「えっとあれは先々週の木曜日だったから……、えっと今日が日曜日で……十七日前??」


 小学生でも出来る計算に自信無さげに答える。


「はい、十七日前です。その時、ティッシュはかさねていない状態で間違い無いですか?」


 今度の質問は簡単だと素早く答える。


「そうです! それは間違いありません!!」


 嬉しくて何度も試したことなのでハッキリと覚えていた。


「間違いないのですね……」


 答えを聞いて項垂うなだれる亀吉。

亀吉の様子に困惑するトット。


「トットさん、良く聞いて下さい。一番最初にサイコキネシスに成功したのが、ティッシュです。ティッシュの重さは二枚重ねの状態で役1グラムあります、半分だと0.5グラムですね」


 流石さすがの私でも一の半分くらい分かると抗議しようとするが、手の平で止められる。


「最初は0.5グラム、次に1グラム。三回目の動画では二枚のティッシュをヒラヒラと上下させていましたね?」


 ティッシュティッシュと亀吉に連呼され、我ながらティッシュで沢山遊んでいるなと急に恥ずかしくなるトット。コクンッとうなずき黙る。


「では2グラムですね。ここまで言えばお分かりかと思いますが」


 三回連続でティッシュを使い動画を配信した事に不快感を持たれたのだろうと謝る。


「何故謝るのですか? 私は怒っている訳ではありません、事実を確認しているだけです」


 どうやらこの羞恥しゅうちタイムは続くようだ。


「一週間後の動画では、沢山のティッシュを浮かばせていたのを覚えていますか?」


 あちゃーっと頭を叩き後悔する。他にも色々と浮かばせたのに、話題に上がるのはティッシュの話しばかり。一週間飛ばさずに、間の自動で絵を描くボールペンとか縦横無尽に飛び回る紙ヒコーキの回とかに触れて欲しかった。


おっしゃる通り、その日も大量のティッシュで撮影したこと、鮮明に覚えております」


 いつのまにか正座の状態で話を聞くトット。思い出したかのように発言する。


「あっ、でもちゃんと使……」

「あの日、ちゅうを待っていたティッシュの枚数は百八枚でした。動画を停止しながら何度も確認したので間違いありません。次にミーちゃんの帽子や靴下も浮かばせました。その際、床に落ちたティッシュの枚数は二十枚。ミーちゃんの帽子と靴下の似た様な物を購入し、重さを測った所、両方で約40グラムありました。完全に一致する訳ではありませんが、誤差の範囲内と判断します。あの時計算上では役128グラムの重さを操作していたことになります」


(煩悩ぼんのう……何でたまたま浮かばせた、ティッシュの枚数が煩悩ぼんのうの数なんだよ……)


 計算の内容よりティッシュの枚数に打ちひしがれるトット。


「トットさん、これはとても恐ろしいことです」


(恐ろしい?)


 急に聞こえてきた不安な気持ちになるワードに意識が戻ってくる。


「えっ? 恐ろしい?? 何がですか?」


 間の抜けた表情に、少し悲しそうな視線が注がれる。


「トットさん、紙を四十二回折るとどれ位の高さになるか聞いたことありますか??」


 突然の質問に戸惑とまどう。


「えっ? えーっと四十二回ですか……、とても……とても力が必要な作業ですね?」


 答えが分からずに笑いを取りに行くスタンスのトット。


「そうですね、実際紙を四十二回折り曲げることは不可能でしょう……トットさん。理論上は月に届くと言われています」


 えっ! と驚きの表情を見せる。


「倍々ゲームで良く知られています。過去には豊臣秀吉もだまされたと言われる計算式です」


 皆様ご存知のと言わんばかりの言い方に、少しムッとする。抗議こうぎしようと視線を上げると、亀吉さんはうれいの表情で微笑ほほえんでいた。


「トットさん、あなたの身に起きている現象は、まさにこの倍々計算に当てはまります。このまま行くと指数関数的に力は増していくでしょう……」


 理解の追いつかない脳に、亀吉の涙だけがトットの焦燥感しょうそうかんき立てていた。

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