秘本ちゃんクエスト!
もんもさん
間章 旅の途中にて
000 異世界いきもの事情
異世界転移をしてしまった。
驚くべき奇跡体験。
けどまあ、詳細は省く。
なにせネット小説界隈では頻繁に目にすることだ。世間では異世界転移なんてよくある出来事なのだろう。
また異世界転移かよ、とか言われても悲しいし。
だがもし経緯の詳細に興味がある奇特な方がいれば、適当にその辺の小説を漁ってみるといいでしょう。きっとそこに答えがあるはずだ。たぶん。
という訳で異世界に転移してしまった僕。
ここまで悲喜こもごも色々とあった。
そして今は、とある村を目指して鬱蒼と生い茂る森の中をヒィコラヒィコラ歩いている最中である。
※※※※※※※
「あっ!? あそこになんかいたっすよ?」
森の中を歩く途中、僕の前を行く女の子が突然なにか口走った。
コイツの名前はトラ子。本名は長くて忘れた。
このトラ子は僕を異世界に送り込んだ悪魔が派遣した、謎の美少女である。
謎の美少女。
美少女の外見に反して、トラ子は一飛びで数十メートルを跳躍したり、棒切れで大のおとなを昏倒させたりする人外だ。
それを一括りに表現できるあたり『謎の美少女』とはまったく便利なパワーワードである。
そんな謎の人外美少女は南米の民族衣装っぽい装束を身にまとい、元気いっぱい疲れ知らずで僕の前を歩いている。
「あっ、ほらまた! やっぱりなんかいるっすよ!」
再びトラ子が声を上げた。
しかし僕の耳はまたしても、その言葉を完全に右から左へ聞き逃してしまった。
それは仕方のないことだ。
なにせ非モテむっつり陰キャたる僕は、トラ子の言葉よりも、先程から目の前でふりふりと揺れるトラ子の尻のことで頭がいっぱいだったのだ。
うーん。なんとも目が離せない。
女性的な丸みを帯びた官能的なヒップライン。
そこからスラリと伸びた足は綺麗な脚線美がとってもセクシー。
特に柔らかそうな白いふくらはぎが目に眩しい。
エクセレント。
たしか、こういったスラリとした脚線美を称える表現が何かあったような……。ナントカのような脚、とかだったような?
「えーっと、カモシカだったかなぁ?」
「カモシカっすか? なんかもっと大きかったような気がするんすけど。馬っぽい感じがしたっすよ?」
トラ子が僕の呟きに答えた、ような気がした。
馬……? 馬のような脚っていったら『スラリとした脚線美』っていうより、もっとゴツくて力強いイメージになっちゃうんじゃない?
上がり3ハロンを32秒台で走っちゃうのかな?
おっと、そうそう。
ちなみに、紛らわしいのだがカモシカはシカの名が入っているが、シカの属するシカ科ではなく、ウシやヤギと同じウシ科に属するのだ。
ウィキペディアさんがそう言っていたので間違いない。
要するにカモシカって……。
「つまりは牛ってことかな」
「う、牛!? いやいや、さっきのヤツどう見ても馬っぽい生き物だったっすよ!? 牛は無いっす」
なぜかトラ子がウシウシウマウマ言いながら僕に詰め寄ってきた。
オイオイいったい急にどうしたんだ。おちおち考え事もしていられないじゃないか。
まあ改めて考えてみると、トラ子=牛という線もあながち間違いではない。
脚線美も良いのだが、何せコイツはおっぱいがデカい。
ぽよんぽよんだ。
僕の目の前で服を押し上げ揺れるふたつのマルマイン。牛と言われれば納得せざるを得ない説得力を感じる。
僕はそのマルマインが発する有無を言わさぬ迫力に負け、とりあえずオッパイをワシ掴みにしてみた。
モチモチだ。よしっ。
「さてと。搾乳、搾乳」
「あひいん!? ど、どういう話の展開で!?」
身をよじったトラ子にペチンと手を
困ったな。牛さんは定期的におっぱいを絞ってあげないと病気になっちゃうんだぞ。
トラ子の身を案じるがゆえの行動なのに。
獣医になった心持ちで、なぜかちょっと内股になってモジモジしているトラ子を観察してみる。
いわゆるお医者さんごっこだ(錯乱)。
ふむふむ。
獣医学的見地から考察してみると、たしかに体格が小柄なトラ子は牛そのものという感じではないな。
では、コイツの特徴とは何か? ちょっと一言では言いづらいなぁ。
蝶のようにヒラヒラと舞うこともあれば、ドラ猫のようにふてぶてしい時もある。牛のようなおっぱいだが、カモシカのような見事な脚線美を持つ。
うーん。一体お前は何なんだよ。
思考の迷路に迷い込んでしまった僕であったが、しかしはたと気づいた。べつにひとつの生物に固執しなくてもいいではないか。
『みんな違って、みんないい。人間だもの。(みすゞ)』
つまり金子みすゞの言葉を借りていうなれば……
「つまりは上半身は牛で下半身はカモシカで、ヒラヒラと舞うドラ猫かな?」
「どんなモンスターっすかそれ!? そんな奇抜なのじゃなくて馬でしたよ、馬……ていうかさっきから何の話をしてるんすか?」
「一角獣の話ですよね?」
「えっ?」
「えっ?」
僕とトラ子が話している横合いから、声を掛けてきた者がいる。
ゴブリンちゃん。人間でいえば10歳くらいの、ゴブリン幼女である。
どうやらこの異世界のゴブリンはモンスターではなく、エルフやドワーフのような亜人として扱われているらしい。
ゴブリンもきちんとした環境で育てば、人としての理性・社会性・協調性を得られるのだ。
つまりゴブリンが悪なのではなく、そんな風に育てた社会が悪なのである。
ゴブリンを害虫のごとく駆除している転生者は謝罪すべき。
そんなゴブリンちゃんが、どデカイ本をカバンのように肩からパイスラ掛けしてとてちてと歩み寄ってきた。かわゆす。
ところで、そのデカイ本めっちゃ重たいから気を付けてね。
「あっ!?」
と思っているそばからゴブリンちゃんがつまづいた! 危ないッ。
とっさに手を伸ばして、寸でのところでゴブリンちゃんを抱きとめた。
ふー冷や冷やしたぜ。ゴブリンちゃんのかわいい膝小僧がご無事で何よりです。
安堵のあまり僕は腕の中のゴブリンちゃんをギュッと抱きしめた。
「だ、旦那様。あの、ありがとうございます」
腕の中のゴブリンちゃんが頬を染め、上目遣いで僕を見つめた。
綺麗なアーモンドアイを潤ませて、熱い視線を送るゴブリンちゃん。
思わず僕の心はトゥンクした。
だが、いかんせん縦に割れた瞳孔とキツイ三白眼が種族的な威圧感を醸し出してしまっている。
プラマイゼロ。僕の心はスンッとなった。
僕が無の境地で抱きしめていると、なにやらゴブリンちゃんがモジモジとみじろぎしだした。どうしたことだ?
まさか……。
「ゴブリンちゃん、どしたん? オシッコ?」
「違いますッ! もう!」
赤面したゴブリンちゃんが頭をぐりぐりっと僕のお腹に押し付けてきた。額の小さな角が抉るように突き刺さって痛い!
痛みに耐えかね、僕はゴブリンちゃんをリリースした。
「ウンチじゃないっすか?」
「わー、もうやめてください。違いますよ!」
ウンチて。トラ子よ今日び小学生でもそんなからかい方しないぞ。子供か。
しかしここまでムキになって否定するとは、もしや、本当はゴブリンちゃん急に女の子の日になった――
「違いますからッ!!」
僕の心の内を食い気味に否定してきた。すわっ、こやつエスパーか!? ゴブリンちゃんの新たな力に僕は戦慄を覚えた。
しかしそんな僕を差し置いて、トラ子が勝手に会話を進めた。
「んで、結局なんだったんすか? あのケモノは?」
「さっきのは一角獣ですよ。何度か森で出会ったことがあるんです」
一角獣? はて?
森にいるからには、イルカの仲間である哺乳綱偶蹄目イッカク科イッカク属のイッカクとは違うのであろう。
「はは~ん。さてはユニコーンってやつだね」
つまりはトラ子が見かけたケモノはユニコーンだったってことか。
流石は異世界。こんな簡単に幻獣の類に出会えるとは。
この異世界転生、これまでファンタジー的要素に乏しいと思っていた僕は、思いがけない出会いに胸が躍った。
「ゆに? えっ、なんですか? すこーん?」
それではスコットランド発祥のパンの一種だよゴブリンちゃん。
ユニコーンってこっちの世界では呼ばないのかな。
「ユニコーンだよゴブリンちゃん、ユニコーン」
「ゆにこーん……? 初めて聞きました。私たちは一角獣と呼んでますけど」
「アタイも知らないんっすけど、その一角獣ってヤツは笑福亭仁鶴とはどう違うんすか?」
「いやそれ完全に知ってるよね。四角い仁鶴がまぁ~るくおさめるって知ってるんでしょ?」
アホのトラ子にはふざけた事を言った罰としてオッパイの先端を摘まみ上げるとして「ひぎぃっ」、話をまとめるよう。
つまり僕がトラ子の尻に夢中になっている時に、トラ子はアレ(角)がそそり勃った馬に夢中だったって訳だ。
「一角獣はとてもやさしい生き物で、森で出会ったときはよく遊んだりしたんです。可愛いんですよ」
「へ~。ニカクそんなに可愛かったんすね」
イッカク獣な。二度と間違えるなよ。
しかしユニコーンといえば、僕でも知っているぐらいメジャーな幻獣だ。
曰く、極めて獰猛で、力強く、勇敢である。時には人間を殺してしまう。
しかしその角に治癒の力があり、人々はこの角を求めて危険を覚悟でユニコーンを捕らえようとする。
彼らがユニコーンを捕らえる方法は、処女の娘を連れて来てユニコーンを誘惑させて捕まえるというものである。
不思議なことにユニコーンは乙女に思いを寄せているという。
なんとその特性を利用した捕獲法がある。
美しく装った生粋の処女をユニコーンの棲む森や巣穴に連れて行き、一人にさせるのだ。
すると処女の香りを嗅ぎつけたユニコーンが処女に魅せられ、自分の獰猛さを忘れて、近づいて来る。
そして、その処女の膝の上に頭を置き眠り込んでしまう。
このように麻痺したユニコーンは近くに隠れていた狩人達によって身を守る術もなく捕まるのである。
ふむ、なるほど。
つまり変態か。
生粋の処女の香りって。ひどい。
「トラ子様も一緒に一角獣と遊んでみませんか」
「へ~。いいっすよ。たまには畜生と戯れてみるのも悪くないっす」
る~るるるる、とゴブリンちゃんが森へ向かって呼びかけ始めた。
トラ子も一緒になって、る~るるるる、と声をかけた。
二人の声が森に木霊する。
しかし、僕は重大なことに気づいてしまった。これはいかん。ゴブリンちゃんが危険だ!
「あのー、ゴブリンちゃん? 一角獣は危ないから、止めといたほうがいいんじゃないかなー?」
「えっ? そんなことないですよ。ホントにやさしくて可愛いんですから」
「ほほ~ん。さてはゴブリンちゃんを取られると嫉妬してるんすね」
ちゃうわいアホ! ユニコーンは危険なんだよ!
極めてセンシティブな話題だけに、僕は慎重に言葉を選びながら伝えた。
「あのね、ゴブリンちゃんがね。その……しょ、しょ、しょじょじ……」
「しょしょじ?」
「ゴブリンちゃんは、しょじょ……じ……の、に……わが……」
「しょじょじのにわが??」
「ゴブリンちゃんのしょじょじが月夜にポンポコポンのポンなんだよっ!」
「……???」
言えないッ。
ゴブリンちゃんはもう処女じゃないから、一角獣に襲われちゃうなんて言えないッ!
どうすればいいんだ!?
「あっ!? なんか来たっすよ?」
僕が逡巡するうちに、ユニコーンがやってきてしまった。
まずいッ。僕はゴブリンちゃんを抱きかかえ、慌てて後ずさった。
「旦那様?」
「ひゅ~っ。お熱いっすねぇ」
トラ子よ、オメェはあとで搾乳の刑だ。
トラ子の処刑を心に決めたと同時に、ガサゴソと森の奥から繁みを揺らして何かが近づいてきた。
藪の上に突き出て、確かに長い角のようなものが見える!
間違いない、ユニコーンだ!
僕はゴブリンちゃんを降ろして、かばうように前に進み出た。
「ゴブリンちゃん下がって!」
「わーい! 一角獣さんだぁ」
しかしなんと、あろうことかゴブリンちゃんは僕をすり抜けて藪のそばに駆け寄るではないか!?
「ゴブリンちゃん逃げて!」
ゴブリンちゃん危うしッ!
その時、藪をかき分けて、ついにユニコーンがその巨体を現した!
現れ
一見すると魚のようで、しかし地を這うように歩いている。
そして、口から特徴的な長い角のようなものを生やしている。
これはまさに、
「イッカクやないかーい!」
陸上にイッカクがいるとは、なんてファンタジー!
こんなんどうやって生きていくんだよ。無茶苦茶だ。
「オウッ、オウッ!」
しかしイッカクが野太い声を上げると、なんと、その巨体がふわふわと宙に浮いたではないか!
こんなところで無駄にファンタジー!
「わーい。一角獣さん遊ぼー」
「オウッ」
しかも僕の心配をよそに、一角獣はとても温厚で従順だった。
どうやら一角獣さんはユニコーンと違って処女厨の変態では無く、単なるロリコンだったようだ。
それならそうと初めから言ってくれよ。
「やれやれ。とんだ取り越し苦労だったな」
一角獣と戯れるゴブリンちゃんとそれに加わるトラ子を眺めて、ため息交じりに僕はひとりごちた。
キャッキャうふふ、キャッキャうふふ。
暫しの間、ゴブリンちゃんと一角獣の種族を超えた心温まる戯れが続いた。ほっこり。
そうしてひとしきり一角獣と遊んだゴブリンちゃんは、流石に疲れたのかとてちてと僕の近くへやってきた。
「はぅ。楽しかったです。もういいですよ」
「もういい?」
なんのこっちゃ?
と思う間もなく一本の槍が僕の横をすごい勢いで通り過ぎて、一角獣の脇腹にブッ刺さった!
ビクンビクンとのたうつ一角獣。辺りに返り血がまき散らされる。
急なグロシーン何事や!?
そんなスプラッタシーンにもかかわらず、僕の隣でゴブリンちゃんは変わらずニコニコとしていた。ヒエッ。
「うまく仕留められましたな」
のそりと藪の中から現れる影。傷跡だらけの
顔面凶器と化した、巨躯のオークだ。
「いやはや。手ぶらで帰っては面目ないと肝を冷やしておったが、最後に大物が獲れて一安心でござる」
「私のおかげなんですからね。ちゃんと感謝してくださいね」
「はっはっ。助かりましたぞ姫」
強面の豚頭がゴブリンちゃんと笑いながら語らう。
彼も僕たちの旅の共連れである。
この異世界のゴブリンと同じくオークも亜人として扱われているのだ。
つまりオークが悪なのではなく――(以下略)。
「さあ皆の者、昼餉にしよう。一角獣は獲れたてであれば生き肝に限る。ぜひ御賞味あれ」
「「わーい。いきぎも、いきぎもー」」
ゴブリンちゃんと、ついでにトラ子が喜び勇んで飛びだした。
このゴブリン……腹ペコすぎる!
見る間にイッカクの腹が掻っ捌かれて、プルプルしたピンクの肝が取り出された。みんなが我先にと食らいつく。
こいつら蛮族かよ。
あれだけ親しげに戯れていた動物をムシャムシャと食すゴブリンちゃん。そのいともたやすく行われるえげつない行為に僕は戦慄した。
やっぱりこいつら悪なのかな?
まあ美味しいのであれば、せっかくなので僕もちょっとは食べてみたい。
僕はイッカクにも仁鶴にも思い入れはないし、なんだかんだ言って異世界の珍味に興味がある。
ご相伴にあずかるとしよう。
おっと待て待て、その前に。
「トラ子よ」
「なんすか?」
既に口の周りを生き血で真っ赤にしたトラ子が振り返った。
「結局、お前の見た馬みたいなヤツはなんだったんだ?」
「…………さあ?」
さあ?って。お前の言い出したことが発端だぞ。
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