第6話 婚約会見
京吾の車は、華子を乗せて皇居へと向かっていた。
「いい、ご両親ね」
「ありがとうございます。お陰で父との確執も解けて、住む所も確保できてよかったです」
「スポンサーにもなって頂いて有難いわ。早急に、私の両親と会えるように話を進めますから、そのつもりでいて下さる?」
「分かりました。でも、両陛下と会うと思うと、流石に緊張しますね」
「天皇としてではなく、私の両親として普通に接してくださればいいですから」
それから一週間後、天皇家と一条家の顔合わせが皇居で行われた。幾分緊張気味の一条家の三人を、天皇皇后両陛下は笑顔で迎えられた。
「今回は奇しくも縁あって、京吾君に華子を貰ってもらう事になりました。一条家には何かとお世話になると思いますが、娘の事を幾久しく宜しくお願い致します」
天皇陛下から丁重な挨拶があると、京吾達は恐縮するばかりであった。
「さあ、今日は食事をしながら楽しくやりませんか。私達は親戚になるのですから、ざっくばらんにいきましょう」
食事が運ばれて来て、それを食べながら両陛下との歓談は続いた。
「京吾君は、華子の何処が気に入ったのかな?」
「華子様は私の理想の女性です。実を言いますと、高校生の時、テレビや雑誌で華子様を見て胸をときめかせた一人なんです。何時か、華子様を護れる仕事がしたいとの思いから警護の仕事を選び、厳しい訓練にも耐えて来ました。実際に華子様の護衛の仕事に就けた時には夢のようでした。
また、政界に打って出るという話を聞いた時には、どうしても私が護るしかないと思いました。それなら、夫婦になれば常に一緒に居られるから護りやすいと考えたのです。この日本の危機を救おうと言う華子様を、この命に代えても護ろうと、今は思っています」
京吾は、天皇を前にして嘘はつけなかった。偽装である事以外は、真実を語る自分があった。
「ありがとう、宜しくお願いします。ご両親も、大事な息子さんを危険な仕事に引き込んでしまって申し訳ないと思っていますが、国民の為と思って京吾君の命をを私に預けて下さい」
両陛下が深々とお辞儀をすると、京吾の父が感極まって口を開いた。
「陛下、世の為に命を捨てようというのですから、親として誇れる息子です。いかようにも使っていただいて結構です。また、全力で応援させて頂きます!」
陛下は「よろしくお願いします」といいながら立ち上がり、京吾の両親の手を取った。
その後も歓談が続き、和気あいあいの中で両家の顔合わせは終わった。
数日後、華子の事務所で、華子と京吾に令子から報告があった。
「婚約会見は、三日後の午前十時に宮内庁で行う事が決まりましたので、心算をしておいて下さい。話す事がちぐはぐにならないように、事前に話を合わせておかないと偽装がバレますよ」
「そう言えば、私を護る為にこの仕事に就いたと仰ってたけど、ほんとなの?」
華子が隣に座っている京吾に聞いた。
「本当の事です。もう十年も前の事ですが、テレビで見た華子さんがあまりに素敵だったので、大ファンになりました。それで、華子様のボディガードになるんだと警護の道に進んだのです。単純でしょう」
「それで、本当に夢が叶うなんて奇跡みたいな話ですね」
「全くです。最初任務に就いて、華子さんに会った時は緊張して、コチコチでした」
京吾が、その頃を懐かしむように話すと、華子は笑みを返した。
「じゃあ、記者会見の打ち合わせをしておきましょう。プロポーズの言葉は何にするの?」
華子が言うと、「こんなのはどうです」と京吾が居住いを正して語りかけた。
「華子さん、生涯命を懸けて貴女を護ります――。これなら護衛官らしくていいんじゃないですか」
「そうね、それでいきましょう」
二人はその後も、念入りに打ち合わせをして記者会見に備えた。
三日後、宮内庁の一室で、華子と京吾の婚約発表記者会見が行われた。これには、百人を超すマスコミが詰めかけていて、華子の左手には婚約指輪のダイヤモンドが輝いていた。カメラのフラッシュが、幾分緊張気味の二人を激しく照らし出した。
数人の記者から質問が出た後、ある記者が質問に立った。
「華子様が、一条さんを結婚相手に決めた最大の要因は何ですか?」
「それは、当然、彼との愛の結実です……」
笑顔で対応していた華子の顔が、急に厳しい表情に変わった。
「もう一つ、私は政界に出ようと考えています。今の日虎政権の暴走を止める為には、政治家となって新しい政党をつくり戦うしかありません。そのパートナーとして彼が最適だったという事です」
華子が、政治家となって日虎政権を倒すという話は前にも報じられたが、噂の域を出なかった。今、華子の口からその話が出た事で、穏やかだった会見場の空気が一変し、フラッシュの嵐が再び華子達を襲った。
それ以降は、記者の質問も華子の政界進出の話に終始し、奇妙な婚約会見となった。
総理官邸では、この模様をテレビで見ていた日虎総理が、憤怒の顔で画面を睨んでいた。
「総理、大変な事になりそうですね。華子様は国民に絶大な人気がありますから、我が党を脅かす存在になる事は間違いありませんよ」
そう言ったのは、総理の側近で官房長官の虻島だった。
「ふん、あんな小娘に何が出来るというのだ。あくまで楯突こうというなら排除するまでだ」
「……排除ですか?」
「この儂に楯突くなど、いかに無謀な事か思い知らせてやるんだ。いつもの様に誰の仕業か分からないように事を進めるんだ」
「早速に、手を打ちます」
華子の婚約会見での宣戦布告で、終に、日虎と華子の闘いが始まったのである。
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