第19話 「えっちなことしたの!? ねえ、えっちなことしちゃったの!?!?」






 土曜の朝という本来は二度寝に興じるはずの時間を、おれはベッドの上で正座をしながら過ごしていた。


 目の前に仁王立ちする幼馴染菜々を見上げながら。


 チラリと背中に目をやると、おれと菜々が気まずい空気になっている元凶はいまだにスヤスヤと眠りについている。


 結構騒いでるのにどれだけ熟睡してるんだよ……ああ可愛いなあもう。



「で? どこまで手を出したわけ?」


「どこまでも出しておりません。イエス妹ノータッチの精神を遵守しております」


「……楓ちゃん、あんたの妹じゃないんだけど?」


「おれは楓のことを本当の妹としか思っておりません。この言葉に嘘偽りはありません」


「それってただのやばいやつじゃない……」



 呆れた、といった様子で菜々はため息をつく。



「………ほんとに何もしてないの?」


「一切してません」


「ほんとのほんとに?」


「菜々に誓って」


「っ……なら許してあげないことも……ない」


「ありがとうございます!」



 これにて弾劾裁判は閉廷。


 被告人は無罪放免で釈放されることになる。


 ………だがそうは問屋が卸さない!






「あっ……お兄ちゃん…………それ以上入れちゃ…ダメぇ……」






 それは神の悪戯による爆弾の投下、はたまた彼を地獄の釜へと誘う禍音。



「………」


「………」


「すぅー…」


(ビクッ)


「ふぅーーー…」


(ホッ)



 深呼吸を終えた菜々の表情は、それはそれは聖母のように穏やかな微笑みだった。



「えっちなことしたの!? ねえ、えっちなことしちゃったの!?!?」


「してない! してない! 断じてしてないってば!」



「んぅ……?」


ーーモゾリ……



「じゃあ今の寝言は一体何なのよ!?」


「そんなのおれの方が聞きたいわ!」


「こ、高校生になったばかりの楓ちゃんに一日で手を出すなんて!」


「待て待て! この状況をよく見ろ! おれはちゃんと服も着てるし、楓だってパジャマを着てるじゃないか」


「つまり着たままでプレイ……」


「どうしてそうなる!?」



 おれと菜々が横でギャイギャイと騒いでいるのには、流石の楓も耐えられなかったのだろう。



「ふぁぁ……あれ?」



 可愛らしく寝ぼけた眼を擦りながら、ベッドの上にちょこんと座った。



「ここって……?」


「楓!」 「楓ちゃん!」


「わっ……」



 おれは無実を証明するため、菜々は真実を突き止めるために寝起きの楓へと詰め寄る。



「お兄ちゃんと、菜々ちゃん? ふぁ、おはよ……」



 にへら、と可愛い笑顔におれと菜々は共々心を撃ち抜かれるけども、いち早く心を取り戻した菜々がおれを押し除け、ずいっと楓に近寄った。



「おはよう楓ちゃん。朝からごめんね。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「うん〜……何でも聞いて……」



 待て待て待て。


 楓のやつまだ寝ぼけてないか?


 様々なアニメを見てきたおれの勘が警告を鳴らしている!


 余計なことを口走ってさらに誤解を招く展開しか見えない!!!



「楓、ちょっと待っ……」


「奏人は少し黙ってて」



 楓とは別の意味で、ギロリとこちらの心を射抜いてくる菜々。



「はい。黙っています」



 おれはすぐさま白旗を上げた。


 あああ、無理無理。


 普段のやり取りならおれの方が主導権を握っているが、今は完全に菜々に主導権を握られてしまっている。



「楓ちゃん。昨日の夜、奏人と何かした?」


「昨日の……よる?」



 バクバクと心臓の鼓動が高まっていく。


 頼む楓!

 

 これ以上場をややこしくする余計なことは言わないでくれ!




「よる……夜……………〜〜〜〜〜っ!!!!!(ボッ)」



 楓は『夜』と何度も呟いて、それから急に頰を真っ赤に染め上げて顔から湯気をだし、手元にあった枕を抱いて声にならない悲鳴とともに顔を覆ってしまった。



「か〜な〜と〜?」


「待って! この展開は予想してない!」



 まさか何も言わない方がさらに事態を混沌化させてしまうだなんて夢にも思わなかった。



「じゃあ楓ちゃんのこの様子はどう説明するの?!」


「知らない! 知らない! おれは何も知らな〜い!!!」



 今度はおれの方にこれでもかと詰め寄ってくる菜々に対して必死の弁解を試みる。



「菜々! おれ以外にはある鋭さをここで発揮してくれ! お前が冷静になればおれが無実だって絶対に分かるって!」


「そんなこと言われたって、こんなのどうしようもないほど有罪………奏人、その手の下にあるの……何?」


「へ、手の下?」



 そう菜々に言われて手元を確認すると、ソレゴムが置いてあった。


 昨日、那須野家から帰ってきて、ポケットにあったソレをとりあえず無造作に枕の下に突っ込んだのを完全に失念していた。


 一般的に大人な男女の営みで使われるソレが。



(と、智和さーーーん!!!!!)



 心の中でこんなものをくれた犯人の名前を叫ぶ。



「アレ……よね?」


「ここで逆方向に鋭さを発揮するなよぅ!」



 もはや泣き言しか出てこない。




「覚悟は……できてる?」



 ニッコリと冷たい声で、最後の審判の時が訪れた。


 楓はいまだに、何らかの羞恥で悶えたまま。


 反論してくれる気配はなさそうだ。


 だからおれは……



「優しく……してね?」



 昼前の閑静な住宅街に、それはそれは見事なビンタ音が響いたそうな。






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