第27冊 運命の赤い糸
「はぁ…はぁ…。なんとか、なったわね」
「ふぉ〜、ビックリの連続だったよ! けど勝てて良かったねえメリーちゃん♪」
「そ、そうね。てか、アンタいつの間に元に戻ったのよ」
黄金の斬撃で校舎を覆う異空間を切り裂き、怪異現象を終わらせたら、いつの間にかジェミーとの合体も終わっていた。
キョトンとする顔を見るに、原理は彼女にもわかっていないっぽい。まあいいや。
「それで? まだやるつもりかしら、セキ」
「黙、レ……。うぐっ……」
片腕を失い、胴体も袈裟懸けに腰のあたりまで斬られた状態でなおも赤鬼の少女はギラついた敵意を失うことなくこちらを睨んできている。だが、詩片の力はかなり弱っているのだろう。さっきほどの圧はない。
「とりま、アンタの言うセイってやつはアタシが探しておくからさ。一旦今日は退きなさい」
「黙レ、ニンゲン。貴様にナゼそんなことヲーーー」
「メリーよ」
「ハ?」
理解不能といった顔で一層強く睨んでくるセキに、右手を差し出す。なんの含みもなく、ただ友達に向かってそうするように握手を求めた。
「アタシの名前はメリー。ダチになりましょ、セキ。あんだけ殴り合ったんだから、それぐらいはいいんじゃない?」
「理解、できン。だガ……利用できるモノはさせてもらおウ。手は握らんゾ。だがセイを見つけたらスグ教えロ。さもなければ」
「あー、はいはい。わかったわよ。いいからさっさと帰って休んだら? その怪我浅くないんでしょ」
どことなく悔しそうな雰囲気を漂わせて、
「……ふぅ!」
『ふぅじゃないわよ馬鹿芽理! あなたあんな事を言って、まだ向こうが戦うつもりだったらどうする気だったの!?』
そんなこと言われてもあれも本心だったのだ。仕方がない。
『あなたはほんっとうに無茶苦茶ばかり…!!』
「ねぇねぇ、二人とも! なんでメリーちゃんが二人なの? 双子さん? それとも」
「あー、はいはい。説明してあげるから落ち着きなさいって。……いいわよね、メリー?」
とはいえどこまで説明したもんかしら。
『良いんじゃない? 理解できるかどうかはわからないけど、聞いてもらいましょう。秘密を共有する仲間が増えることは悪くないしね』
若干悩んだようだが、メリーも異論はないらしい。
そうして、アタシは時々メリーの補足はありつつも、アタシたち二人がどうやって出会ったのかを改めてジェミーに説明するのであった。
「なるほどなるほど。つまりメリーちゃんはメリーちゃんってことだねん!」
「どうしてそうなった」
『もうそれで良いわよ……』
ジェミーの能天気さは筋金入りのようだ。ひとまずドン引きされたりしなくて嬉しかった。普通ならこんな話を信じるようなヤツはいないだろうし。まあ、ジェミーも特殊な身の上だからかもしれない。
「おお~い、大丈夫かい君たち~?」
「ん? って、生徒会長じゃない。どこ行ってたのよ。もう終わったわよ」
「すまないねえ。あの変なお化けに出くわした時に急に意識を失ってしまってねん。気付けば保健室で寝ていたのさ」
なによそれ。人が必死に戦っていた時に呑気なものね。
『……流石におかしくはないかしら?』
「何がよ」
脳内でメリーが困惑した声で語りかけてきた。
『キオはあの時どこかに転移した様子だった。でもそれは攫われたというよりも、自らの意思で姿を消したようだったわ。だとしたら―――』
「今はそんなこと言っても仕方ないじゃない。それならその時に考えましょ」
『あなたねえ……!』
きっとメリーが心配して言いにくい事を言っているのはわかる。
けれど、それこそ、アタシが触れて良い物語ではない気がするのだ。今は、まだ。
「どうしたんだいメリーくん?」
「なんでもないわよ。あーあ、お腹空いちゃった。ねえジェミー、食堂になんか余ってない?」
「おお〜! ご主人様からのオーダーなら張り切っちゃうよっ♪」
「君たちねえ。生徒会長としてそれは感心しないよお?」
とか言っておきながらしっかり着いてくるキオ。楽しそうにするジェミー。二人を見てともあれ今回の騒ぎはひとまず終了だと、アタシは胸を撫で下ろした。
そうして。
かしましくしながら屋上を後にする三人を昇り始めた朝日がさんさんと照らす中、向かい側の校舎の屋上で彼女らを見つめる視線があった。
「まさしく。運命の赤い糸ね」
右手で先ほどの異空間から飛び出した赤い糸を弄びながら呟く意味深なセリフ。だが、意味はない。彼女にとっては文字通り “赤い糸” が重要なのだから。目深にかぶった頭巾の隙間から燃えるように赤い髪を覗かせるその少女―――メアは、手にした通信端末に向かって報告した。
結果は上々、と。
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