第44話 霊峰

 翌日ギルドに顔を出したカイは受付で近場のダンジョンで未クリアなリストを見せてもらう。


「正直に申し上げてこの辺りでカイさんのランクでとなりますと、このダンジョンがまたクリアされていませんね。これくらいかしら。このダンジョンは12層までの踏破記録はあります。現在3パーティが攻略していますがいずれもランクBなのでクリア狙いではなく経験値稼ぎだと思われます」


「他には無いってことかい?」


「ええ。王都の周辺はランクAのパーティでクリアできるダンジョンばかりなんです。キアナ程レベルの高いダンジョンがなくて」


 申し訳なさそうに言って受付嬢が教えてくれたダンジョンは王都から北に1日程歩いた場所にある。2日後に国王と面談を予定しているカイには厳しい場所だ。


「3日後にそのダンジョンに向かうことにしよう。それまでは周辺で魔物退治をするよ」


 そうしてその日と翌日は王都周辺でランクB、時々ランクAを相手に鍛錬をしたカイは2日後、昼食を終えるとクズハを肩に乗せて宿を出て城に向かう。


 城の門にいた衛兵には話しが通っていたらしくカイが冒険者カードを見せると頷いて門を開けてくれた。すると門の内側にある詰所から騎士の正装をしたイレーヌが出てきた。


「私も同行させもらう」


「そりゃ心強い」


 クズハはイレーヌを見つけると早速イレーヌの肩に移動して尻尾を顔に擦り付ける。


「クズハもすっかりイレーヌが気にってる様だ」


「人に懐かないと言われているカーバンクル。ここまで懐いてくれると嬉しくなるな」


 イレーヌは肩にクズハを乗せたままカイと2人で城の中に入っていく。そうして謁見の間の前に着くとクズハはイレーヌの肩から降りるとカイの背後に四つ足で立った。

そのクズハの頭を撫でていると扉が開いて中に案内される。


 カイ、クズハ、そしてイレーヌの順で謁見の間に入った2人と1匹。今日は貴族の姿がないなか絨毯の上を歩いて指示された場所で跪く。


「国王陛下が参られました」


 その言葉で深く頭を下げるカイ。衣擦れの音がして椅子に座った気配を感じると


「面をあげよ」


 国王の言葉で頭を上げるカイ、そのカイの顔を見た国王陛下は破顔して


「カイ、よく来てくれた。待っておったぞ。元気そうに見えるな」


 その言葉に無言で頭を下げる。


「今日は貴族の連中もおらん、気を使うことはなかろう」


 そうは言われても相手は国王陛下だ。頭を下げたままのカイに国王は


「刀の奉納は無事に終わったのか?」


「おかげ様で無事アマミにて刀の奉納の儀は滞りなく終わりました」


 顔を上げて国王陛下に答える。


「そして今はあと1本の刀を探す旅の途中ということだな」


「仰せの通りでございます」


 この日謁見の間にいたのはカイ、イレーヌ、クズハの他には国王陛下とその側近の文官4名程だ。衛兵は扉の前で立っている。


「その後何か情報はあったのか?」


 カイは情報の入手先は言わずに手に入れた情報、つまり大陸中の王家や貴族では刀を保有しているところがなさそうな事。したがってあとはダンジョンの奥か地上にいるNMが保有している可能性が高いことを報告する。


 黙って聞いていた国王はカイの説明が終わると、


「数多くのダンジョンを攻略するのも大変そうだな。しかし大変だからこそ目的の物を得られた時の喜びは大きい」


 頭を下げて同意の意を表すカイ。


「何か困ったことはないか?余で良ければカイの助けになろうぞ」


「ありがたきお言葉。今のところ私の刀探しの旅において障害になるべきことはございません」


「そうか。何かあったら遠慮なく余に申すが良い」


「ありがたきお言葉」


 頭を下げるカイ。


「そういえばそこにおるイレーヌから聞いたが、カイは冒険者でランクSになったというではないか。余も騎士の頃はあちこちの街で冒険者とは会って話もしたことがあるが、ランクSという冒険者には会ったことがないぞ」


 国王が言うと側近の1人が、


「おそれながらこの大陸でランクSの冒険者が出るのは約20年ぶりとの事だと伺っております」


「ほう。つまりカイは圧倒的に強いシノビということになるな。いや見事じゃ。大陸で一番強い冒険者になったのか。前回の武道会で見た時からその強さはわかっておったがそれにしても一番になるとはの。日頃の精進の賜物だな。その実力があればダンジョン攻略も順調に進むだろう」


 黙って頭を下げているカイ。


「イレーヌ」


 呼ばれたイレーヌは頭を下げたままハイと返事をする。


「どうだ?二刀流は?慣れたのか?」


「おかげ様でなんとか様になってまいりました。先日もカイと模擬戦をして教えを受けたところです」


「なるほど。刀と片手剣、武器は違えど二刀流の心構えに大きな差異はない。イレーヌも良い師匠に巡り合えた様だの」


「仰せの通りでございます」


 国王は再びカイに視線を送ると、


「カイよ。この前も言ったが余は大きな目標を持って人生を生きる奴が大好きだ。何か困ったことがあればいつでも城に来るがよい。今日は久しぶりに強い男と会うことができて余は嬉しいぞ」


 黙って頭を下げていたカイだがふと顔を上げると


「おそれながら一つ教えて頂きたいことがございます」


 国王はカイから話かけてきたのが嬉しいのか破顔したまま


「申すが良い」


「霊峰について教えて頂きたく」


 その言葉に側近やイレーヌの顔色は変わるが国王は表情を崩さずに


「なるほど。カイは霊峰のドラゴンがもう1本の刀を持っている可能性を考えておるのだな」


「あくまで可能性の話です。まずはダンジョンをクリアし大陸の奥に住んでいると言われるNMを討伐しながら刀を探すつもりでおります」


「それでもし全てのダンジョン、そして地上のNMと言われている魔物が持っていなかった場合はどうするのだ?」


 意地悪い質問だなと思いながらもカイは答えを用意していた。


「仮に、最後に残った場所が霊峰のみとなった場合には刀を探す旅はそこで諦めます」


 その言葉にホッとする側近達、一方国王はカイをじっと見下ろして


「それで良いのか?」

 

 カイは下腹に力を入れ息を大きく吸うと話し始めた。

 

「はい。霊峰は触れてはならない場所。おそれながらアマミの様な小さな街でも同じ様に触れてはならない場所があります。触れてはならない場所には触れてはならない理由があります。その禁を犯してまで探そうとは思っておりません。アマミの人も納得してくれると信じております」


 カイの言葉をじっと聞いていた国王。しばらく間をおいてから


「いや、見事だ。それでこそ一流の武人だ。いくら使命とは言え禁を犯してまで成し遂げたとしたらそれは誰にとっても幸福な事ではないだろう」


 そこで一旦言葉を切ると、


「カイの言う通り霊峰はわが大陸の民の全てが触れてはならない場所になっておる。あそこにはドラゴン族がずっと以前から住んでおり彼らは長きに渡り我々とは一線を引いて生活をしてきている。特に話し合いをしてきた訳ではないが長い時が自然とドラゴン族と我々との生活圏を区別してきたのだ。霊峰は厳しい山々に囲まれた土地と聞いておる。その中でドラゴン族が安寧に暮らしておるのであれば我らから敢えて手を出す必要はないからの。従って霊峰の中については誰も詳しく知っておるものはおらんのだ」


 霊峰については長い歴史の中でドラゴンと人間との境界が決められてきたので国王もその詳細までは知らない様だ。


 カイはいずれ誰かが霊峰の話を持ち出す前に国王に先手を打って自分の立ち位置を説明する。そうすることによって国王の理解を得ようとしていた。


 どうやらカイの作戦は上手くいった様だ。


「霊峰の歴史を伺えただけでも質問した甲斐がありました。無礼な質問をお許しください」


「構わん。余もカイの考えを聞けて満足しておる」


 そうして国王との謁見は終わった。最後に国王は再びカイに


「またいつでも顔をだすがよかろう。待っておるぞ」


 そう言って謁見の間から国王が出ていくと、カイとイレーヌも立ち上がり謁見の間から守備隊の訓練場に向かって並んで歩く。


「霊峰の話しが出たときは冷や汗をかいたぞ」


 歩きながらイレーヌが言うと、カイはイレーヌを見て


「自分の立ち位置ははっきりとさせたかった。これからあちこちを移動してく中で俺に対していろんな中傷や根も葉もない噂が出るかもしれない。例えば俺が霊峰に挑もうとしているとかな。そうなってから言い訳するよりは先に行かないとはっきりと言い切っておいた方が楽だろう?」


「なるほど。そこまで考えての陛下への言葉か」


「国王陛下の前できちんと言えたからな。有象無象が何を言おうが一向に構わないが、つまらぬ話で国王に気を使わせたくなかった」


「であれば後1本の刀は霊峰以外の場所にあることを祈るばかりだ」


「ありがとう」


 その後は守備隊の鍛錬場でイレーヌと模擬戦を行ったカイ。イレーヌの学習能力は高くカイが教えたことを全て自分の物にしている。


「2日前よりもさらに良くなっている。この調子で訓練したら大剣の時よりも更にずっと強くなるな。いやもう大剣を持っていた時よりも強いんだが」


 模擬戦を終えてカイが素直に思ったことを言うとニッコリして


「慣れるとこちらの方がずっと攻撃の選択肢が多い。二刀流にしてよかった」


 イレーヌも満足げに頷いている。


「当分は王都をベースに活動するんだろう?また相手を頼む」


 そう言うイレーヌと別れてカイとクズハは商業区に戻っていった。


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