最終話:これから先も


 「皇后様にご挨拶を」

 

 夜条風華煌侃と優淑は皇后の正宮、高華宮こうかきゅうを訪れていた。最も丁寧で正式なお辞儀をして敬意を表し、皇后に婚儀を終えた報告をする。


  「――遅刻よ」


 開口一番、説教をされた。


 現在――うしの初刻、つまり11時だ。

 本来の拝謁予定はたつの下刻、9時であった。二人はの刻の正刻、10時に目覚め、親族に挨拶回りをし今に至る。急いだが起きた時点で遅刻は免れなかった。


 二人は揃って謝罪する。


 「申し開きもございません」


 「まったく……、優淑こちらに」


 溜息を吐く皇后は然程に怒っていない様子だ。呼ばれた優淑は座る皇后の御前に歩み寄り、差し出された両の手に自分の指先を遠慮がちに乗せた。ぎゅっと握り返す皇后は上機嫌に瞼を細め喜んだ。


 「二人の成婚、改めて祝福するわ。おめでとう」


 「皇后様ありがとうございます」


 「赤がとても似合うわよ」


 皇后が褒める優淑の贅沢に刺繍が施された衣服は赤色だ。中々に重く動き難い花嫁衣裳を着ての挨拶回りは厳しい。故に花嫁は翌日、花嫁衣裳に模した赤い長衣を纏う。定番且つ習わしだ。因みに煌侃は黒い軍服に黒の外套を羽織っており、金糸の鳳凰刺繍は優淑と対でできていた。


 「陛下と皇后様のご厚意のお陰でございます」


 煌侃と優淑が婚儀で着た衣裳も含め、獅龍帝と皇后が崇爛城一の縫い師と縫仕ぬいしに指示し作らせた、謂わば贈呈品だ。でなければ短期間でこれらすべてを完璧に仕上げる事は困難、否、無理に等しい。


 「陛下も此度の成婚を祝していらっしゃるわ。人生最大の喜びに、煌侃、貴方アナタの昇進も考えてらっしゃるのよ」


 「有難く存じます」


 煌侃は平伏して感謝した。


 「立ちなさい」


 皇后の許可で煌侃が起立する。


 「時代は変化しましたが崇爛城は未だ……、権謀術策けんぼうじゅっさくが絶えないわ。皇族や貴族は生き延びるのに必死よ。優淑はいずれ一等伯爵夫人、だからこそ煌侃、優淑、夫として妻として、互いを支え、如何なる時も選択を恐れず、如何なる時も正義を忘れず、信じた道を進みなさい。後悔なき過去はないものだけど、愛する者と一緒なら未来は明るいわ」


 皇后の優しく諭すような口調に、煌侃と優淑は視線を絡めた。しっかり胸に刻んだ確認を目でする。眉尻を上げた煌侃の瞳に宿る意思は強い。


 「伯母上様おばうえさまの一言一句、銘記めいき致します。永遠に朽ちぬ愛で優淑は必ず私が守り、夜条風華家の名を落とす所業も致しません。ご安心を」


 「ええ、信じているわ。婚儀と挨拶回りで疲れたでしょう? 下がっていいわ」


 「――


 「失礼致します」


 二人は腰を低く正面を向いたまま、客間を出、高華宮を後にした。先程まで花の如く舞っていた粉雪は見当たらない。


 ――二人を照らす空は凍て晴れだ。


 風も吹かず澄んだ空気は心地が良い。煌侃が優淑の右手を攫い、指を絡める。

 

 「帰ろう」


 「はい」


 煌侃と淑、二人が歩む先はずっと一緒だ。肩を寄せ仲睦まじく歩く背中は、相手を想う一途で揺らがない愛に溢れていたのだった。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る