第4話

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 私は昔からよく夢を見た。現実を噛み砕いたようなおかしな夢だ。いや、夢というものは多かれ少なかれ現実に関与したものであるのだが、一般的なそれ以上にファンシーでメルヘンな夢だった。私はその夢に度々悩まされてきたが、今までそれが大きく私の生活を阻害することはなかった。しかしそれが膨張し、あぶくとして浮き上がってきたのは、ある事件の時、彼との恋愛が終わってからすぐのことだった。


 まずそれを知ったのは大学に来てから疎遠になった母親との久しぶりの電話でのことだった。会話内容はこれといって珍しいものではなく、最近の体調の確認とか今度の長期休暇には帰ってくるのかとか、父親の痛めていた足が少しだけよくなったこととか、ほとんどが日常に溢れる取りとめのないことであった。しかしこういった取りとめのないことの重要性を私も母も知っている。ただ、その時はその中に一つだけ鈍い光を放つ情報が混ざっていた。それはどうやら母としては取るに足らない情報の中でも付け足しの部分に当たるようで、「ああそういえば」から始められ特に強調するところもなく私に伝えられた。

「最近、冨野さんから聞いたんだけど、石田さんのお嬢さんが今大変らしいわね」

「えっ、どうしたの」

「いやあ、あんまり知らないんだけどね。それより、隣の神崎さんがこないだ海外に旅行してきたらしくてね――」

 そうして話題は隣人がくれたお土産が癖はあるものの存外おいしかったということに強制的にシフトされてしまったのだった。私はその自然な流れに抗う大変さを承知していたので敢えて聞くことはしなかったが、母との電話が終わった後に、かつての中学のクラスメイトである石田皐月に電話をかけることにした。

 石田皐月。高校進学の時に進路を異にしてそれっきり、実に六年間の空白が彼女との間に横たわっていることになる。しかしそれでも私を彼女への接触に駆り立てるのは、小中学校で彼女が私の唯一の親友であったという事実であった。

 しかし私の電波信号が相手に届くことはなかった。「この番号は現在使われておりません」の自動音声のみが耳元で繰り返された。普段の私ならここで引き返したことだろう。皐月が自分に新しい連絡先を教えていないだけだと思い、時間の流れの残酷さと人と人の繋がりの儚さを覚えたことに留まったはずだ。しかし私には嫌な予感がしていた。だから今も繋がりが絶えていない数少ない連絡先の一人に私は慣れない電話を掛け、事を知るに至ったのだ。

 電話に出た、さほど会話した記憶のない中学の頃の同級生は、私からの着信に初めはかなり戸惑った様子だったが、石田皐月の名前を出すと電話の向こうで目を輝かせたのが分かるほど、興奮を顕わにした。そうだ、確かこの子は昔も尾ひれが付いた他の人の噂話を楽しそうに喋っていた。私はそういう輪がどうにも苦手で遠目に見ていたと苦い記憶を思い出しつつも、この相手で良かったと自分の運に感謝した。彼女の言いようでは、どうやら石田皐月の「大変」なことは彼女たち、地元同級生の間では当然のように噂されていることらしかった。その当たり前のことが私の元に届いていないのは、私が地元の輪から外されているのではなく、都心部に下宿しているからだと信じたい。

「石田さんねー。あの子、元々家庭の事情ってやつ? それで色々大変らしくて――」

 彼女はそこで含みを持った調子で声を落とし「ここだけの話なんだけどね?」と訊いた。私は聞きたくてたまらないといった声色で「うんうん」と返す。これが輪のルールなのだ。

「――石田ちゃん、自殺しちゃったらしいのよ」

「え?」

 私は予期していた以上の大事に動揺した。

「し、死んじゃったの?」

 まるで電話先にいる彼女の満足した顔が見えるようだった。

「まあまあ、焦らないで。大丈夫よ、死んではいないわ。未遂ってわけね」

「そうなの……。でも、どうして」

「今は入院しているらしいよ。自殺の原因は、両親の不仲が発端になったとか、大学で人間関係がギクシャクしたからとかたくさん言われてる。いやーホント大変よね。でもほらあの子って昔からそんなに普通じゃなかったじゃない?」

 彼女の声は好奇心と嘲りに満ちていた。私は昔のことが蘇るようで、彼女から皐月が入院してるという病院の名前を聞くと早々に別れを告げた。昔を思い出すと、どうにも苦い記憶がある。誰にでもある過去かもしれないが、だからと言ってその傷は癒えない。ただそれが少しでも良いと言えるのであれば、それは傍に寄り添っていてくれた石田皐月のおかげなのだ。彼女は今でもたった一人、私の薄闇の過去に佇んでいる。あの時と同じ気怠そうな表情で。

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