第二話:陛下の褒美
そのひとつ
そんな豪華絢爛な重玲殿に、
「
短く刈られた綺麗な頭の形、スッと通った鼻筋、主張し過ぎない頬骨、薄い唇に三日月型の眉毛、一重で切れ長の目元は力強い印象を与える、バランスが取れた顔だ。堂々と胸を張っていて姿勢も良い。
獅龍帝は黒い軍服の礼服の上に、
「――
煌侃が右手を胸に当て敬意を示す。左手には脱いだ官帽を持っていた。煌侃は長い黒髪を前髪も含め後頭部でひとつに束ねている。腰まで垂れた髪は優淑より長い。
「
獅龍帝に寄り添い立つ
皇后は
皇后の美貌と技芸は
「心から身を案じ叱咤してくれたと喜んでいたわ」
穏和な眼差しと丸みある皇后の語り口に、緊張で体が硬直していた優淑はようやく息が吸えた感覚になった。そして肩の力を抜くと、左手を右手の上に組み、下腹部で軽く交差させ、伸ばした背筋をゆっくり傾けた。
「身に余るお言葉でございます」
麗家は平民で上位階級に比べれば当然の如く格は低い。けれど優淑にも女性としてそれなりの
皇后は優淑の立ち居振る舞いに感心した様子で微笑み、その斜め後ろに控える煌侃に目配せした。彼は皇后に同意を示す相槌を打ち、獅龍帝に頭を下げ言葉を述べた。
「――陛下。内地は我々武官の関するところではないので、崇泰内地を見回る警備兵に聞きましたが、近頃内地で不穏な動きをみせる者達とこの
「承知した」
「幸いに皇太子に怪我はなく、危険を顧みず身を挺して皇太子を守ったこの
継いで要望する煌侃に皇后も続いた。
「陛下、私からもお願い致します」
獅龍帝は二人を交互に見やり、優淑に視線を向けて問う。
「そちの名を聞いていなかったな」
「麗優淑と申します」
優淑は素早く両膝を突き答えた。肩を後ろに引き姿勢を正す優淑は清らかで儚い。
獅龍帝は一呼吸置き、口を開いた。低く重圧ある声に優淑は耳を傾ける。
「麗優淑、此度の一件、褒めて遣わす。そちの勇気ある行動は誉れだ。第一皇太子の命の恩人となった麗優淑に敬意を表し、この
獅龍帝から発せられる一言一句、それは優淑の想像の域を遥かに超えたものだった。あの時あの場所に自分がいたことは偶然か必然かそれとも天の導きだったのか、突然に皇太子の命の恩人となってしまった優淑は、一刻も満たない内の目まぐるしい変化に自分の意識を合わせていくだけで精一杯である。
しかし獅龍帝を御前に眩暈を覚えてる暇はない。気持ちを奮い立たせ、優淑は今を乗り切ろうとした。
「過分な賛辞、至極恐縮にございます。父と母はすでに冥土に旅立っており、きょうだい、親戚もいない麗家は私ひとりとなるのですが、陛下より頂いたお言葉は必ず二人に届いており、生前、充分な親孝行ができなかったため、このような形で叶えられたこと大変光栄に存じます」
「
「有難く存じますが、生前の父はよく私に『子は皆平等に帝国の宝』だと教え諭しておりました。あのとき荷馬車に轢かれそうだった者が皇太子であろうと奴隷であろうと私の選択はひとつしかなかったのです。陛下、私は父の教えに従ったまで、褒美は陛下に謁見できただけで充分適っております」
穏便にやんわり断る優淑に皇后が感嘆のため息を吐いた。
「優淑、あなたは何歳になるの?」
「十八になります」
「――陛下」
優淑の返事に皇后が獅龍帝に提案する。
「申してみよ」
「優淑を崇爛城に置いては如何でしょう? 私のみる限り優淑は思慮深く、慎ましい
「
誰もが出入りできない尊い崇爛城の
「この上ない褒美となりましょう。陛下の富んだ
皇后はそれらを受けずして優淑を後宮女官に迎える算段らしい。獅龍帝は暫く考える素振りをし、首肯した。
「……うむ、皇后に任せよう」
「ありがとうございます。優淑、よろしいですね」
問答無用の笑顔だ。獅龍帝と皇后の結論に、優淑の異論は許されない。
「拝承致しました」
潔く受け入れた優淑の藤の花の耳飾りが揺れる。煌侃は心情を察し、慎重に切り出した。
「皇后様、麗優淑に三日ほど身支度の期間を与えては」
「そうしましょう。三日後の
「――
「優淑、よいですね。こちらで諸々用意しますから
辰の刻、つまり午前八時前に崇爛城の正門に着けば問題ない。
「はい。心遣い感謝致します。夜条風華侍衛、よろしくお願いします」
煌侃のお陰で即刻の流れが消え去った。優淑は煌侃に頭を下げ、硬い表情を解いた。
「…………」
不意打ちの無防備な笑みに煌侃は片方の眉尻を上げ、さっと視線を逸らし無言で返答する。同時に口角に浮かんでいた満更でもない様子は皇后のみ知るところだ。
「――二人共下がってよい」
獅龍帝が指先で合図した。皇后も首を縦に振り退出を促す。
「
「失礼致します」
煌侃と優淑は挨拶し一礼した。正面を向いたまま後退し重玲殿を後にする。
――空は束の間に茜色に染まっていた。澱みなく循環する風が心地良い。
「……人生なにが起きるかわからないな」
優淑は余分な熱を攫う冷たい空気を肺に取り込み独り言ちる。昨日降った雨の水溜まりには、身長186㎝の煌侃と162㎝の優淑二人の影が、でこぼこに反射していた。
煌侃が優淑の憂いを帯びた瞳を見下ろす。魅力的面貌の煌侃、文句のない容姿端麗な優淑、傍から見れば釣り合った二人だ。
「
「ありがとうございます」
並んで歩く二人の背中を、こっそり他の侍衛や
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