part2
俺はまず、新宿にあるという、秋山徹の勤めるパソコンソフトの会社を訪ねてみた。
彼はこの会社で、新しいビジネス向けの表計算ソフト開発のリーダーをしているという。
受付で身分を名乗り、秋山氏に会いたい旨を伝えると、2分ほどして、眼鏡をかけた小太りの20歳ほどの男がエレベーターから降りてきた。
『乾さんですか?』
ソファに座っていた俺に声をかける。
『そうですが』
俺は立ち上がり、
『秋山主任は、もう退職されてますよ。一年以上前に』
『一年?』
『ええ、何でも"婚約者の実家で家業を継ぐから”ということだそうです。』
田中氏の話によれば、秋山氏は婚約者の住んでいる山梨県のK市に引っ越してしまったのだという。
『みんな惜しがっていたんですよ。あの人は優秀なSEだったから、このまま会社に残っていたって、重役は無理としても部長クラスには楽になれたし、独立しても十分にやっていけるだけの実力の持ち主だったというのに、何もわざわざ山梨の田舎で養子になる必要なんかないだろうって』
『養子?』
『ええ、奥さんの実家は男の子がいないもので、婿養子に入ったんです。』
奥さんの実家というのは、中規模の葡萄園を営んでいる農家で、後を継ぐ者がその婚約者・・・・つまりは一人娘しかいないから、秋山氏は決心をしたのだという。
確かに、都会に住んでいる人間には、一寸理解は出来ないだろうが、しかしこれは仕事だ。探ってみる必要はある。
『分かりました。色々とどうも、差支えなければ、その婚約者さんの家の住所と連絡先を教えてくれませんかね?』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、俺は電車に揺られ、山梨県のK市に着いた。
だが、実際秋山氏が現在住んでいるのはK市街より、更にバスで30分ほど行ったところだという。
まあ、住所に多少のずれがあるのはやむをえまい。
そのバスは一日に五本しかこないという。
歩こうかとも考えたが、そこまでする必要もあるまい。
駅前のロータリーにあるベンチに腰かけて待っていると、再び改札口が賑やかになり、10人ほどの客が降りてきた。
俺と同じバス停に並んだのは三人で、子供を二人連れ、大きな布製の手提げ袋を抱えた女性だった。
一人は4歳くらいの女の子、もう一人は2歳になったばかりという感じの男の子だ。
彼女はベビーカーを押し、男の子はそこに乗り、女の子は母親の手に捉まって歩いている。
俺が目を止めたのは、子供たちの方ではなく、母親の方だった。
年齢は27~8歳くらいであろうか。
長く伸ばした黒髪を首の後ろで束ねているが、前髪を垂らし、顔の右半分を隠している。
そればかりではない。
更にその下、丁度右目に当たる部分を、特大の眼帯で隠しているのが垣間見えた。
しかし、それを除けば、色白で細面の、なかなかの美人である。
黒いタートルネックのプルオーバー、茶色のジャケットにジーンズという軽快な服装が良く似合う。
30分ほどして、バスが来た。
しかし子供を二人抱え、しかもベビー・カーを押していては、バスに乗るのも結構難儀なようだ。
俺は、
『手伝いましょう』といい、ベビー・カーを折り畳むのを手伝ってやり、抱えて中に乗り込んだ。
『どうもすみません』彼女は丁寧に頭を下げ、済まなそうな声で言った。
一緒にいた子供二人も、
『おじさん、ありがとう』と、舌足らずの口調で言い、行儀よく頭を下げる。
ふと気が付いて、俺はベビーカーの取っ手を見ると、そこには田中氏が教えてくれたあの住所と『小川』という姓が記されたステッカーが貼ってあった。
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