顔のない若妻

冷門 風之助 

part1

『私、どうしても納得出来ません!だから調べてください!』

 彼女は、事務所オフィスに入って来るなり、まるで火を噴くような権幕で、折角淹れたてのコーヒーに手も付けず、テーブルに手をついて俺に詰め寄った。

 俺はコーヒーを一口、それからシナモンスティックを取り出して一本咥える。


『・・・・兎に角まずお話を伺いましょう。引き受けるか引き受けないかはそれからってことでどうです?』


 端を少し齧り、シナモンの香りを漂わせてから、俺はゆっくりした口調で問いかけると、彼女も幾分興奮が収まったのか、元の通りのソファに腰を下ろし、カップを手に取った。

 

 例によって、あくまで職業上の観察眼で、彼女を眺めまわす。

 宝塚の男役みたいなショートカットのヘアスタイル。

 目は端が切れ上がり、女性のそれとしてはいささか鋭い。

 顎は尖っており、鼻は高く、全体として目立つ感じだ。


 タイプとしては・・・・そうだな。女優の岩下志麻を若くしたような、まあそんな感じだと思ってくれればいい。

 濃いブルーのジャケットに、パステルグリーンのセーター、象牙色のパンツという、如何にも活動的な女性でございと言った服装だ。


 ああ、そうそう、名前を忘れていた。

 如月友香里きさらぎゆかり、年齢は28歳。現在都内にある某有名通販会社で、商品の開発担当主任をしている。

 都内の有名大学を優秀な成績で卒業、その後海外に留学し、ビジネスに関する学位も取得。帰国後、わずか27歳で現在の会社の管理職に就任したという切れ者だ。


 仕事だけに留まらない。

 学生時代から男性に声を掛けられることは数知れず、本人曰く、

”断るのに困るくらい”だったという。

 長年結婚願望はなかったが、つい2年ほど前、彼女のハートを射止めた男がいた。

 年収、学歴、マスク、身長など、彼女の求める条件にぴったりだった。


 先に声をかけたのは彼女の方からだった。

 取引先の会社が開いてくれたパーティーの席だったという。

 男の名前は秋山徹あきやまとおるといい、年齢は彼女より三つ上の30歳。

 ある大手のコンピューターソフト開発会社で、システムエンジニアの仕事をしているという。


 彼女は自信があった。

 自分のような女から声をかけられて、その気にならない男などいる筈もない。

 そう思っていたのである。

 確かにそれから二人は何度か食事もしたし、デートもした。

 彼女自身、このまま婚約まで行ける、そう確信していたのである。

 ところが、つい一年前のことだ。

 彼、つまり徹の方から、

”済まないが、僕はこれ以上貴方と交際は出来ません。別れましょう” 

 と言われた。

”何で?どうして?!”

 思わず彼女は甲高い声で彼を問い詰めた。

”貴方は僕には相応しくない女性だということが分かったんです。それだけのことです。”

”それじゃ納得出来ないわ!私ほどの女性を振るなんて考えられない!”

”実は・・・・僕、他に好きな人が出来たんです。その彼女と結婚するつもりなんです。”

 意外な言葉だった。

 この世に生まれてから、男性を振ったことはあっても、振られたことなどただの一度もなく、しかもそれだけじゃなく、

”他に好きな人が出来たから”

 という理由だというのだ。

 誇り高い彼女はいたく傷ついた。

 しかし彼は、その女性がどんな女性かと畳みかけても、

”普通の女性ですよ”というばかりで、はっきりしたことは教えてくれない。


『なるほど、そこで私にその秋山徹氏が婚約したという女性を突き止めて欲しいと、こういう訳なんですね』

 彼女は大きく頷き、傍らに置いたハンドバッグから取り出したホルダーを開き、小切手に”2”と記して、その後に0を五つ書き足して、折り目をしごいて切り離し、俺の前に置いた。

『前金です。差し当たってはこれだけお支払いします。調査が終了したら、残りは別にお支払いします』

 誇り高い声で俺に宣言した。

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