第19冊 サクラノウワサ
王と謁見したという噂は、どこから漏れたのか知らないが、瞬く間に広まった。もちろんメリーが自分で喋ったわけではなく、気づけば学園中の噂になっていたわけである。
「言いふらしたの誰よまったく。見つけたら、シメてやる…!」
『王城に学園の関係者がいたんじゃないかしら。人の口に戸は立てられないとはよく言ったものね』
「ぁ~、人に注目されるのホント無理」
『仕方ないわ。ひとまず、悪いことはできないから、大人しくね?』
「へーい」
だけど、犯人が見つかったら一発は殴ろうと決めたメリーであった。
気を取り直して、コーヒーでも飲もうと食堂に入ると、そこでは別の喧騒が生まれていた。またぞろ金髪のナンパ男がやらかしてるのかと目を遣るが、どうも違うらしい。のんびりとした昼下がりとは思えないくらいに活気だっている。
「ねえ、どうしたの?」
「あっ、メリーさん。こんにちは。また “アレ” が掲示板に貼られていたのよ!」
「アレ?」
何やら興奮している女子生徒が指さした掲示板には、独特の筆跡で書かれた赤い文字の羅列があった。羊皮紙に記されているそれは、かなりホラーなテイストを感じさせる。
「な、なにこれ」
「知らないのメリーさん? “サクラノテガミ” よ」
話によると、最近あちこちで噂になっている不思議な貼り紙らしい。貼ってある場所も書いてある内容も、毎回ランダムだが、どれも意味不明にして意味深。興味を惹かれる人間は多く、考察班までできているらしい。物好きな。
そして、今回はというと。
「なになに。『曰く、それは二重につらなる大いなるアギト。深夜の鐘が鳴る時、それは全てを呑み込む』ですって? どういう意味よ、これ」
『ふむ。この文言のパターンは…。詩片に触れた時に視るヴィジョンと似ているわ』
なんと。まあ、もう驚かない。ここまできたら、摩訶不思議なことには
「お? メリーちゃんも、この手のウワサ話に興味あるのかい~?」
「うげ、今度こそ
「うげとはご挨拶だなあ、傷ついちゃうよ俺も? それより、誰が書いてるんだろうなその落書き」
落書きか。まあ、人によってはそう見えない事もないだろうけど、誰の仕業か気になるのはわかる。たとえ詩片の仕業だろうと、その力を操っている誰か人間がいるはず。物語とは、伝えもたらす人間がいて初めて成立するのだから。
午後の部の授業、心地よいそよ風が流れ込んでくる教室の一角で、メリーは教師の退屈な話を左から右に流しながら、考え事にふけっていた。
「……」
そもそも。
この世界にはなぜ詩片なんてシロモノが存在しているのか。人が伝える言葉が、物語が、呪いのようにある形を持って世界に働きかけている。王は何か知っているようだったが、最初に襲ってきた軍服男もどうしてあの『舟』に乗っていたのか。深く考えずに戦ってきたが、よく考えれば謎ばかりだ。
『わたしの失われた記憶の鍵も、そこにありそうだけれど。あなたと出会ってからは一度も、例の軍服男には遭遇してないものね』
(そうなのよねえ…。けど)
あの男は確実にこの体の秘密を知っている。また会ったら絶対に聞き出さなければ。もっとも、飛行船を撃破した時の衝撃で死んでいなければ、だけれど。
『そういえばサクラノテガミ、だったかしら。あれはなんなのかしらね。サクラ…、桜?』
「桜の幽霊の詩片はどうなったのかしらね、結局」
『サンディに憑りついた後、謎の幽霊に邪魔されてどこかに消えてしまったわよね。詩片反応はなかったけど、桜繋がりであの貼り紙は気になる』
確かに。またぞろ学園に問題が起こっているらしいなら、しっかり解決してやらなければ。
「こら! 聞いているんですか、メリーさん!」
「あ」
もっとも今現在の問題は、目の前でお怒りのセン公をどうしたらやり過ごせるかなわけだが。
☆★☆★☆ ☆★☆★☆
「だぁああああああ、イチイチうるっさいのよどこの世界も先公はぁああああああ!!」
『あなたが授業に集中してないからでしょう』
「アンタが話しかけるからでしょうがっ」
まったく脳内でいつでも自由に相談できる相手がいるっていうのも良し悪しだ。そっちばかりに気を取られて、表で起こっていることがおろそかになってしまう。
「やあやあ。不景気な顔をしているねぇ、問題児クン?」
「はあ?」
廊下をずんずんと突き進んでいると、急に声を掛けられて振り返る。妙な雰囲気の女子生徒がそこに立っていた。いや、本当に女かもわからない。中性的と言えばいいのだろうか、制服を見る限りは、ブレザーにズボンと、どっちか微妙なところ。
無造作にまとめられた海のように透き通る青髪、わずかに褐色味を帯びた肌が、健康そうな色気を際立たせている。そんな風貌の生徒は、ニコニコとわざとらしい笑みを浮かべていた。
「なによアンタ。ケンカ売ってんの?」
『流れるように喧嘩しようとするのを止めなさい』
だって。
『だってじゃないわよ、まったく…』
「ケンカだなんて、とんでもない! そんなつもりは毛頭ないとも。ただ、噂の生徒がどんな子なのか気になっただけさ。なーるほどねえ」
わざとらしい笑みに、わざとらしい口調。怪しい。なんなら、噂流したのはコイツじゃなかろうか。
『なんだか、変な感じだわこの子…。普通すぎて、逆におかしいというか…』
メリーの煮え切らない反応に、だからこそ警戒を強める芽理。彼女の勘が結構当たるのは知っている。
「おやおや、嫌われたものだねぇ。まあ今日は顔を見に来ただけさ。またじっくりと話そうじゃあないか、問題児クン」
「ふん。いつでも買うわよ、アンタのケンカ」
「血の気が多いねぇ、キミは。じゃあねん」
けらけらと笑い、その青髪の少女は去っていった。
いったい、何がしたかったのかまったくわからない。とはいえ、今は謎の貼り紙について調べようと、メリーはその場を後にした。
メリーたちが、その女子の正体が、学園の運営を一手に担う生徒会長その人であることを知ったのは、この後起こったとある事件の後だった。
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