41.秋雨の魔法都市

 王都セントラルシティを中心に活動をしていたSランク冒険者パーティー『爆ぜる疾風ブラストウィンド』に纏わる騒動から二週間。


 対立の一言で説明を終わらせるには、あまりにも酷い迷走の挙げ句、取り返しの付かない事件を起こしてパーティーは自然消滅を迎えた。

 最後の所属メンバーだった勇者ローランド、狂戦士ガンテツ、盗賊グレゴリーの三名が、聖騎士殺しと殺害隠蔽幇助の罪で聖王国に護送されたからである。

 パーティーを逃げるように離脱した、聖女エリア、賢者ヘンリーの二人は、先立ってパーティーを追放されたスレイに続く形で、魔法都市ルーンサイドに留まる事を選択。

 二人目のパーティー追放者である盗賊ブリジットは、王都に戻り『シーフ』のAランク認定を目指し修練中。 

 そして、ローランドの凶刃に斃れた聖騎士レイモンドはこの世に居ない。この事件は『爆ぜる疾風ブラストウィンド』に関わった者たちに少なくない影響を残していった。


     ◇

 

 ──九月中旬。セントラル王国では初秋に当たる季節。

 今年の王都周辺の気候は、うだるような暑さに見舞われる事もない冷夏で、季節感が殆どないまま夏は終わりを迎えた。

 お陰でとても快適な日々を送る事ができたが、さらに過ごしやすくなる時期に近づいている。スレイはこの秋がとても好きだった。何かと勉強が捗るからである。


 その日のルーンサイドは夜明け頃から小雨が絶えず降り続いていた。

 雨降りの朝早くから人通りの少ない石畳の歩道を歩くのは、術師のローブに上質な外套を纏った青年。

 手には質素な雨傘、もう片手には果物の入ったバスケットを持ち、肩には灰色のふわふわした毛並みをした小動物が止まっている。


「ママ~、あのわんこかわいい~! わたしもかいたい! かいたい!」

「こらっ、エミリー、人に向けて指をさすんじゃありません! ……すみません」


 親子とすれ違う。

 五歳くらいの女の子が、肩に止まる小動物を指さして大はしゃぎしている。

 少し頭を下げて親子と挨拶をかわすと、言葉を発する事なく足早にその場から離れていった。


「おい……ロイド、怒るなよ。悪気はないんだからな」


 スレイは小声で呟くと、やや強まりつつある雨足を気にしながら目的地に急いだ。

 先程の女の子が指さした肩に止まっている小動物は、スレイの行使した『降伏化』によって小型となった大灰色狼ダイアウルフのロイドである。

 その可愛らしい姿から振り向かれる事は多かったが、声に出してはっきりと可愛さを褒められる事は、そこまで多くはない。不機嫌さが肩越しに伝わっていた。


     ◇


 月の輪亭に到着すると、スレイは玄関で傘の雨露を払い、扉を開く。

 すると、鳴子の音に気付いた赤毛の少女が反応した。すっかり顔馴染みとなった宿屋の娘ジュリアである。


「おはようございます。スレイさん。雨はどうですか?」


 台所の方から包丁で野菜を刻む音が聞こえた。

 どうやら主人のマーロックは、客に振舞う朝食の準備で忙しいらしい。

 食堂を覗くと、二人の男性客が相席で朝食の配膳を待っているのが見えた。


「おはよう。少し強まってきたな。……エリアは居るかな?」

「居ると思いますよ。……エリアさん、一人の時はずっと元気がないので心配ですね」

「そうか。……あれから二週間だが。もうしばらく時間が必要かもな」


 勇者ローランドが巻き起こした凶行。

 教官に当たる盗賊カイルと共に『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の住処を見張っていたブリジット曰く、レイモンドに対し恨みを募らせての犯行らしい。聖女を巡る対立もあるが、レイモンドに対するパーティーメンバーの賞賛が気に入らなかったとの事。

 彼らは戦闘においては良く連携が取れていた。共にSランクの『アタッカー』『ディフェンダー』として申し分ない実力者だった。

 共に賞賛を受けて当然である。何がローランドの気に障ったのかは、もはや窺い知る事は叶わない。


 それ以上にスレイを日頃から憎んでいたとも言っていた。ブリジットは恨み言を常々聞かされていたらしい。実際ローランドと対峙した時にスレイは大怪我を負わされている。

 その凶刃はエリアにも二度振るわれた。心中を図ろうとしたらしいが、あの往生際の悪さから自死を選ぶかは怪しいものだった。

 そして、そんな事をしたにも関わらず、彼は常日頃からエリアを思慕していたのである。愛を拒絶されたからといって、それが殺意に転化するものなのだろうか。

 スレイにとって理解が及ばない出来事としか言いようがないし、理解したいとも思わなかった。


 エリアはロイドを溺愛するようになっていた。

 理由はわかっている。元々ロイドに対し強い愛情を持っていたのにも関わらず引き離してしまった事と、ロイドがエリアの危機に遠く離れた月の輪亭から察知し、間一髪の処で凶刃から救った事だろう。

 そして、彼女は少し人間不信に陥っているかもしれない。スレイやヘンリー、マーロックやジュリアなど近しい人間には普通に接しているが、見知らぬ人に食堂で声を掛けられると戸惑いを見せるのを何度か目撃している。

爆ぜる疾風ブラストウィンド』ではパーティーの印象を良くする対外的な顔役も務めていたが、そういった明るく優しげな雰囲気は影を潜め、憂うような儚げな表情を見せるようになっていた。


「スレイさんのお店──アトリエっていうんでしたっけ。遠いでしょう? 大変じゃないですか」

「確かに遠いな。三〇分はかかるかな。……でも運動になるから丁度いいよ。朝食と夕食もここで世話になれるしな」


 スレイは街外れにある空き家をマーロックに紹介して貰い、アトリエに選んだ。

 そんな辺鄙な場所を選んだ理由は、賃貸料が安い。ロイドの『降伏化』が不要。そして、お客が殆ど足を運ばなさそう。その三点である。


「……まあ、うちとしては助かりますけど。エリアさんが滞在してからお客さんが増えてるんです。聖女様ってやっぱり特別な存在なんですね」


 ジュリアは小声で呟いた。彼女の意思に関係なく、どうしても人を惹き付けてしまうのだろう。

 聖女は聖王国において聖女神の使いとされているらしい。聖痕を持つ者の殆どの女性が人間離れをした雰囲気と天使のような美しい容貌を持つとされている。

「聖女は特別な存在などではなく、聖痕を与えられた普通の人間である」

 ヘンリー曰く、聖王国の考えに異を唱える有名な大賢者の言葉らしいが、そう思う事はスレイには難しかった。エリアに対し、ずっと一歩引いて接してきた事を思い出す。

 聖女という存在に捕らわれ続けていたローランドやレイモンドに限らず、ヘンリーやブリジットだってそうだろう。


「後で朝食に来るよ。エリアも連れて」


 スレイは階段を上がると、二階の端の部屋まで向かう。

 そこは錬金術師試験の為に一カ月半借りていた部屋である。契約満了日にエリアが継続して借りることになった。

 この部屋は他の部屋と少し離れていて、静かな上に広々としている。静養するには御誂え向きだった。

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