第21話 「私、砂糖吐きそうだわ……」






「今日の午後って暇?」


「めちゃくちゃ暇」


「………ならさ、このままデートしたい」



 駅前のハンバーガーショップを視界に捉え、目的地まであとは信号が青になって渡るのを待つばかり。


 朝の騒動から落ち着いて、やっと昼ご飯にありつけるという時に菜々がそんな提案をしてきた。



「デートか……」



 菜々に告げれた言葉を奏人はリピートする。


 二人きりで遊びに行くことは多々あれど、こうもはっきりとその単語を告げられたのは初めての出来事だった。


 なので心の中では少しばかり動揺……なんてレベルではなく戸惑いの嵐が吹き荒れ始めていた。



(きゅ、急にどうしたんだこいつ? 今までの前例通りならこちらの都合などお構いなしに好き放題連れ回すくせに、『デートしたい……』だなんてこちらにも配慮のある、それでいて甘酸っぱくドギマギするようなセリフを口にするなんて。覚醒か? 女子力覚醒したのか?)



 巡り巡る思考の末、されどどう返答したものかと困り、ふと横に立つ菜々の様子を伺い見る。


 だがその表情には照れなどなく向かいの通りをただじっと見つめたまま。



(あー………幼馴染普段の延長線上のやつかなこれは)



 それも『欲情させる宣言』に絡んできそうな予感がある。


 ならばその提案を深く考える必要もない……か。


 いつもの距離感、いつもの感覚で相手をすればいい。


 少しばかりの違和感は拭えないけど。



「いいよ。じゃあデートするか」
















ーー数十秒前……






「………ならさ、このままデートしたい」






 束の間の沈黙。


 その間に菜々の心の中はで激しくもんどり打っていた。



 (あ〜〜〜!!!!! 言っちゃった! 言っちゃったよあたし!)



 信号待ちで横断歩道の手前で二人きり。


 今朝目の当たりにした事件同衾のせいで言いそびれていたのだが、わざわざ朝から奏人のもとを訪れた目的をやっと言葉にすることができたのだが。



「デートか……」



 奏人はそう呟いたっきり、黙り込んでしまった。











 昨日開催した翠ちゃんとの二回目の『欲情させたい』会議。


 カフェで一回目の戦果報告から始まり、その残念な内容に奏人と同じようなお叱り属性を詰め込むなを翠ちゃんからも受けて、さらにはコスプレに求められるものを奏人よりも延々詳しく聞かされて小一時間。


 もう訳の分からないオタク講義に疲れ切ったあたしに翠ちゃんがくれたアドバイス。



「ベタなことでもやってみればいいんじゃない? 笹羅木くん、オタク関連でもそういうの弱いみたいだし」



 その提案にあたしの頭の中で、ある場面が舞い降りた。


 それは少女漫画の1シーン。


 主人公の女の子と中学時代の片思い相手である男の子。


 偶然のはずみでキスをしてしまった後に、男の子の方からもう一度きちんとしたキスを返されて互いにしばしの沈黙。


 なぜ黙っているのかと主人公の女の子が男の子に問いかけると、



『だって照れんじゃん』



 赤面しながら男の子が放ったその一言がいつの間にか奏人に、そして向かい合う主人公があたしに脳内では置き換わっていて……




 そんな夢に心浮かされながら、人差し指でそっと自分の唇を触ってみる。



「………(ボフンッ)んっにゃわ゛〜〜〜〜〜!!!!!」


「ちょっと菜々っ! 静かに!」



 あまりの恥ずかしい妄想に死にたくなって店内で叫び声を上げてしまった。


 周囲のお客さんの視線を集めてしまい、背中を丸めてやり過ごす。


 誤魔化すように口にした、甘めのカフェオレの味が全然分からない。



「……妄想したわね」


「んぐっ! こほっ、こほっ…」



 翠ちゃんの鋭い指摘に軽くむせてしまう。



「な、な、な、にゃにを言ってるのかな翠ちゃん!?」


「顔に全部出ちゃってるわよ」


「そんなわけないじゃん!」


「笹羅木くんとのキスでも想像してたんでしょ……」


「なぜそれを!?」


「ほんと、中身は初々しいくらいの乙女なのに、なんで笹羅木くんの前でその一割でも出せないかしらね」


「だって……そんなの奏人が知ってるあたしじゃないもん……」



 俯きがちにポロリと出た本音。


 そんな本音に一番の仲良しが返してきた反応は。



「私、砂糖吐きそうだわ……」


「えぇ、大丈夫?」


「本気にしないで。喩たとえだから」











 そして迎えた作戦決行日。



 作戦その⓪

 まずはデートに誘う!



 キスなんて恥ずかしいから絶対に無理。ていうかそういうことはきちんと付き合ってからじゃないとダメだし……


 けれどデートに誘ってドキドキさせることくらいはできるはず。


 奏人に自分は女の子だってことを少しでも意識させるのだ。


 不発に終わった一回目コスプレ鍋の反省を活かし、今回は変化球ではなく直球ドストライクで勝負あるのみ。




(にしても奏人、全然返事してくれない……もしかしてあたしとデートするのは嫌、だったりするのかな……)



 改めて思い返すと、内容はともあれ自分は一度奏人に告白を断られているのだ。


 だとしたら、こうして今まで以上に仲を深めようとするのをもしかしたら心の中では迷惑に思っているのかもしれない。


 そんなネガティブな思考に取り憑かれてしまって、ジワリと少し切なくなってしまった心の内を隠すように正面を真っ直ぐ見据える。



(だめだめ。あたしは奏人の前で絶対に俯いたりしないんだから)



 返事の返ってこないたった数秒が、今は数時間にまで感じられてしまう。



「いいよ。じゃあデートするか」



 普段の調子で自然に。そう口にした奏人の顔を横から見上げると、いつもと変わらない安心感に心が満たされて蕩とろけそうになってしまう。



(って違う! あたしがドキドキさせられてどうすんのよ!)



 ほんっとに、これでは普段と何も変わらない。


 あたしだけが一方的に、勝手に心の中でときめかされている。



(見てなさい奏人! 今日はあたしの女の子らしいところ見せてあげるんだから!)



 そう決意した、菜々による『ドキッ♡女の子らしい仕草に萌えだよ』作戦(翠ちゃん命名)が幕を開けた。






現在の菜々の勝敗

〜〜 0勝1敗





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