39.肯定と否定
『変成術式。黄金──
スレイが240キログラムの黄金塊に手を触れると、2.4キログラムの
「持ち運びしやすいように
スレイは受け取る予定となっている全員に確認をしてみたが、それに反対する者は誰も居ない。
遠い聖王国までの道のりを考えれば反対はしないだろうと考えていた。サンドラは
「うへえ、変成術って便利なんだね。サンドラ、あれって使い方によっては怖くない?」
スレイの変成術の様子を見ていたヴァレンティノが、サンドラに尋ねていた。
「面白そうです。いつかはわたしも習得してみたいですね」
その質問に肯定も否定もせず、サンドラは興味深そうに呟いている。
怖いというヴァレンティノの意見はスレイも同意である。変成術には無限の可能性と世界のバランスを崩しかねない危うさがある。
この二人の会話の様子だと、聖王国には変成術が伝わっていないようだった。神聖術が至上とされ魔術の地位も高くないお国柄らしいので、そういった土壌の問題もあるかもしれない。それと今の処はセントラル王国の貴族に管理され、秘匿に務めている成果もあるだろう。
「よう、ブリジット。久しぶりだな。元気か?」
スレイは切り分けられた
「一応は。……落ち込んでいられないくらい厳しい修行をしているから」
ブリジットは、明るくハイテンションだった頃とは違う、淡々とした口調で応答した。
そして──。
「スレイ、ごめん。追い出すのに加担して」
そう付け加えた後、スレイに頭を下げた。
「はは、あの後で、お前も追放されたらしいな。……ま、お互い一度捨てられた身だ。これから見返せるように頑張ろうぜ」
スレイが何でもないように言うと、ブリジットは無言で一度だけ頷いた。
「……これ、あたしが受け取る資格は」
「貰えるものは貰っておけ。話を聞く限りお前の取り分で問題ない。……財産に余裕があれば鍛錬に専念出来る。半年で『シーフ』のAランク認定を目指すぞ」
戸惑うブリジットに対し、近くに居た黒髪黒目の男が口を挟んだ。
ローザやサンドラに、カイルと呼ばれていた盗賊である。その口ぶりからすると彼はブリジットの指導に当たってるようだった。
「アンタがローザの知人の盗賊か。……まさか顔を見せるとは。でもカイルなんて盗賊、聞いた事が」
「偽名だ。顔も変装。スレイ、次に会う時はカイルではないかもな」
カイルは名と顔を偽っている事を教えてくれた。
あまりに特徴に乏しい顔の雰囲気に何処か違和感を感じていたが、どうやら変装で作っているらしい。
スレイはブリジットとカイルに挨拶を終えると、今度はヴァレンティノの方に向かい、400グラムの
ローランドとレイモンドの取り分に当たるものである。
「どうも。スレイくん、いつでも聖王国においで。……サンドラ、そろそろ出発しようか。のびてるローランドを起こさないとなあ」
「あっ。……ヴァレンティノさん、待ってください。折角なので!」
サンドラは風で飛びそうな魔女帽を手で押さえながら、慌てて休息をとっているヘンリーの方に駆け寄った。
「賢者ヘンリーさん」
「……うん?」
「お初にお目にかかります。賢者を目指す聖王国の天才少女ことサンドラと言います。……ヘンリーさんは既に『大賢者』まであと一歩の処と伺っています。超絶リスペクトしています」
サンドラは早口でヘンリーに対し自己紹介と尊敬の念を口にした。
「……え、ああ。そうなの。……大賢者の称号は狙わないと思うよ。神聖術Sランクはちょっと」
賢者の称号は、魔術と神聖術のAランク以上の認定をもって認められる。
その上の大賢者の称号は魔術と神聖術をSランク認定。
ベクトルが正反対の二大術式をAランクまで極めるのは非常に困難であり、Sランクとなれば、それこそ世界で数える程しか認定者が居ない。
ヘンリーは魔術Sランクに加え、神聖術Aランクの認定を受けていた。大賢者という栄光の頂まであと一歩の処まで来ている。それは二五歳という若さを踏まえると驚異的な才能といえた。
腰が低く優柔不断でオーラを感じさせない青年だったが、術師からはこれくらいの賞賛や尊敬を受けてもなんら不思議ではない。
「大賢者を目指さないのですか? ……大賢者は世界で四名しか認定者が居ません。偉人として名を残すまたとない機会なのに。どうして」
「モチベーションの問題が。僕は『マギ』の役割だったし、エリアの神聖術を知ってると、どうしても神聖術は僕のフィールドじゃないって気がして。……まあ、気が向いたら目指すかもしれない」
ヘンリーが目指す可能性がある事を伝えると、サンドラは嬉しそうな表情を浮かべた。リスペクトしている相手に大賢者になって欲しいのかもしれない。
そして肩掛け鞄から羊皮紙と羽根ペンを取り出すと、羊皮紙をヘンリーに両手で突き出しながら、頭を下げた。
「僭越ながらサインをお願いします。……もし出来れば『サンドラちゃんへ』と添え書きを」
「……僕のサインなんて意味ないと思うけど」
半ば呆れた様子だったヘンリーだが、羊皮紙と羽根ペンを手に取って、サンドラのサインに応じていた。
「ほら、起きて。自分で歩いてよ」
一方、ヴァレンティノが縛られた状態で昏倒しているローランドを足蹴にした。
すると、ローランドはようやく目を覚ましたようだった。
「……うう、エリア……どうして僕の手を治してくれなかった」
目を覚ましたローランドは、再び失った手の事で恨みがましく文句を言っている。
どうして凶刃を振るった相手が治療を施してくれると思っているのかが不思議で仕方がない。
いくらエリアが心優しい性格とはいえ、物事には限度というものがある。
「……えっ……ああ……あれは、ブリジット、……ああ、どうして、いや、……天恵か」
ぶつぶつと呟くローランドが、赤毛の女性を視界に捉えた。顔面蒼白だった顔が血の気が戻るように紅潮している。
「ブリジットォォォォォー!!」
そして、ローランドはいきなり大声で叫ぶと、さらに続けた。
「死にたくない! 頼む、何とかしてくれ! いつものように僕を肯定しろ! 早く! 抱いてあげてもいいから!」
「……えっ、なに、怖」
その唐突な変貌ぶりを見て、ヴァレンティノがどん引きしている。
そして、ブリジットはローランドの方を振り向いた。少し身体が震えている。
「ローランド」
「……ああ、ブリジット! 今やっと気づいたよ……! 君だけが、君だけが僕の真の理解者だった! ……だからレイモンドを殺したのは君がやった事に」
「さよなら」
ブリジットはそう一言だけ呟くと、壊れてしまっているローランドを拒絶するように背を向けた。
◇
その後、絶叫を止めようとしないローランド、大人しくなった綺麗なガンテツ、観念したグレゴリーを乗せた馬車は王都に向かって引き返していった。
馬車には他に聖王国のヴァレンティノとサンドラの二人、それに加えて盗賊カイルが乗っている。
ブリジットは徒歩で帰るらしい。流石にあのローランドと、数日間、顔を突き合わせるのは嫌だったのだろうとスレイは思った。
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