第8話
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千晶がモンブランを追加で注文したので私はチーズケーキを店員に頼んだ。それと温かい飲みものももう一杯ずつ。
「私は瑞香がいつか言っていた友達のように強くはないわ。だから溢れ出る愛情を与えて相手を私好みに変えることもできない。だから有り得るとすれば、砂のように少しずつ根気よく彼が私のことを切り崩してくるということになるけれど、でもそれはどうなのかしらね。現実味はかなり薄いわ」
彼女は片手をひらひらと振って大袈裟に残念がった。
千晶はこちらからでも分かるほどにあれやこれやと条件を重ねて考えていた。脇目を振らずに真理へ直行するのが皐月だとすれば、ふらふらと色んな場合を考えて楽しむのが千晶だ。千晶はまったく異なった問題を架橋し、横断するのを好んでいるようだった。おそらく可能性を吟味し、現実の広がりの手触りを確かめるのが好きなんだろう。
「あ、そういえばね。こないだ久しぶりに皐月に会ったんだけど、彼女すっかり回復していたわ。街で会ったんだけど、周りにも友達がいたみたいだったし。楽しそうだった」
「ああ、皐月ちゃんっていうんだったね。退院してからもう一年くらいだっけ」
「もう二年以上経ってるよ。だって私たちが三年の時だもん。でもあの時は千晶に助けられたなあ……。いやいつも助けられてばっかりだけどさ」
もう二年かぁ、と彼女はしみじみと息を吐いた。そして運ばれてきたモンブランにスプーンを刺した。
「でもさ、私はいつも何もしてこなかったよ。私の話を聞いてくれて、それで行動してきたのはいつも瑞香だったし。私は別に考えてるだけで満足しちゃうから何にもならない」
「それでね、なんか皐月ったらこないだ告白されたみたいなことも言ってた」
千晶はそれを聞くとぴくりと眉を動かした。
「どういうこと?」
「一流会社の人にだって。まあ、断るって言ってたけどね」
それを言っていた皐月の誇らしげな顔が頭に浮かぶ。皐月は大学を卒業した後、近くの数人と起業をしたそうだ。皐月の頭の良さと新たに覚えた指示統率力で、起業は成功し、その関係でその男を初めとした人脈ができていったらしい。それを聞いて、私なんかよりもやっぱり断然彼女は凄かったのだと改めて思うのと同時に、ずっと自分の信じてきたものが報われたようで嬉しくもあった。
銀色のフォークを刺すとチーズケーキはサクッと軽やかな音を立てた。香ばしく甘い匂いが漂ってくる。私はそれを口に運んだついでに、千晶に向かってあることを言ってみることにした。
「ねえ、千晶」
「何?」
「千晶はその男子高校生に気はないんでしょう?」
「うん」
「それならさ、私はどうなの?」
「……っ」
千晶が咳き込むのを見て、私はできるだけ悪戯っぽく微笑んでみる。
どうだろうか。
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