第22話 苦手なこと

 ブロムは、口の端を下げた。

「厄介だな」

「近くを通りかかった議員を襲わなかったといことは、まだそれほど危険はないかもしれないが。ふたりでは手に負えないようなら、応援を申請してくれ」

 どうやって、とブロムが尋ねる前に、バードが懐から小型端末を取り出した。

「これ、どれくらいの距離まで使えるんですか?」

「そうだな。周囲の拓け具合にもよるが、魔石と合わせれば、だいたい徒歩一日までは使えるはずだよ」

「だそうです」

 にこやかに振り返られ、ブロムは喉に詰まった言葉にむせ込んだ。

 そんなに疑問が顔に出ていただろうか。むせて咳き込むブロムを、バードはキョトンと首を傾げて見つめている。一方、ギルドの職員は、にこやかにブロムの背を叩いた。

「うまくやっていけそうだね」

「何が、だ」

 睨みつけても、職員は眼鏡の奥で笑っている。

「お前さんだって、昔はグループワークをしてきたんだろう?」

「遥か昔の話だ」

 それに、集団での研究が得意だったわけではない。人を纏めていたのは、グランの人望だった。ブロムはただ、彼と共に行動していただけだ。

 グランは、ありのままのブロムを認め、ブロムに合わせてくれた。もちろんそれは、ブロムだけでなく、他の研究員に対しても同様だった。決して自分を失うことなく、しかし、呼吸と同じくらい当たり前に相手に合わせて行動できる。彼が中心にいてくれたからブロムはアカデミーで孤立せず済んだのだ。

 人と合わせるなど、苦手だ。それも、共通点の少ないバードに合わせるなど。


 所詮、魂狩りもギルドなしでは生活できない身だ。多少の融通はきいても、それ以外はギルドの指示に従わねばならない。

 翌日、件の森の入り口でバードと落ち合ったブロムは、口いっぱいに苦虫を含んでいるような顔だった。

 まだ昼を過ぎたばかりだというのに、廃屋がある森は、鬱蒼とした湿り気を含んだ暗さに沈んでいた。日差しばかりか、夏の熱気まで遮断され、マントを羽織っていてもひんやりと寒い。先を進むサンディの柔らかな毛の先には、細かな露が結ばれていた。

 ブロムの後ろで、バードは弓を構え、始終辺りを見回していた。

「緊張し続けていると、神経がもたないぞ」

 忠告すれば、気のない返事をして一度弓を下ろすが、すぐにビクリと構える。

 張り切りすぎて過敏になっているのか。この先どうなることやらと、ブロムは苛立ちを無理矢理なだめ、あまり背後を気にしないように努めた。

 はっきりとした悪霊の気配はしないが、たしかに何かが籠っている森だ。木の種類や生えている間隔、葉の茂り具合から考える以上の陰湿さが忌々しい。細いがはっきりと踏みしめられた道は、日常的に往来があることを示していた。にもかかわらず、森に踏み込んで一刻ばかりの間、誰とも会わないし気配もない。それどころか、草を揺する小動物の動きや鳥の囀りまでもが、いつの間にかふたりの周囲から消えていた。

 魂狩りを続けて十年近くになるブロムの勘が、警鐘を鳴らし続ける。油断はならない。かといって、張り詰めすぎると、咄嗟の時判断を誤る。



(#novelber 22日目お題:遥かな)

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