第十二話:武道演武大会
年に一度――武官が日頃の鍛錬を披露する日、待ちに待った崇爛城最大の行事、武道演武大会が執り行われていた。
兵軍省・軍政を司る行政機関に所属する武官は武器携帯を定められた官職だ。人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う。歴代の偉人達が築き上げた帝国の平和と安寧及び繁栄を一身に背負う彼らは、正に帝国一の
大会は毎年披露する種目が異なり、今年は剣道、薙刀、剣術、柔術、杖術、砲術などの幅広い演武が行われていた。普段は縁遠い最高峰の戦闘の緊張感を間近で味わえる武術に加え、忠誠・勇敢・犠牲・質素・情愛・人格の
軍将官・
――数刻後、獅龍帝が武官に賛辞を贈り今年も大盛況に大会の幕が下りる。
「
「お前を崇爛城に入れて正解だったな」
「昇進も夢じゃないわね」
武道演武大会は終了したものの、やはり余韻は冷めやらない。
なかには単に仕事の人脈を広げるために訪れた見学者もいる。上位階級の貴族と交流し、事業上最大の資産、
とある一角は取り分け、周囲の興味が一点に集まっている。遠巻きにひそひそ小声で耳打ちし合う光景は品性の欠片がない。
「あちらにいらっしゃったわ」
「お近づきになれないかしら」
「陛下もお褒めになっていたな」
「伯爵の後ろ盾はデカイぞ」
そこには木陰の下で一際異彩を放つ、伯爵の爵位を持つ上位階級の名門貴族がいた。夜条風華家だ。
彼らは注目に慣れている様子で
きょろきょろ辺りを見回す優淑に煌侃が問う。
「どうした?」
「背筋がぞわぞわして……、誰かこちらを窺ってませんか?」
「打算的な意図を隠す気もない連中だ、気に留めなくていい」
外側に立つ優淑を内側に移動させ、煌侃は優淑の壁になった。返答と行動を今ひとつ理解できない優淑に、煌侃の母が「あらあら」と頬に手を当て微笑んだ。
「ねえ優淑ちゃん、武道演武大会初めてだったんでしょう? 楽しめた?」
煌侃の母で円の妻、
繊細な色模様の玉かんざし、枠内透かし彫りの細工が施された平打ちかんざし、蒔絵を施したバチ型かんざしなどで黒髪に彩りを添えている。
卵のような輪郭に丸みのある額、大きい目は目尻が少し垂れていて優しさがあった。若干丸い鼻の形は穏やかな性格を、太くしっかりとした眉毛は芯の強さを、ピンク色のふっくらした唇は穏和な人柄を印象付ける。165㎝の身長は優淑と大差なく、40歳の同年代が嘆く容姿は美しく
「一つ一つが圧巻の迫力でした。まだ心臓が鳴り止まないです」
「煌侃も格好良かったでしょう?」
茜音の悪気ない返しに、煌侃がいち早く反応する。横目で優淑を一瞥する煌侃を両親は仏の顔で見守っている、面白い絵図だ。
「はい。お怪我をなされないか冷や冷やしましたが、煌侃様はとてもお強く、多種に才能がある素晴らしい殿方です」
優淑は素直な感想を述べた。満足気に胸を膨らませる煌侃に、母親の茜音は何故か涙ぐんだ。父親の円が茜音の背中を摩る。
「優淑ちゃんのお陰で煌侃が人並みな恋を……」
「茜音、涙は二人の人生の晴れ舞台にとっておきなさい」
煌侃の結婚を諦めかけていた茜音は、円に昌映の厚意である縁談の経緯をあれこれ説明されて煌侃が承諾したと聞いたとき、嬉しさと興奮のあまり気絶した。実のところ此度が初対面の茜音と優淑、円が絶賛していた通り見目麗しい未来の息子の嫁は愛想がよく気立てもいい、茜音にとって願ってもない理想的な
――夜条風華の血は絶えずに済んだ。
煌侃が縁談を断る度に蓄積していた茜音の計り知れない不安が、優淑の笑顔で一枚一枚丁寧に
「二人の門出が待ち遠しいわ……」
雑念からも解放された茜音は、優淑に感謝こそあるが格の低さ云々を含め不満はない。いそいそ動作を弾ませ、茜音が懐に忍ばせていた護符を優淑に手渡す。
「幾つかお寺で求めてきたの、優淑ちゃんに」
「ありがとうございます……」
心身の安定を願う平安符、身体を丈夫にする健康符、夫婦円満の護符、子宝に恵まれる
「………」
煌侃が微動だにしない優淑の手元を覗き込んだ。煌侃が円に目配せする。
「茜音、熱心なのはいいが、ちと気が早いんじゃないか?」
「私は遅いほうです。有って困るものじゃないでしょう、ねえ優淑ちゃん」
円の意見を蹴飛ばし茜音は優淑に賛同を要した。
「は、はい」
「はあ……、私もようやく
「大袈裟じゃないか」
「
円と茜音は仲睦まじい。二人の言い合いに心地よく耳を傾けていると、不意に女官達の
「夜条風華家侍衛、ご結婚されるんですって」
「麗優淑でしょう? 陽敬宮の、下位女官よ」
「信じられないわ。事もあろうに下位よ。平民よ。
「ええ、自分が夜条風華侍衛に嫁ぐって」
「その杏林さん、麗優淑を殺めかけていま
「――――ッ」
女官達は一斉に息を呑んだ。唖然と二の句を告げない女官達と優淑はぱちり目線が交わった。刹那、煌侃が優淑の視界を左手で遮る。
「……煌侃様?」
「雑音に翻弄されるな」
「お心遣い痛みりますが私は平気です、根も葉もない噂は多少傷つきますが真実ですし受け流せます」
煌侃はそっと自分の左手を外した。来世をも見通す澄んだ瞳が真っ直ぐ煌侃を見上げている。この表情を煌侃は堪らなく好んだ。
煌侃は体を斜めに傾け、囁く――。
「……好きだ」
低く甘美な、か細い呟きだった。煌侃の突然の告白に優淑の耳端が真っ赤に染まる。
「おお、
「誰のせいですか……っ」
「私だが?」
煌侃は片方の眉尻を上げ、自信満々に両腕を胸の前で組んだ。優淑は両手でぱたぱた火照った首元を仰ぎ、羞恥心を隠すよう下唇を噛んだのだった。
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