40.爆ぜる疾風
馬車が去った後、乗車せずに残ったブリジットは、エリアとロイドの下へゆっくりと歩いていく。
そして二人の傍で立ち止まると、やや緊張した面持ちで言葉を紡ぎ始めた。
「エリア、久しぶり。ありがとう」
「……ブリジットさん。……私はお礼を言われるような事は」
「怪我の治療と、追放にエリアだけ反対してくれた事。お礼を言ってなかったから」
「……いえ。私も至らなかった事が多すぎて……『
二人は短い会話の後、口をつぐんでいた。
そしてブリジットは迷った様子を見せていたが、ロイドに無言のまま近寄った。
「ロイドも。今までありがとう」
そう伝えると、ロイドはブリジットに応えるように鼻を近づけた。
ほとんどブリジットとは交流を持たなかったが、そんな事でロイドが邪険にしたりはしない。
ずっと身体を張って守ってきた後衛の仲間である。
「ブリジット、僕には何かないのか?」
「ヘンリーに言わなきゃいけないお礼なんてあったっけ」
ヘンリーの問いかけに、ブリジットは振り向く事もなく応対し、ロイドの頭を撫でている。
そっけない態度にヘンリーは面白くなさそうに口を尖らせた。
「ガンテツが加入してからは、かなり気を揉んだつもりなんだけどな。……まあ、君への追放の可否は中立と言ったし仕方ないか……」
この三人の様子だと、一カ月半の間は決して順調ではなかったのだろう。凶行に及んだローランドや命を落としたレイモンドの事もある。
そしてパーティーが事実上の解散を迎え、エリアやヘンリーが今後どうするつもりなのかがスレイは気になっていた。
「これからの予定は? 俺はルーンサイドに戻るが……そういや急に飛び出したんだったな」
スレイは二階の窓から月の輪亭を無断で抜け出した事を思い出した。
フレデリカやジュリアとの会話を切り上げての事である。判断としては正しかったが悪いことをしたかもしれない。
(そういや、ロイドは月の輪亭からこの事を。……
状況から判断するとエリアの身の危険を察したとしか思えなかった。
だが、ルーンサイドからここまでは一〇キロメートルでは効かない距離。ここまで鼻が利くはずもなく神通力と呼べる何かでしか説明がつかない。
狼としてはあまりにも聡明なロイドが、普通の
「私は……当分はルーンサイドで過ごそうと思います。……少し疲れました」
エリアはルーンサイドに向かう事を告げた。
表情からも心労が見える。旅の疲れもありそうだが、ローランドの凶刃を向けられた事やレイモンドの死のショックから立ち直るのは時間がかかるかもしれない。
しばらくはロイドに彼女を癒して貰うのが良いとも思った。
「……ああ、俺もそれがいいと思う。月の輪亭っていう世話になっている宿を紹介するよ。ヘンリーは?」
「僕もルーンサイドに。……冒険者稼業は当分いいかなって。懐も温かくなったし、しばらく学問に専念しようかと思う。ルーンサイドは王都よりいい環境があるから」
ヘンリーもエリアほどではなさそうだが、普段より冴えない表情から心労が窺えた。
先程の物言いからして、スレイが去った後のパーティーの調整に難航したのだろう。あの悪名高いガンテツが加わったとなれば無理もないと思った。
「まあ、事実上の解散だろうからな。……そういや王都にある『
「みんながルーンサイドに滞在するなら、当分の間はあたしが管理してもいい。王都で盗賊の修業があるから」
ブリジットが名乗り出た。
もはや王都を拠点とする『
「いずれ処分とか考えるにしても、すぐには難しそうだしな。……訳あり物件になってしまっているし。……ローザは?」
スレイは腕を組み『
「私はルーンサイドまでエリアとヘンリーを送り届けることになっている。最後まできっちり護衛依頼を遂行するつもりだ。それを終えたら明日、王都に戻る」
「……ローザ、帰り道の護衛をお願いしていい? あたし、まだ戦闘訓練始めたばかりだから」
ブリジットがローザに帰り道の護衛依頼の可否を尋ねていた。
「今のブリジットなら引き受けてもいい。帰り道で依頼にありつけるのならば私としても助かる。……だが、知っているとは思うが高くつくぞ」
「お金は大丈夫。さっきスレイに
「……では、ルーンサイドに着いたら依頼内容を詰めるとしようか」
ローザが依頼を了承すると、ブリジットが久々に少し明るい表情を見せた。
「あの野薔薇の護衛を受けられるなんて嬉しいな。……ローザ様と呼んでいい?」
「……そういう呼び方をする者も何人かいる。好きに呼べばいい」
少しだけ普段の様子が垣間見えた気がした。
本来は明るく『
そのスタイルはずっと封印するのだろうか。もしそうならばハイテンションだった頃の彼女が懐かしくなる日が来るかもしれない。
◇
西日が傾きかけ、もうすぐ夕方に差し掛かろうという頃、一行は移動の準備を終えると、魔法都市ルーンサイドに向けてゆっくりと歩きだした。
今後の事で色々頭を悩ませる事があるかもしれない。スレイは何処か上の空でロイドの背に乗るエリアを見ながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
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