男でダメなら女でいいか

燈外町 猶

第1話

 チヤホヤされたい。

 鉄仮面だの冷血漢だの影で囁かされてきた私に、よもやこんな願望があると知れば男共は口をあんぐりと開けた後に垂れた涎を啜りながら寄ってくるだろう。

 そんな想像をしてしまうくらいには、お堅いイメージが自分にこびり付いていることを自覚している。

「……」

 仕事は順調だ。というか、些か順調過ぎて周囲との軋轢が生まれている現状すらある。新卒で入った会社ということで三年間必死に数字を追ってきた結果が男との対立。

 いかにも前時代的だが、数字が全ての我社では、女の私がそのトップに立っているというだけで、敵視されたりやっかまれたりで嫌になる。

 頑張っていれば自動的に素敵な恋人ができると思っていた私も馬鹿と言えば馬鹿だが。

「……ほんと、馬鹿だなぁ」

 そんなわけでチヤホヤされたい。誰でもいいから褒めて欲しい。もう話を聞いてくれるだけでもいい。

 一人で酒を飲み寂しさを誤魔化し続けるのはもうゴメンだ。いつもなら時間と共に薄れていく孤独が、今日はこんなにも強くなっていく。

 今日だけ。今日だけでいいから――誰か。

「……どこでもいいか」

 いつもの店を二軒ハシゴし、アルコールでふやけた脳は私の脚を勝手に動かして、気がつけば新宿二丁目に辿り着いていた。

 なるほどなるほど、確かに私は学生時代、異常と言っても差し支えないほど女の子からアプローチを受けた。ラブレターをもらい、告白され、キスをせがまれた。

 男から需要がないのであれば、この際女の子からでも、女性からでも構わない。


 ×


 作法がわからん。

 とりあえずと思い人気ひとけのなさそうなバーに入ってみたは良いものの、こんな時どうすればいんだろう。あーダメだ、酔いも覚めてきてどこか冷静になっている自分がいる。

 店内にはテーブルで静かに酒を飲む二人組と、カウンターにいる一人だけ。

「……」

 いくか。迷ったら行動でいつでも結果を収めてきた。失敗なら失敗でいいじゃないか。とにかく声を掛けてみなくちゃ始まらない。今日の私はチヤホヤされたいんだ!

「ごべ、ごべんなさい。今日は一人で飲みたくて……」

 さり気なく隣に座ったつもりが、彼女はすぐさま私の気配(しかもナンパをしようとしている気配)を察知したらしく、泣きじゃくりながら拒絶する。

(……ここは……引くか)

 仕事中の私なら、ここで更に押していたことだろう。しかし色恋に関してはあまりにデータが無さ過ぎる。慰めるテクニックも持ち合わせていない私がこれ以上押してもお互いのためにならない。

「……」

 すごすごと席を離れ、一番端まで移動。緊張した喉を潤そうとマスターに目を合わせば、注文するより早く、一杯のカクテルが差し出された。

「まだ頼んでませんけど?」

 容姿端麗というよりかは眉目秀麗なマスターが口角だけを数ミリ動かし軽やかな微笑みを浮かべ私を見たので、美しい色合いで揺れるソレを手に取り聞いてみる。

「ごめんね、あの子口ではああ言ってるけど相当参っててさ、お姉さん、ちょっと付き合ってあげてくれないかな」

「……実は私こういう場所来るの初めてで、あんまり自信ないんですけど……」

「あらそうなの。大丈夫よ、貴女がされたいことをしてあげればそれで。あの子いい子なんだけどねぇ、そりゃあもう悪ーい女に引っかかっちゃって……ちょっと見てらんないのよ」

 女の子が悪い女に引っかかる世界。当たり前のように告げられたそのワードが、安いアルコールで浸っていた脳を完全に覚醒させ、自分の知らない世界に降り立たことを自覚した。

 徐々に鼓動が高鳴っていくのを感じる。

「まぁ無理にとは言わないよ。そのカクテルが美味しかったらでいいから、ね?」

 これまた慣れた動きでウィンクをしてみせたマスターを見送り、香りを堪能して口に含んだ。

 そして深呼吸をして、再び彼女の隣へ。

 迷いなんてない。こんなに美味しいカクテルを飲んだのは生まれて初めてだったから。


 ×


「あ、あの……」

「私のことは気にしなくていいから。頭撫でるだけの機械とでも思って」

「……はい……はい……っうぅ……ありがとう……ありがとうございます……っ」

「いいから、たくさん泣きな」

 とりあえず、頭を撫でてみた。学生時代にもっともせがまれた行為、というのもあるけれど、マスターの言った通り、今私が一番されたいことでもある。

「美味しいお酒飲むとさ、嫌なことを涙に変えて身体から出してくれるよね」

 よく手入れの行き届いたサラサラの髪を梳かすように撫でていると、名前もわからない妙な感情が湧いてきた気がする。

 優しくされたい時、こうして誰かに優しくしてしまうのは、その後の見返りを望んでいるからなのだろうか。……それはなんとなく……いやだな。

 この感情が、愛おしむとか慈しむとか、綺麗な感情だったらいいのに。


 それから彼女が泣きつかれて、あるいはアルコールに負けて眠ってしまうまでの間、涙で跳ねる頭を撫で、肩をさすり、抱きつかれれば軽く抱擁し返して、腕時計を見ると既に時刻は朝四時を回っていた。

(……始発で帰るか)

「マスター、この子――」

「あら、こんな時間になってやっとお持ち帰り? ならおすすめのホテルは「そうじゃなくて」

 私はなんだと思われてるんだ。

「後はお任せしても大丈夫ですか? 私そろそろ帰るので」

「……ふぅん」

 ジトリと。責めるような瞳で一瞬睨め付けられた後、マスターはまたあの軽やかで、どこか薄っぺらい笑顔を浮かべる。

「貴女、罪な人ねぇ。まぁいいわ、その子の事は心配しないで。勘定もサービスしてあげる」

「えっ」

「だからまた、気が向いたらでいいから来てね。美味しいカクテル用意して待ってるから」

 経験則から予想するに五桁はいったであろう料金をサービスされてしまい、どこか締まらない心持ちで、初めてのビアンバーを後にした。


 翌日、酔っていた私がどこへ行くのか面白半分で尾行していた同期の男が、ビアンバーに立ち寄ったことを吹聴したことで、会社内で妙な視線を向けられることが多くなった。

 日に日に陰口や幼稚なイタズラが増えたことにではなく、それを知っていて特に動きの無い組織自体に嫌気が差して――私は――。

「あっ……あぁ……良かった……良かった……また、会えましたね」

 会社を辞めて、一ヶ月ぶりにくだんのバーへ訪れた。

 そして以前と同じ席に座り、同じ香りを振りまき、以前とは違う――微笑みが勝る――泣き顔を浮かべる彼女。

「久しぶり」

「あの時は本当にありがとうございました。お名前を……教えていただいてもよろしいですか?」

 そして私達はグラスを鳴らす。名前も知らない絶品カクテルを揺らして。

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