ハエ、そして一つのセレナーデ

メンタル弱男

I

          1         


 僕は確かに聞いた。


『うわっ、最悪やん!なんでこんなべっとりしてんねん、もぉ〜。』


 ほんの目の先、部屋の中心に、だらーんと気怠そうに仕掛けられた、真新しいハエ取りリボン。ちょうど先程掃除のおじさんが、こちらも気怠そうに脚立を使って変えたばかりのものだ。


 そこに早速一番乗りで引っ掛かったハエの嘆きを、僕は確かに聞いた。

 五十代くらいの声のようでもあり、若者の声のようでもあり、つまりは、いまひとつ特徴が思い出せないほど唐突で、思いがけない出来事だった。ただ、男の声だったような気がする。部屋には誰もいない。たまたま僕しか聞いた人がいなかっただけなのか、もしくは僕にしか聞くことができないものなのか、それも今のところ分からない。音の無くなった部屋の中、ただじっと目の前にいるハエを見つめていた。



          2


 二日前、仕事が休みで朝からテレビの前でダラダラとしていると、高校時代からの友人である大田から突然連絡があった。

『やぁ、久しぶりやな。今日飲みに行かへん?』

 柔らかくて温かくて、そして何よりも懐かしいその声は、退屈ばかりで暗い僕の日常とは正反対だった。一瞬で過ぎ去ってしまった当時の思い出を頭の中に浮かべると、不思議と全てが鮮やかに感じてしまう。

『突然どうしたん?今日は仕事休みやから、いつでもオッケーやけど。』

『別に、たいしたことじゃないんやけどな。なんか会いたいなと思って。』

 大田は少し笑っているのか、声が弾んでいるような気がした。

『なんやそれ。何か深い意味がありそうやな』

『まあまあ、いろいろ話したいわけよ。大学の時はたまに飲みに行ってたけど、お互い働きだしてからは全くやったからさ。』

 窓から申し訳なさそうに入ってくる風が、とても涼しく肌に心地いい。金木犀の匂いもするが、このあたりに植わっていただろうか?

『場所はどこにする?いつもの三ノ宮?』

『そうやな。日の入りくらいに三ノ宮駅で』

 時間を正確に決めないのは、遅刻癖のある大田の常套手段なので、僕は日の入りに関しては特に触れなかった。


 飲みに行くのなんていつ以来だろうか?どうも最近は何をするのにも億劫で、以前のように、暇さえあればとりあえず誰かを誘う、といった事はきっぱりやめてしまった。すると結果は見事に単純で、次第に誰からも誘われなくなった。だからこそ、大田から電話があった時は素直にとても嬉しかった。心のどこかにひっそりと作り上げた冷たい塊がじんわりと溶けていくような気がした。

 それにも関わらず、三ノ宮に向かう電車に乗り込む時に感じた後ろめたさは何だったのだろうか?じっと触れて慣れてきた、暗さや冷たさから離れ難くなってしまったのだろうか?

 

 電車内では人はまばらだが、気持ち良さそうに上を見ながら眠っている人、本を読みながら微かに笑っている人、音楽を聴きながらハイハットとスネアドラムを両手の人差し指で奏でている人、様々な人が自分の世界の中で楽しんでいた。僕もその中の一人で、車内をぐるっとひと通り見終わったら、向かいの窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。

 夕暮れの色が行き場を失ったかのように、海の上でぐるぐると彷徨っている。その奥には、赤く染まった淡路島が見えた。たとえ電車の中からでも、時の流れを忘れさせるようなその広大な景色に見惚れていると、やるせない毎日に置いていかれてバラバラに散った心が、目の前の景色の中に集まって浮かんでいるようにも思えた。

 

 ふと、視界の右端で黒い小さな影が動くのを見た。それまで、まるで自分がどこにいるかも分からないくらいに、ふわふわとしていた意識が、驚きのあまり大きくビクついた身体に一瞬にして戻っていったように感じた。その小さな影は種類は分からないが、チョコレートのお菓子のように黒くてツヤツヤした虫で、少し歩いては立ち止まって、景色を楽しむかのように窓に張り付いている。気まぐれな彼らはいつも、ビクビクしている人間を弄ぶかのように細かいステップでフェイントを仕掛けてくるので、『こっちに飛んで来ませんように』と強くおまじないをかけておいた。


 虫に注意しているうちに、外の景色はすっかりと街のビルに変わっていた。空も淡い紫色をしている。虫はまだ相変わらず、自分の居場所を少しずつ調整しながら、『俺が主役だ!』と言わんばかりに、窓の中心あたりをうろうろしていた。

 その時突然、妙な気分で『この虫は可哀想だな』と感じた。電車に揺られながら全く自分の知らない土地に行ってしまい、帰り方も分からず、家族や友人という概念がこの虫にあるかどうかは分からないが、もしあったとしたら今後その家族と会う事ができなくなってしまうかもしれない。タイミングよく開いたドアから外に出る事ができても、目の前に広がる景色をどのように眺めるのだろう。降りる場所によっては、『新しい生活が待っている』というような人間的な考えにはなれないほど、生と死に関わる問題のような気もする。故意ではないにしろ、この虫にとって電車に乗ってしまうという単純な行動が及ぼした影響は、気付かぬうちに大きなものになっている。

 深くため息をついた。僕自身にもこんな事が知らぬ間に起きているのだろうか?



          3


 駅の中央改札前で待っていると、茶色のトレーナーにジーンズ姿の大田が少し肩を揺らして歩きながら、

『おう!待った?』

『いいや、全然。』

 実のところ30分は待った。日の入りなんてとっくに過ぎている。でもここでとやかく言わないのが僕と大田の良い関係の理由だと思う。よく分からないが、なんだかその方が楽しいのだ。そしていつも大田は最後に、全て分かっているかのように、笑いながら『ごめん』と言う。そしていつも通りで、顔には全く反省の色は見えない。

 『とりあえず、いつもの焼き鳥行くか。』と大田は立ち止まる事なく、駅の北側へ歩いて行くので、僕もゆっくりとついて行った。


 店の前に着くと、格子窓から漏れる光が、管理されているのかも分からない程雑に置かれた鉢植えをうっすらと照らしていた。店内ではガヤガヤした音が楽しげに飛び交っているのだろうか、そんな予感を抱いていると、大田もニヤッと笑いながら窓を眺めていた。明るい色をした木製のドアを開けると、『いらっしゃいませ』という元気な声と共に、ご飯のお供にできるくらいのいい匂いが顔に纏わり付いた。カウンターではなく、壁に沿ったテーブル席に腰掛けた。

『あぁ久しぶりだな。そういえばさ、、、』と、大田はメニューをパラパラめくりながら、口をもごもごさせている。続きを待ったが、何も語らなかった。

 ビールとお気に入りの唐揚げ、そして大好物のつくねをひたすら胃に流し込みながら、何気ない話をたくさんした。

『最近どうなん?』

『まあ忙しいけど、なんとか頑張ってるわ。忙しいけどな。』

そう言いながらも大田は笑顔で、唐揚げ用のレモンをかじっていた。それを見た時に、僕達はもう若者ではないのかもしれないなと思った。僕も最近はかなり疲れている。

『ところでな、最近部屋の掃除してたらさ、、、』と、大田はビールをひと口。

『高校の時になんかの授業で書いたと思うんやけど、“将来の自分”っていうタイトルのレポートを見つけてんけどな、、、』そう言って折り畳まれた一枚の紙をポケットからゴソゴソと取り出してテーブルに広げた。そこにはクラス全員分の各々の夢が、決して丁寧とは言えない字で書かれていた。

『ほら、ここ。』と大田が指で示したところに目をやると、僕の名前と一緒に“お金持ち”、といかにもお金持ちになれなさそうな、センスのなさが際立つ言葉があった。

『今見たら恥ずかしいやろ?』

『かなりな。めっちゃ頭悪そう。』

『で、現状はどうなん?この当時の自分に認められるような大人になってるか?』大田の意地悪そうなニヤケ顔は、ふしぎと嫌味がない。

『ご覧の通りひいひい言いながらの節約必至生活や。まあ飲みに行けるだけええかなとは思うけど。』恐らく高校の頃の自分が今の僕を見たら、目を背けて嘆くかもしれない。もしくは反面教師のように見て、気が狂ったように勉強し出すかもしれない。とにかく、今の僕を受け入れられないだろう。

『大田はなんて書いてんの?』

『白紙。何も書いてないねんなあ。ほんまにつまらん奴やな、まったく。』

いかにも昔の自分を睨め付けるような目つきで、大田はじっと壁を見ていた。

『まあ、ある意味何にでもなれる自分を表現したと思えばかっこいいかもよ。それに目立ってるし。』

『何がやねん。恥ずかしいわ。』と、言いながら、大きなあくびをした。温かいみぞれ煮が身体に染み渡る。僕もひとつあくびをした。


 テーブルに置かれた『将来の自分』。これは沢山の物語の序章のようにも思える。スポーツ関係の仕事や、物理の研究、公務員、様々な未来への期待が書かれている。この通りになった人もいるかもしれない。これを書いた当時は将来の自分を決めるという事は、どこかゴールのような感覚もあったが(お金持ち、と書いた事はふざけていたかもしれない)、本当はまだまだ何も始まっていないのだと、今は感じる。いつになったら物事の本質を見る事ができるのだろう?

『俺たちはどこに向かってんやろな?』

大田はまるで答えを求めていないような顔で季節限定のメニューを見ていたが、ふと思い立ったようにトイレに向かっていった。僕はそのメニューの挿絵になっている、どこかにある田舎の山の絵を見ながら、小学生の頃にこんな景色を眺めていたなと思い出していた。



          4


 僕の生まれ育った街はニュータウンで、日本の原風景のようなところに、ぽつんとできた高台の上にある。山々が遠く周りを囲んでいるが、空はとても広く感じる。僕はこの街を散歩するのが大好きだ。朝は空気が澄んで、心に溜めた疲れや暗さも爽やかな風がすっかり洗い去ってくれるし、空や雲を優しいオレンジ色に染める夕焼けに何度胸を打たれたか分からない。

 様々な景色の中でひとつ、変わった見た目の山があった。高台の端から見る事ができるその山は、ぽこっとできた丸みと角ばった形からなり、それはまるでクジラそのもののような姿をしていた。公園が近くにあるため、小学生の頃は友達とよくその山を眺めて、『クジラ山』と何の捻りもなく呼んでいた。誰が最初に呼んだのかは分からないが、クジラ山という名前は子供達の間では誰もが知っていた。その当時は学校や親から遠くに行っては駄目だと言われ、その高台から自分達だけで出ることは禁忌的なイメージがあったので、クジラ山を眺めながら、『あの下の方はどうなっているんだろう』、『いつかあの背中に登ってみたいなぁ』などと可愛らしい夢を語っていた。中には、無謀にもその山に近づこうとして、一人で高台を抜け出した勇敢(もしくは愚か)な子もいたが、すぐに近くの道路で迷子になって、連れ戻されていた。やはり子供の素晴らしい想像力の源は、とても小さな世界の中に閉じ込められている反動から来るものなのかもしれない。僕達はそれくらいクジラ山に対して、想像の先にある希望を抱いていた。

 ある日、僕は家族で出掛ける用事があり、車でクジラ山近くまで行くことになった。夢に描いていた事が現実となるワクワク感と、友達を差し置いて自分だけ見てしまう罪悪感でソワソワしながら(しかしやはり期待の方が大きく、罪悪感はクジラ山に近づくにつれどんどんと薄れていった。)、後部座席で石のようにじっと到着するのを待っていた。

『これクジラ山やで。』FMラジオの陽気な音楽の中、父の言葉は耳の鼓膜を撫でるようなボソボソとしたもので、理解するまで少し時間が必要だった。

『え!どれ?』と窓にかじりつく僕の目の前には、三角形の小高い山がある。

『これ、クジラの尻尾。体の部分はもうちょっと先かな。二つに分かれてるんやな。』と父の説明。

 僕はそれからもう二度とクジラ山を眺める事はなくなった。



          5


 焼き鳥屋を後にして、二軒目のあてがあると言う大田に着いて行った。通りにはたくさんの店があり、まだまだ知らない店があるものだなと感心した。信号のある交差点を曲がると、ぼうっと暗い静寂を纏った夜の生田神社がある。人が多く賑やかな街の中、このような場所があるのは、疲れた心を和らげる効果もあるような気がした。

『どこの店に行くん?』

『もうちょっと坂登ったところに、落ち着いた雰囲気のバーがあんねん。その店でゆっくりしよ。』

 そう言って道を折れた時、不意に細い路地から猫が飛び出してきた。

『うわっ!びっくりしたー。どうしたんや急に。』大田は猫に近づき、喋りかけるように腰を低くした。『ミャア』と、口を開けて、大田の顔をまじまじと見つめる猫。茶色の毛には汚れている様子はなく、その佇まいは上品さを感じさせた。

『おう、そうかそうか。お前も大変やな。あんまり気負いせずにほどほどにな。』

 酒に酔っているせいもあるだろうが、満面の笑みを見せた大田は、去って行く猫に小さく手を振っていた。

『あの猫、なんて言ってたん?』

『なんかこれからの事で、一人深く悩んでるみたいや。人間と一緒で、将来が不安なんやな。俺たちを仲間やと思ったらしいねんけど、なんかオーラとか出てるんかな?』

『う〜ん、においとかじゃない?猫は鼻がきくっていうし。』

 大田が猫と会話した事は特に触れなかった。よく高校生の頃もやっていたからだ。実際に話ができているかは別として、昔から大田は動物に懐かれる。優しさとか心のあたたかい部分を動物は感じ取る事ができるのかもしれない。


 バーに着くと、大田は慣れた足取りで奥のカウンターへと向かった。薄暗い店内には、無表情の人形やジャンルのバラバラな絵が飾られており、少し不気味な雰囲気だが、椅子はとても座り心地が良く、ゆっくりと話すのにはもってこいの場所だと思った。カウンターには大田と僕しかいないが、テーブルの方に目をやると、若いカップルや仕事終わりらしきサラリーマンがいる。天井に付けられたスピーカーからは、小さな音量だが、バッファロースプリングフィールドのカインドウーマンが流れていて、ギターの滑らかな音に耳を傾けていた。

『何にしますか?』

『今日もおすすめで。』

 大田はやはり常連で、店員とも顔見知りらしい。僕の希望も聞かずに、僕の分まで“店員のおすすめ”を注文していたが、まあいいや。

『なんか、かなり眠なってきたな。今日はしっかり昼寝してきたんやけど、、、』

『ちょっと何言ってんねん。二軒目行こうって提案したんは大田やろ?なんか話しようとしてなかった?』

『あぁ、大した事ではないねんけど、俺にしては珍しく大事な話があるんや。ちょっと相談したいねん。』

 大事なのかどうなのか、結局なんやねん。とは言わなかったが、話というか考えというか、つまりは頭の中が上手く纏まっていないのだろうなと感じた。

 店員のおすすめは、幻想的な青色をしたカクテルだった。少し口をつけて、大田はらしくもない深いため息をついた。

『俺さぁ、いったい何がしたいんやろ?』

『どういう事?』

『もう25歳やんか。仕事はしてるけど特にしたい事もないし、真面目になれないというか、真面目になってしまうのが怖いというか。今まで上手く逃げてきたことが、とうとう裏目に出たかな?』と大田は口を少し歪めて笑った。

 後ろの方では若い女性の小さな笑い声が聞こえた。上品な笑い声だった。先程見たカップルだろうか。

『どうしたんや、なんかあった?』と、とりあえず聞いたが、こんな大田は初めてだったので、少し戸惑って必死に言葉を探した。しかし結局良い言葉は浮かんでこなかった。

『自分の本当の声が聞きたい、、、』大田は吐息のような声をもらした。

『それってさ、、、』僕は言葉を続けるか、一瞬迷った。言おうとした事が、そのまま自分に対しての言葉でもあったからだ。

『それってさ、答えは出てるんやろ。本当にやりたい事とか、分かってるんじゃない?ただその答えに自信がないっていうだけで。僕も一緒やから。決断するのが難しいというか、怖いねん。』

『痛いところをついてくるなぁ。』まったく、、、。と、大田は苦笑いをしながらカクテルに口をつけた。


『実はさ、今の彼女と結婚しようってなってるんよ。』

 少し間を空けて大田が語り出した。その内容に僕は少し驚いた。

『いい事やんか!申し訳ないけど大田が結婚するってのは、正直ないものやと思ってたわ。』

『俺も同じく思ってたよ。人は変わるもんやなぁ。』

 達観したような不思議な表情をしながら、少し上を向いている。口をちょっとだけ尖らせているのが特徴的だった。

『でもそれの何が悩みなん?不安はもちろんあるとは思うけど、、、。』

『俺、今の仕事辞めようと思って。やっぱりこの先、やりがいとかキャリアの事を考えて興味のある業界でやっていきたくてさ。』

 少しずつ大田が、心の奥底にしまっていた扱いづらい感情をなんとか吐き出そうとしているのが分かった。

『でも給料の事とか考えると、“結婚”がチラついてしまって、、、。二人とも幸せになれるんやろか?とか、彼女が我慢してたらどうしよう?とか、そんな事ばっかり考えてる。でもそれは言い訳なんやな。俺は見栄っ張りやから。なかなか本物の自分が見えへん、自分自身にも。やりたい事は、間違った道の上にあるような気がする。』

『見栄っ張りではないんちゃうかな?確かにちょっとだけプライドは高いかも知れへんけどさ。』

 酔ったせいもあるからか、虚な目の大田は説教を聞くような態度で、僕の方に顔を向けていた。その大田に対して僕は一方的に喋り続ける。


『もう少し単純に考えたらいいんちゃうかなと思う。大田が今望んでるのは、“やりたい仕事”と“彼女との幸せ”の二つやろ。この両立ができるのか?って事やんな。』


         違う。


『まずやりたい仕事っていうのは、今の仕事と比べてもやりがいを感じられる?今の条件を捨ててでも行く価値があるのかどうか。あれば前向きに検討した方がいいんちゃうかなと思うよ。』


         違う。


『結婚については一人で背負う事ないんじゃない?悩んでるところを見せたくはないかも知れへんけど、相手と正直に相談して、やっていけるかどうか判断する。それは仕事をどうするかにも繋がるし、いい事だと思う。』


        違うねん。


 僕は自分自身で『違う』と思う事を偉そうに語っている。

 

 全部違う。物事はそんなに単純じゃない。それでなければ大田がこんなに悩むはずがない。たくさんの感情、思いやりやエゴ、見栄や信頼、恐怖が重なり合って、大田は頭の中で右往左往しているのだろう。僕はただ、大田にかける言葉が分からなくて、当たり前の事を語っただけに過ぎない。


『うん。そうだなぁ、そうだよなぁ、、、』

 大田は声にならないような、小さい音を漏らした。

 僕は大田を追い詰めてしまったのかもしれない。



          ○


 僕が答えにならないような事を言ったのは、僕自身も大田と同じような問題に直面していて、悩んでいるからだ。僕にも答えが分からない。偉そうに言っている自分にも腹が立ってきたが、その苛立ちはカクテルと一緒に飲み込んだ。

 そして前日の暗い記憶が辺りを分厚く覆うのを感じる。


 僕は前日、初めて『死にたい』と呟いた。




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