part6

『信じられない・・・・』依頼人は俺の差し出した報告書を読み終わると、そう言って唇を噛みしめた。


 あれから一日経っている。俺は彼女の事務所を訪れた。

 持参した報告書を渡すためである。


『私が・・・・この私が振られるなんて・・・・こんな女に負けるなんて・・・・』

 報告書を持つ手が細かく震えている。

 これまであった自信が崩れてしまったのに、必死に耐えている。そんな感じだった。

『で、貴方は何も言わずに黙って帰って来たの?』

 友香里はなじるような視線を俺に向けてきた。


『何のことですか?私の仕事は単に秋山・・・・いえ、小川徹氏が何故貴方と別れようと思ったのか、それを確かめてくるだけで、考え直すように説得しろなんて契約はありませんでしたが』

 

 彼女はそれでもまだ不満げな様子を見せていた。

 まあ、そう来ると思った。

 俺は懐から現金の入った封筒を出し、目の前の卓子テーブルに置いた。

『この間頂いた前金です。探偵料ギャラをお返しいたします。貴方が私の仕事について不満だというのは、何となく想像がつきましたからね。但し、必要経費だけは差し引かせて頂きました』

 ではこれで、俺はそういうとソファから立ち上がり、軽く頭を下げると部屋を出て行った。

 ドアを閉めるとき、ちらりと後ろを見たが、彼女は俯いて、相変わらず肩を細かく震わせていた。

 彼女にはあの二人の気持なんて、死んだって分からないだろう。

 いや、分からないでいいんだ。


 俺は今年最初に吹き始めた木枯らしの中を、コートの襟を立て、裾を翻しながら歩く。

 口笛が吹きたくなった。

 空の神兵だ。

 さっさとネグラに帰って、ホットウィスキーで身体をあっためるとしよう。

                             終わり

*)この物語はフィクションであり、登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。

 特に病気に関する描写につきましては、障がい者の方々を差別、卑下する意図はまったくありません。


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顔のない若妻 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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