第15話 「末長く爆発しとけやこのおしどり夫婦がよぉーーー!!!!!」






「それじゃあお兄ちゃん、今日の夜ちゃんと忘れずに来てね」


「ああ、分かったよ」



 結局あの後、楓と二人きりで他愛もない会話をしながら歩いて15分ほどの登校を終えて、今は階段の踊り場。


 別れ際に楓から今晩の夕食のお誘いを受けていたところだ。


 おれが高校から実質一人暮らしを始めてからというもの、お隣さんのよしみで週に二、三回は那須野家に夕飯をご馳走になっている。


 今日は楓の高校入学祝いも兼ねて、仁美さん楓のお母さんが腕によりをかけて料理を振る舞ってくれるそうだ。


 ……違うから、間違ってもたらし込んでなんかいないからな(第十二話参照)。


楓とも仲良くて色々と心配してくれてるだけだから。



 

 楓が階段を上って行くのを何気なく見送っていたら、視線に気づいた楓がこちらに可愛らしく小さな仕草で手を振って来た。


 それにおれも軽く手をあげて応える。


 すると楓はキラキラした笑顔を振りまき、階段をリズミカルにトントンと上っていった。


 んんっ〜……全く天使すぎかよ。





〜〜〜





 新しい教室、新しいクラスで受ける授業も既に三つが消化され、昼休みに入って弁当を美味しくいただいた昼下がり。


 思考回路が少し年寄りなおれと蓮也は、陽の光がよく当たるベンチに腰掛けてのんびりだらりと過ごしていた。



「なぁ〜なぁ〜、奏人=」


「……なんだぁ〜、蓮也」


「何で今日そんなに疲れてんだ?」


「疲れてる? 誰が?」


「だから奏人が」


「………」


「………」


「……すげーなお前、よく分かったな。いつも通り振る舞ってたはずなんだけど」



 昨日は家に帰ってから夢の中、果ては寝起きにまで幼馴染菜々の奇想天外な行動に振り回されて全く気が休まらなかった。


 登校する間に、いくら妹分である楓の可愛らしい言動に癒しを受けたとはいえ、デトックス効果には限界がある。


 有り体に言えば、精神的に疲れている。



「ま〜、普段より反応鈍いし、授業中俯く回数も多かったからな。あ、チョコいるか?」


「いる」



 そう言って蓮也が手渡してくれたのは小さな包みに分けられたキット○ット。


 此奴、おれの不調に気づいてチョコまでくれるだなんて、男のくせに菜々よりヒロイン力があるんじゃなかろうか。



「なんか悩みがあるなら聞くけど?」


「あ〜、別に悩みってほどのものでもないんだが」


「一人で抱え込まない方が楽だぜ?」


「ん〜、それもそうだな〜」



 中学の頃から友情を築いてきてもはや互いに親友とまで呼べる仲。


 今は彼女はいないみたいだが、人当たりが良くて面倒見のいい性格もしてるから中学の頃からそれなりにモテていたし、女子とのきちんとした接し方も心得ている。


 今の菜々からおれの受けてる状況アプローチにも的確なアドバイスをくれるかもしれない。



「実は……」



 おれは蓮也からもらったチョコの封を開け、口に放り込んでから昨日の事の顛末を語り始めた。






「……と、いうわけなんだ」



 昼休みも残り短いのでとりあえず一通り。


 告白されたこと。


 それが『欲情させたら付き合う』という斜め上の案に落ち着いたこと。


 そして欲情させるためにおれの家でコスプレをしていたこと、晩ご飯を作ってくれたことなどを軽く伝えた。


 菜々の名誉のために着替えを覗いてしまっただとか、料理した後の台所が混沌カオスだったりしたことは省いて伝えてある。



「これからも何をしでかしてくるかと思うと気苦労が尽きなくて」



 一方でそんな話を静かに聞いていた親友は、今は何か悟りを開いたかのように落ち着き払った様子で天を仰いでいた。



「奏人……」


「おう」



 こいつならきっと何か良いアドバイスをくれるはず。


 奏人は期待を胸にゆっくりと開かれた蓮也の口に耳を傾ける。



「末長く爆発しとけやこのおしどり夫婦がよぉーーー!!!!!」


「うわっ、急に大きな声出すなよ。耳に響く」


「うるせえよ! あれか? あれなのか!? 自慢か? 相談風自慢ってやつかぁ!?」


「いや、おれはほんとに困ってて……」


「どこの世界に可愛い幼馴染が迫ってきて応えない奴がいるんだよ。贅沢すぎる悩みだってことをさっさと自覚しろボケェ!」


「あ、はい。なんかすみません」


「全く……」



 ベンチに上半身を預けてダラリとする蓮也。


 急に熱くなって思うところを叫び、言いたいことを言い終えた今は全身の力が抜けて冷め切ってしまったようだ。


 けれど今度は先ほどよりも至って真面目な口調で、蓮也は問いかけてくれる。



「……んで? 奏人がほんとに悩んでることは?」



 こういうところをちゃんと見抜いてくるあたり、おれはこいつに相談してよかったと心から思う。




「……中学一年生の時の出来事、覚えてるか?」


「……忘れるわけねーじゃん。俺とお前が友達になったきっかけなんだから」


「それがきっかけになって、巡り巡って今でも菜々とはなんだよ。ずっと……」



 脳裏によぎるのは、二人の距離が1mmだって縮まなくなってしまった、あの夏の記憶。





「だから付き合えないって?」


「………少なくとも今は」


「ほんと難儀なやつ。そのうちはげるんじゃねーの?」


「それはまじで勘弁」





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