第28話 混戦の中で

 機関室への道を閉ざされても、サンディは速度を緩めなかった。そのまま、よりスピードをつけると床を蹴る。飛びかかられたバードが悲鳴をあげた。

 バードの肩を踏みしめ、サンディは空中に身を躍らせた。毛の空気抵抗をものともしない見事な跳躍に、ブロムは瞠目した。砂色の軌跡を、呆然と見送る。

 崩れかけた機関室の床に着地したサンディの尾が見えなくなった。

 苦い笑いがフラウの口から漏れる。

「は。犬に、何ができる」

 だが、上からゴソゴソ漁る音の後にガチャリと重く金属製のノブを回す気配が伝わると、怨霊の頬が引きつった。

「まさか」

 硬質な物が触れ合う音が続き、ひとつ、またひとつと魂狩りの武器が降ってきた。狭いところに入れられた武器を、上から順に咥えては投げ落としているのだろう。

 興奮気味に、ブロムはサンディを呼んだ。

「全部、落とすんだ」

 バードの弓が、ちらりと見えた後ろ足に蹴り落とされた。

「雑だな」

 ぼやくバードも、心なしか嬉しそうに呻く。

「くそ」

 怨霊の腕が上がった。サンディのいる天井目掛け、火球を放つ。到達直前に、砂色の体がひらりと舞った。口には、しっかりとブロムの柄を咥えていた。

 降下する獣に、青い炎が襲いかかる。思わず力を入れた掌が熱を帯びた。呼応して、柄の魔石が白い光を帯びた。柄に組み込まれた人工魔石が、ブロムの力に対する感度を上げていた。

 一度は青い炎に包まれたサンディが、宙でブルリと身震いする。耳を頭にピタリとつけ、鼻の上に皺を寄せた。刃こそ現れなかったが、柄から放出された白い光が、怨霊の力を押しのける。

 霧散する炎に、怨霊は身近に転がっていた破片を掴んで投げた。

 させるか、とブロムも折れた鉄骨を拾って破片を叩き落とす。

「よくやった」

 傍に着地したサンディの頭を撫で、柄を受け取った。軽く握る。途端に、白い炎が棒状に噴き出した。

 躊躇なく、ブロムは斜め下からフラウを斬り上げた。

 だが、刃が届く直前にスカイの怨霊は肉体を逃れ、宙に浮かんだ。解放され、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちるフラウの体を、ブロムは抱きとめた。意識を失っているが、息は確かだ。

「こうなったら、力尽くで奪ってやる」

 忌々しく見下ろしたスカイが、腕を振るう。四方八方に膨らんだ悪霊が、青い炎となって船室内を舐めつくした。ブロムの周囲を取り巻いた悪霊は、直ちに叩き斬られた。

 叫び声に顔を上げると、バードにも多数の悪霊が集っていた。舌打ちし、ブロムは剣を薙いだ。切っ先が描く軌跡が、ブーメラン状になってバードと彼を拘束していた魂狩りに突き刺さる。もちろん、人体に影響はない。取り憑いた悪霊のみが、音にならない叫びを残して霧散する。

 バードを拘束していた魂狩りの男は、小さな目を瞬かせた。昏睡から覚めたばかりの寝ぼけ眼で、不思議そうに辺りを見回す。飛び交う悪霊と朽ちた船内の様子をいきなり見せつけられ、状況が把握できないのは仕方がない。

 バードは手早く男の肉体に異常がないのを確かめると、男の両頬をペチペチと掌で叩いて正面から顔を覗き込んだ。場にそぐわない溌剌とした声で問う。

「あなたの武器は、何ですか?」

 豆を食らった鳩のように目をぱちくりとさせた男は、反射的に答えた。

「お、斧」

 聞くとすぐに、バードは身を翻した。襲いかかる青い炎を掻い潜り、サンディが落とした武器へ駆け寄る。まず自分の弓を手にすると、近くにあった斧の柄を掴んだ。

「これですね」

 男が握ると、魔石が反応した。たちまち白く輝く斧の刃が現れる。

「はい、じゃあよろしく」

 爽やかに男の太い腕を叩き、バードはまだ目覚めない魂狩りを守るべく、走り去った。

 放り出された男はしばらくボウっと立ち尽くしていたが、襲いかかる悪霊に、まず体が反応した。斧を振るう。霧散した魂が魔石に吸い込まれ、光を強めた。徐々に覚醒し、自発的に戦い始めた。

 昏睡状態に陥っていた他の魂狩りに取り憑いた悪霊は、スカイの命じるままにブロムたちに襲いかかった。

 ブロムの刃から放たれた軌跡が、バードの放つ矢が、男の振るう斧が、ひとり、またひとりと魂狩りを解放し、目覚めさせていく。

「自分の武器を取って!」

 バードの呼びかけに、寝ぼけた魂狩りは反射的に従い、各々武器を取り戻した。中には組み込まれた魔石を奪われ、愕然とする者もいたが、すぐさま他の魂狩りに守られた。

 普段、単独で行動する魂狩りが、あてがわれたバディ以外の者と連携して動いている。ブロムは横目でその様を見て、驚いた。偶に、どうすれば良いのか立ち尽くす者もいるが、矢を放ちながら全体を見るバードが的確な指示を与えると、水を得た魚のように活躍する。

 繰り広げられる奮闘を予想外と受け取ったのは、スカイも同じとみえた。

「くそ」

 悔しそうに呻くと、更に悪霊を放出する。どこにそれだけの悪霊を溜め込んでいたのか。フラウやサンディに襲いかかる悪霊はキリがない。

「ブロムさん、ここは任せて」

 バードが駆け寄った。弓を引く。本来なら矢を挟む人差し指を上げ、代わりに薬指を添えていた。

「大丈夫なのか」

 怪我をしているのではないか。バードは一度片方の眉を上げると、サラリと笑った。

「アドレナリン効果で平気ですよ」

 それは、平気と言わない。

 だが、フラウの脇に立ち、正確に悪霊を射抜く姿は頼もしかった。

 だから、彼とは組みたくなかったのだと。苦々しく顔を顰めるブロムに構わず、バードは力の矢を射つづけた。

「ブロムさんは、怨霊を」

「言葉に甘えよう」

 フラウを任せ、ブロムは剣を握った。真っ直ぐ、スカイへ突き進む。

 さすがに状勢不利と見たか。スカイは盛大な舌打ちをして、高く飛び上がった。そのまま、重力の干渉を受けない怨霊は高度を上げる。割れた窓から逃げるつもりだ。

 思い切り振るった剣の軌跡も、バードの弓も届かない。

 歯噛みするブロムの視線の端で、白っぽい物が飛んだ。それは、ブロムを追い越し、スカイを追い越してその先で瞬時に広がった。

 ブロムは目を眇めた。星明かりと魂狩りの放つ白い光に浮かんだそれは、縦糸に白い糸を、横糸に青い糸を使った霜降りの布だった。中央に拳大の石があり、四方の隅に、小さなビーズ状の魔石が縫いとめられていた。

 首だけ捻って振り返ると、若い女性の魂狩りが布に向けて両手を伸ばしたところだった。

 彼女の念に反応し、魔石のビーズから光が迸る。網目状に広がり、スカイの行く手を阻んだ。止まり切れず網目に触れた悪霊が、ぽよりと跳ね返され、霧散する。さらに網はじわじわとスカイへ迫った。

「ぐ」

 逃げ道を塞がれたスカイが女性に放った青い炎を、ブロムが断ち切った。

 バードが、ライフル使いの魂狩りを手招く。魔石の力による矢と弾丸の雨を浴び、スカイを支える悪霊は徐々に数を減らしていった。

 さらに、ブロムが渾身の力を込めて剣を斜めに振り上げ、続いて手首を返して元に振り下ろす。迸る軌跡が螺旋状にスカイを取り巻いた。

 遂に床へ降りたスカイが、口の端を拭う。

「おのれ、魂狩りごときが」

 怒りに燃え上がる目から、青い火花が散った。

 ブロムは柄を握り直した。肉体は、疲労の限界に達していた。だが、勝負はこれからだ。

「大人しく、消えろ」

 剣を構える。

 喉の奥で唸ったスカイの口が、横に裂けた。そこには、生前の人懐っこい青年の面影は一筋も残っていなかった。未練と憎しみ、怒りを具現化した暗い炎の塊だった。醜い姿でニタリと笑い、腕を曲げる。

 柱状に青い炎が噴き上がった。炎は細く集束し、硬質な光の剣となった。

「ぐおおっ!」

 咆哮をあげ、怨霊は青い剣を振りかざす。

 ガチリと二本の剣が打ち合わされた。



(#novelber 28日目お題:霜降り)

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