第43話 模擬戦

 翌日旅館を出たカイは商業区内にあるギルドではなく正反対の貴族区の方に歩いていく。のんびりと通りを歩いていると商業区と貴族区とを分けている鉄柱の門が見えてきた。門に立っている衛兵が2名カイを見て近づいてくる。


「どこに行くんだ?」


「王城に用事がある」


「何か紹介状を持っているか?」


 聞かれたカイは冒険者カードを見せると衛兵の顔つきが変わった。


「ランクS、カイ。ひょっとして前の武道会でイレーヌを倒したシノビか?」


「そうだ。そしてそのイレーヌに用がある」


「わかった」

 

 そう言うと門が開かれた。ランクSの威光は城門のみならずこういう場所でも有効なんだなと思って開かれた門から貴族区の中に入っていく。


 そうして静かな貴族区内を歩いていくと正面に王城の門が見えてきた。先ほどと同じ様に衛兵が2名、カイを見つけて近づいてくる。


「王城に用か?」


 カイはギルドカードを見せてイレーヌとの面会を希望していると言うと、先ほどと同じ様にランクSのカードを見た衛兵がびっくりしてカードとカイを交互に見、そして


「悪いがここで待っていてくれ。イレーヌ隊長を呼んでくる」


「構わない」


 2名の衛兵の内1名が城の中に消えていった。カイはもう1人の衛兵と王城の門の詰所の前で待っていると、城の中から人が駆けてくる音がした。


「カイ、久しぶりだな」


「やぁ、イレーヌも元気そうじゃないか」


 近寄ってきたイレーヌが差し出した手を握りかえすカイ。イレーヌの腰に2本の片手剣が刺さっているの見て


「片手剣の二刀流、慣れたかい?」


「どうだろう。最初の頃よりは慣れてきた気はするが。とにかく中に、案内しよう」


 衛兵が直立不動でいる中イレーヌの案内で王城の中に入っていく。カーバンクルのクズハはイレーヌを見るとジャンプしてイレーヌの肩に飛び乗って座っていた。嬉しそうに肩に乗っているクズハの身体を撫でながら、


「城でもらった刀の奉納は無事終わったのか?」


「ああ、一本無事に奉納できた」


「よかったな。じゃああと1本だな」


「そうなる」


 並んで歩きながらイレーヌはカイが全く変わっていないことを喜んでいた。相変わらずの口調、態度。常に冷静で周囲を警戒している。武術を極めているカイはイレーヌの中では自分の理想の武人として映っているのだ。


 王都守備隊の詰所は広い城の中の一角を占めていた。そこには城を守る守備隊の建物、宿舎、そして鍛錬場が備えられている。


 イレーヌがカイを連れて鍛錬場に入ってきたとき、そこには丁度鍛錬をしていた守護隊のメンバーがいた。彼らはイレーヌ、そしてその隣のシノビを見ると、


「おい、あいつこの前の武道会でイレーヌ隊長を倒したシノビじゃないのか?」


「そうだ。隊長が手も足もでなかったと言っていたシノビだ」


 隊員たちがそんな話をしているとイレーヌとカイが隊員たちの前にやってきた。


「知っている者もいると思うが、シノビのカイだ。前回の武道会で私が決勝で負けた武道の達人だ」


 イレーヌの言葉に頷く隊員達。普段から全く歯が立たない隊長を負かした男ということでカイの名前は隊員の間では有名だった。


「アマミ出身、シノビのカイだ。急に邪魔をして申し訳ない」


 頭を下げるカイ。


「今からカイと模擬戦をする。悪いが場所を借りるぞ」


 イレーヌが言うと隊員達はサッとその場から離れ、鍛錬場の周囲に陣取った。クズハはイレーヌの肩から降りて鍛錬場の土の上にちょこんと座る。


「イレーヌ隊長が模擬戦か、滅多に見られないな」


「ああ。あのシノビ相当やるからな」


「隊長の片手剣二刀流がどこまで通じるか」


 口々に話している中、イレーヌとカイの2人は鍛錬場の中央で、


「私は片手剣の模擬刀を持っているがカイは?」


 カイはアイテムボックスから木刀の刀を2本取り出して


「この木刀で相手をしよう」


「わかった」


 お互いに二刀流で構える。その構えを見たカイ。


(様になってきている。さすがにセンスの塊だな)


 一方のイレーヌはカイの構えを見て、


(相変わらず隙がない構え。どこから攻撃してくるのか読めない)


 隊員の1人が開始の合図をすると最初に仕掛けたのはイレーヌ。踏み込みながら両手に持った片手剣2本をタイミングをずらせてカイに切りかかってくる。カイはそれを冷静に見て左右の木刀でいなしてそのまま手首を返してイレーヌに斬りかかるがイレーヌもそれを読んでいたのか右手の片手剣でカイの左手の木刀をいなす。そうして両者が離れた。


「凄い」


「見えないぞ」


 周囲で見ている隊員の目には2人の剣と刀の動きが早すぎて目で追えない程だ。今度はカイから仕掛けていく。半身になって左手の逆手にもった木刀でイレーヌの腹を払う様に腕を振るうとイレーヌの右手の片手剣がそれを弾く。その時には既にカイの右手の木刀がイレーヌの左手の片手剣を弾き飛ばしていた。


「参った」


 イレーヌの言葉に周囲の隊員の驚く声が


「なんて強いんだ、あのシノビ」


「全く見えなかった」


 お互いに一礼をするとイレーヌが


「どこが悪かったのか教えてくれるか?」


 カイが今の戦闘をゆっくりとした動作で再現しながら説明していく。


「まず二刀流の場合、正面に立たずにどちらかに身体を向けた半身の方が動きやすい」


 足の立ち位置を教えるカイ。


「なるほど。こうして右足を少し引いて構えるのだな」


 そのポーズをするとカイからそうだ、その姿勢だと声がかかる。


「そして左手を少し前に。そうだ。その方が相手の武器に対応しやすくなる。左手で受けて右手で攻撃できるし、場合によっては左手でそのまま切りつけても良い。相手から見ると左手の武器が盾に見えて攻撃しずらいんだ」


「なるほど、確かにカイの構えを見た時に私もそう思った」


 その後は剣の振り方や手首の使い方を教えていくカイ。イレーヌはその度に言われた通りに手首や剣を振る。


「いい感じだ。じゃあもう1回やろう」


「頼む」


 2戦目は1戦目よりも激しい打合いとなった。お互いに剣、刀で相手を防ぎもう片方の武器で攻撃するというせめぎ合いが続いたが、最後はカイの木刀がイレーヌの剣を再び弾き飛ばした。


「流石にイレーヌだ。すぐに身につけてるな。見事なものだ」


「さっきよりずっと戦い易くなっているな」


「あとはだ…」


 そう言うと手首の使い方や体の使い方を自分が手本になって見せるとそれを真似するイレーヌ。まるで砂漠の砂が水を吸収する様に自分が教える知識を完全に理解して自分のものにしていくイレーヌにカイはびっくりしていた。


「ここまで優秀な生徒は初めてだよ」


「カイに言われると自信になる」


「いや、本当のことさ」


 そうして3戦目、4戦目と模擬戦をしていくとイレーヌの体の動かし方や剣の使い方が目に見えて上達してくる。周囲で見ている隊員にもわかる程で。


「隊長の剣捌きがどんどん早く、鋭くなってるぞ」


「ああ、1戦目とは別人の様だ」


「それにしてもあのシノビ、本当に強いな」


 結局休憩を挟んで5戦模擬戦をしたカイとイレーヌ。最後の5戦目は際どい勝負となった。もっともカイは練習用の重い木刀の二刀流で、しかも模擬戦ということで流し気味で勝ち負けにこだわらずにイレーヌの剣捌きを上げる為に調整していたのだが。


 模擬戦が終わるとお互いタオルで汗を拭きながら


「今年の武道会はイレーヌの圧勝だろう」


「カイは出ないのか?」


「出ない。王家の刀を貰った以上この大会で欲しい商品はないからな」


  あっさりというカイの言葉を聞き、そう言うとそうだなと呟き、頷くイレーヌ。


「実は私ももう出ないでおこうと思っている。今までは国王陛下に言われて参加していたがいつまでも私ばかりではな。もっと違う人物が出るべきだと国王陛下に申し上げているのだ」


「なるほど」


「それにこうして一流の武人に教えを乞う方が私にとってはずっと意味のあることだ」


「今回は1ヶ月ほど王都にいる予定だ。ダンジョンにこもったりはするだろうけどいつでも声をかけてくれたらイレーヌの鍛錬に付き合うよ」


「それは助かる。それにカイと鍛錬すればクズハにも会えるしな」


 そう言うといつの間にかカイの肩に乗っていたクズハがその尻尾を大きく振る。


「ところで国王陛下に謁見するのか?」


「それなんだが実は迷っている。いつでも来いとは言われているものの用事もないのに多忙な国王の時間を取って良いものかどうか」


 カイも今回王都に来るに当たって国王陛下への謁見をどうするか悩んでいた。イレーヌとの模擬戦まではいいが、用も無いのにわざわざ行くのもどうかと。


「まぁ1度は謁見した方が良いだろう。国王陛下があそこまで気にかけられるのは滅多にないことだ。それだけカイが気に入られていると言うことだから挨拶という意味でも顔を出しておいて損はないぞ」


 常に国王の近くで仕事をしているイレーヌの言葉を聞いて確かに挨拶はしておいた方が良いだろうと思い、頷くと、


「わかった。今日ではなく後日また改めて伺うよ」


「それなら明日以降で訪問の約束をしておいた方が良い」


 さすがに常に国王の側にいるだけあって段取りが良いなと思いながら、イレーヌと一緒に国王のスケジュールを管理している部署に顔を出す。そこにいた執事はカイが王家のコインを見せると顔色が変わった。


「これからの謁見をご希望ですか?」


「いや、国王陛下のお手隙の時で構わない」


 それでは…と分厚い予定表の様な書類を見ていた執事、


「2日後の午後では?」


「わかった。その時間にお邪魔する」


 そうして部屋を出た2人、城の出口に向かって並んで歩いている。クズハは今はイレーヌの肩に乗っていて、彼女に撫でられて気持ちよさそうにしている。


「助かったよ」


 俺一人じゃ絶対に無理だったなと思いながら言う。


「これくらいは問題ないな。それより2日後の国王陛下との面談が終わった後は時間を開けておいてくれ、今日の続きで鍛錬を頼む」


「わかった」


 そう言うとクズハがカイの肩に飛び乗り、そしてイレーヌに片手を上げて挨拶して城をでて商業区に戻っていった。

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