第10話 「でも嫌いじゃない」






「お腹空いた……」



 あの後とりあえず菜々を部屋から追い出し、自分は部屋着に着替えて風呂掃除が終わったところ。


 時刻は19時20分。そろそろ晩ご飯にしてもいい頃合いだろう。


 今日の晩ご飯はどうやら菜々が作ってくれているらしく、普段の菜々を見ていると不安もあるが少し楽しみでもある。


 リビングへと戻り、テレビを見ながらソファで緩みきっている幼馴染へと声をかけた。



「菜々〜、そろそろ晩ご飯にしよう」



ーービクっ……!



 そう呼びかけると、晩ご飯を用意すると意気込んでいた当の本人は小動物のように全身を硬らせ、そして顔をゆっくりそろ〜っと、おれがいる方向とは反対の方向に向けた。



「菜々?」



ーーバッ……



 菜々が顔を背けた方向に位置どって顔を覗き込もうとすると、瞬時に反対側を向く。



「…………」



ーースッ……


ーーバッ……


ーースッ……


ーーバッ……



(コイツ……さてはまた何かやらかしたか)



 おれが顔を覗き見るのを諦めて台所に行こうとすると、それに気づいた菜々が猛ダッシュでおれの進行方向へと立ち塞がった。



「スト〜〜〜ップ!!! 奏人ストップ!!!」


「な、急になんだよ」


「これ以上は入っちゃダメ」


「ここ、おれの家なんだけど……」


「いいから、奏人は座ってて。すぐご飯の準備するから」


「準備くらいならおれも手伝うって」


「い・い・か・ら」


「わ、分かったからそんな威嚇する犬みたいになるな」



 菜々のガルルルルッ、という威嚇を受けて仕方なく引き下り食卓のテーブルへと向かう。






ーー数分後……



「はいお待たせ! 今日の晩ご飯だよ!」


「おぉ……?」




本日の献立


・ベチャベチャのおかゆ


・インスタント味噌汁


・20%引きのシールが貼ってあるプラスチック容器に入った牛肉コロッケ




「菜々さん……」


「見ないで! そんな目であたしを見つめないで」


「台所にあった料理の痕跡は……?」


「ちゃんと片付けるから許してください」



 頭をペコリと下げ、仔猫みたいに縮こまっている姿を見せられてはそれ以上何も追求することはできない。


 まぁ、こうしてご飯を用意してくれただけ有り難いというものだ。



「分かったよ。それより食べよ。もう腹ぺこだ」


「うん! あっ、あともう一品だけ……」


「もう一品?」



 そう言って菜々が食卓の上に並べたのは、焦げた茶色がメインの横長で直方体のブツ。


 ……………。



「えっと、これは?」


「その、卵焼き……」


「卵焼き」


「昼のお弁当に楓ちゃんが作ってきてたって聞こえて、それであたしも作ろうかと……」



 その言葉に奏人は目を丸くする。


 楓ちゃんに対抗心を燃やしたってことか? あの菜々が?



「……いただきます」



 一口サイズに切られた卵焼き(らしいもの)を一つ箸でつまみ、口に中に放り込んだ。



「ど、どう?」


「……か、からいかも」


「む、無理しなくてもいいからね? 残ったらあたしが……」


「でも嫌いじゃない」


「っ〜〜〜!!!」



 そうしてすぐに二切れ目を箸で掴んで、おかゆと一緒に食べる。


 おかゆの水分で卵焼きのパサつきと、醤油のからさが和らいでこれはこれでいいかもしれない。



「よ、良かったぁ〜……」



 手でキュッと胸元を押さえ、菜々は本当に嬉しそうな、それでいて心から安心した表情を浮かべていた。



「ーーゴフっ………!」


「奏人っ!?」


「ゴホッ、ゴホッ………ごめん咽むせた。み、水。お茶でもいい」


「や、やっぱり食べない方が……」


「違う違う、ちゃんと美味しいから。卵焼きは悪くないから」


「じゃあなんで咽せたの〜?」




 ……言えない。


 言えるわけがない。


 『良かったぁ〜』と胸を押さえて心から安堵する菜々の姿に、不意を衝かれて思わず心がグッと引き込まれ、そしてまあ有り体に言えば『萌え』てしまったことは、恥ずかしくて素直に言えなかった。






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