蜃気楼

月の夜明け

序章

__精算しなくては__


__過去を精算しなくては__


私は奇妙な衝動に駆られていた。

「過去」。それは遠い記憶の向こう側にあって、思い出そうとしても、まるで夢の中での出来事のようにぼんやりとしたイメージが浮かぶだけであった。

過去は変えられる。過去の現象や事実は変わらないが、それに対して抱いた思いや考え方は、あとからいくらでも変えられるのだ。それくらい過去は曖昧なのだ。


「………眠りによる隔離のない夢。それが過去だ。過去を回想しているとき、君のエゴは生きている。でも、君の普遍的なエゴ、自分自身のエゴを観察する原動力__は、新たな段階から関与しているわけだ。夢こそ現実。なぜなら君は夢の中を生きていて、その夢が君の現実をコントロールしているのだから………。」


以前どこかで耳にした誰かの台詞が、姿を変えて私の脳裏をかすめていく。



私の名は、雲梯 紗月(うなて さつき)。

関東圏の音楽大学でトランペットを専攻している大学4年生だ。

色々あって就職先は決まっておらず、大学院でもう少し音楽を学んでから社会に出るつもりでいる。

今日も週1回のトランペットのレッスンがあり、今自宅に帰宅したばかりだ。

そして、その帰り道、いつもどおり校門を出て石畳の道を歩いている最中に、例の衝動に駆られたのだ。


自分でもどうすれば良いのかよく分からない。

けれど、なんとかしてこの気持ちを鎮めたかった。

そこで私の過去と記憶を文章にして綴ってゆくことにしたのだった。


(第1章へ続く)

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